大判例

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山形地方裁判所鶴岡支部 昭和50年(ワ)6号 判決 1981年3月31日

昭和四九年(ワ)第五九号 原告選定当事者

鶴岡市本町三丁目一八番五九号

佐藤日出夫

<ほか一二名>(選定者名略)

同 原告

同市大字日枝乙五二番地

小竹喜恵

<ほか三名>

昭和五〇年(ワ)第六号 原告選定当事者

同市美原町一七番三七号

石川昌平

<ほか三名>(選定者名略)

同 原告

同市大山一丁目六番一五号

小林竹吉

<ほか一名>

昭和四九年(ワ)第五九号、同五〇年(ワ)第六号 訴訟代理人弁護士 小島成一

<ほか七四名>

昭和五〇年(ワ)第六号 訴訟代理人弁護士 小沢茂

<ほか一一名>

鶴岡市錦町一一番一三号鶴岡生活協同組合内

原告輔佐人 本間五郎

<ほか二名>

東京都千代田区大手町一丁目九番四号

経団連会館内

被告 石油連盟

右代表者会長 永山時雄

右訴訟代理人 藤堂裕

(復) 松田武

寺上泰照

東京都港区西新橋一丁目三番一二号

同 日本石油株式会社

右代表者代表取締役 建内保興

右訴訟代理人 各務勇

鎌田久仁夫

東京都千代田区丸の内三丁目一番一号

同 出光興産株式会社

右代表者代表取締役 石田正實

右訴訟代理人 梶原正雄

(復) 江口英彦

久保田敏夫

東京都千代田区永田町二丁目一一番二号

同 共同石油株式会社

右代表者代表取締役 大堀弘

右訴訟代理人 吉田太郎

(復) 堤淳一

(復) 安田彪

東京都港区虎ノ門一丁目二番四号

同 三菱石油株式会社

右代表者代表取締役 渡邊武夫

右訴訟代理人 日沖憲郎

田中慎介

久野盈雄

今井壮太

大阪市南区長堀橋筋一丁目三番地

同 丸善石油株式会社

右代表者代表取締役 本田早苗

右訴訟代理人 佐野隆雄

近藤良紹

宮下明弘

東京都千代田区霞ヶ関三丁目二番五号

同 シェル石油株式会社

右代表者代表取締役 宮井仁之助

右訴訟代理人 吉川大二郎

竹内誠

山田尚

藤井正博

東京都中央区八重洲二丁目四番一号

同 大協石油株式会社

右代表者代表取締役 中山善郎

右訴訟代理人 樋口俊二

相良有一郎

下島正

東京都港区西新橋二丁目八番六号

同 ゼネラル石油株式会社

右代表者代表取締役 鈴木勲

右訴訟代理人 馬場東作

高津幸一

東京都千代田区丸の内二丁目七番三号

同 昭和石油株式会社

右代表者代表取締役 永山時雄

右訴訟代理人 梶谷玄

梶谷剛

大橋正春

(復) 中田金一

田邊雅延

東京都中央区京橋二丁目九番二号

同 キグナス石油株式会社

右代表者代表取締役 加納修一

右訴訟代理人 井本台吉

沼辺喜郎

長野法大

宮島康弘

熊谷俊紀

(復) 布施健吉

東京都千代田区内幸町二丁目一番一号

同 九州石油株式会社

右代表者代表取締役 伊藤繁樹

右訴訟代理人 福島幸夫

輿石睦

松沢與市

村田浩

寺村温雄

同所同番同号

同 太陽石油株式会社

右代表者代表取締役 青木繁良

右訴訟代理人 八木良夫

澤田正道

梅沢良雄

沢田隆義

高橋秀忠

(復)は訴訟復代理人を表わす。

主文

一  別紙原告目録記載の原告らの本訴請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は同原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告ら

1  被告らは、連帯して、別紙原告目録記載の原告選定当事者ら及び別紙選定者目録1、2記載の選定者ら(以下、「原告ら」と総称する。)に対し、別紙損害計算書(一)、(二)の各人に対応する差額(損害額)欄記載の各金員及び内金別紙損害計算書(一)の各人に対応する差額(損害額)欄記載の各金員に対する被告大協石油株式会社、同ゼネラル石油株式会社、同キグナス石油株式会社についてはいずれも昭和四九年一二月一一日から、被告石油連盟、同日本石油株式会社、同出光興産株式会社、同共同石油株式会社、同三菱石油株式会社、同シェル石油株式会社、同昭和石油株式会社、同太陽石油株式会社についてはいずれも同月一二日から、被告九州石油株式会社については同月一三日から、被告丸善石油株式会社(以下、被告各社については株式会社を省略して記す。)については同月一四日から各完済まで年五分の割合による金員、内金別紙損害計算書(二)の各人に対応する差額(損害額)欄記載の各金員に対する昭和五〇年二月二五日から各完済まで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行宣言。

二  被告ら

(被告石油連盟、同日本石油、同出光興産、同共同石油、同三菱石油、同大協石油、同ゼネラル石油、同九州石油の求める本案前の裁判)

1  本件各訴をいずれも却下する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決。

(被告らの求める本案の裁判)

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決。

第二当事者の主張

(本案前の主張)

一  被告石油連盟、同日本石油、同出光興産、同共同石油、同三菱石油、同大協石油、同ゼネラル石油、同九州石油

本件各訴は、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下、「独禁法」と略称する。)三条後段にいう「事業者が不当な取引制限をしてはならないこと」及び同法八条一項一号にいう「一定の取引分野における競争を実質的に制限してはならないこと」の違反を理由とする損害賠償請求であり、原告らは、被告らの右違反行為により損害を受けたとして民法七〇九条に基づく損害賠償を請求するものであるが、このような損害賠償訴訟は、独禁法二五条を根拠規定とし、かつ同法所定の手続によってのみ請求しうるにすぎないのであるから、東京高等裁判所を専属管轄(同法八五条)として提起されたときのみ訴訟要件をみたすものとして本案審理の対象となるのであって、民法七〇九条に基づき一般不法行為として地方裁判所に訴を提起することは許されないものである。

しかるに、本件各訴は、独禁法二五条及び同法所定の手続に基づくことなく、民法七〇九条に基づいて提起されたものであるから、訴訟要件を欠き不適法であり、却下さるべきである。

以下、その理由を述べる。

1 独禁法は、いわゆる取締法規に属するところ、元来取締法規違反の行為をもって不法行為上の違法性ありとするのは、その取締法規が私人の利益を保護することを目的とするものであることを要するというのが通説である。

2 独禁法によって規制されている不当な取引制限等を構成する共同行為をみるに、本来それ自体、市民法的には経済活動の自由に属するものであって、権利侵害的性格をおびないものであるから、不法行為など成立する余地は全くないのである。

3 しかるに、独禁法がこの共同行為のあるものについて「不当な取引制限」を禁止して規制の対象としたのは、広義の経済政策の一環を形成する競争維持、促進政策を実施するためであって、事業者の公正な自由競争を確保し、もって「公共の利益」を保護することを目的とするものである。

従って、私人の利益保護を目的としているものではなく、また、一般消費者に対する違法行為の類型を定めたものでもないから、独禁法違反の共同行為は、当然に一般の不法行為を形成するものではない。

4 なお、一般消費者が独禁法によって確保される自由競争の結果発生する利益を享受しうるとしても、それは、自由競争の結果発生する反射的利益を受けるにすぎないのであって、独禁法により直接的に権利を保護されているわけではないから、独立の権利・利益ということはできない。

従って、一般消費者のこの反射的利益は、民法七〇九条にいう「権利」には該当せず、前記違反行為は、一般不法行為を構成しないものである。

5 ところで、独禁法二五条は損害賠償を認めているが、これは既に述べた独禁法の目的達成のため、特に認められたものである。

すなわち、独禁法違反行為は、公益に対するものであって、一般的に私人に対する不法行為を構成するものではないが、独禁法は独自の立場から、特に立法により被害者救済を認めもって間接的に独禁法の秩序維持を確保することを目的として同法二五条を創設し、同時に同法二六条において、損害賠償の請求は、公正取引委員会の審決が確定した後でなければできないと定めたうえ、同法八五条において、右審決確定を経た事案に対する損害賠償請求にかかる第一審裁判所を東京高等裁判所の専属としているのである。

これは、独禁法の規制目的は専ら競争秩序の確保にあり、損害賠償の制度もこの経済秩序形成のための間接的ないわば一般予防的機能をもたせる目的で設けられたものであることを示すものである。

換言すれば、独禁法違反の行為による損害賠償の制度は、経済政策立法によってその政策目的のために特別に設けられたものであって、独禁法以外の規定による損害賠償請求はこれを認めない趣旨であると解すべきである。そしてこのことは、独禁法二五条が公正取引委員会の判断を重視した独自の立場で損害賠償を認め、訴訟に関する特別の制度を設けている趣旨にも合致するものである。

6 なお、当然のことながら、各地に発生する一般不法行為に基づく損害賠償請求訴訟の濫訴の弊を避ける目的をも、その立法趣旨に包含しているものである。

7 以上のように、原告ら主張の独禁法違反の共同行為については、民法七〇九条の不法行為として構成する余地はなく、同条を根拠とする限り権利保護の利益に欠けるから、本件各訴は、訴訟要件を欠く不適法なものとして却下を免れない。

二  原告ら

被告らの本案前の主張は争う。

(本案の主張)

一  原告らの請求原因

1 原告らの地位

原告らは、山形県鶴岡市あるいは同県東田川郡に居住するもので、いずれも昭和四八年三月から同四九年三月までの間、同市内及び同郡内の鶴岡生活協同組合(以下、「鶴岡生協」と略称する。)あるいは石油小売販売店から灯油を購入したものである。

2 被告らの地位

(一) 被告日本石油、同出光興産、同共同石油、同三菱石油、同丸善石油、同シェル石油、同大協石油、同ゼネラル石油、同昭和石油、同キグナス石油、同九州石油及び同太陽石油の一二社(以下、「被告元売一二社」という。)は、それぞれ肩書住所地に本店を置き、石油製品の販売業を営むものであり、被告元売一二社の石油製品それぞれの販売量の合計は、いずれも我国における当該製品の総販売量の大部分を占めているものである。

(二) 被告石油連盟は、肩書住所地に事務所を置き、石油の精製業者、石油製品の元売業社並びに精製業及び元売業を兼業している者を会員とし、昭和三〇年一一月一日に設立された任意団体であり、会員数は昭和四八年一二月末日現在三一名であって、被告元売一二社は、いずれもその会員である。

3 昭和四八年の灯油不足の概況(本件不法行為の背景事情)

中東戦争(昭和四八年一〇月)に端を発したいわゆる石油危機(同年一二月)に際し、石油業界は、これを千載一遇のチャンスとして暴利をむさぼったことは周知の事実であるが、これに先立つ同年春ころから北海道や東北地方あるいは東京を中心として、各地で灯油不足状態が続発した。

右地域の灯油の小売店では、顧客に対し灯油の品不足あるいは卸店の供給制限を理由に注文どおりの販売をせず、その供給を半減させたり、値上げを認めなければ販売しないという状態であった。

このため、生活協同組合や一括大量購入を行っている団地など大口需要でかつ四七年中の予約価格での購入者は、一時期全く供給を停止されたり、大幅に制限される状態が続出し、通常の小売店の小売価格は同年末ころの価格に比べ、およそ三ないし四割高となる事態が現出した。

右事態について、元売業者は、当時国鉄動労のストライキの後遺症によるものと説明していたが、同じく全国的に品不足状態にあったトラックの主燃料である軽油は、同四八年五、六月ころ不足していたが、そのころ全国的な値上げが行われると同時に品不足は解消した。

そして、例年では夏季に入ると、その需給関係から灯油価格が下がるのが通例であったが、同四八年はむしろ八月に入って、小売価格はさらに一ないし二割の上昇をみた。

同年一〇月、通商産業省(以下、「通産省」と略称する。)は、行政指導価格として、一八リットル(以下、「l」と記す。)一缶の店頭渡しの上限小売価格を三八〇円としたが、これは前述のような経過のうえに値上げされた価格を追認したものであり、かつ現実の小売価格は従前どおり各家庭への配達を理由に四五〇円以上で推移した。そして、この後は周知のような石油危機のなかで狂乱物価時代を迎えたのであるが、この混乱は業界が原油の輸入量などをあえて過少に報道したりしたため、一層これを増幅させたのであった。

山形県鶴岡地区においても、前述のような状況の例外ではなかった。鶴岡市内には鶴岡生協が存在し、その組合員の多くは、昭和四七年までは毎年九月にきたる冬期の使用見込量のチケットを鶴岡生協から購入し、必要に応じて鶴岡市内の販売店である訴外株式会社アポロ月山(以下、「アポロ月山」という。)より納品を受けていたものである。

ところが、同四八年三月に至ってアポロ月山は、品不足を理由にチケット所持者の注文に応じた供給を行わなかった。

このため、鶴岡生協では組合員の需要をみたすため、新潟県や秋田県内あるいは東京方面より別途灯油を購入したりすると同時に元売業者に対する直訴を行い、関係各団体や行政機関への陳情働きかけなどを行ったりしたが、この一時期者家庭の需要量は約半分から三分の一程度しかみたされず、時として一缶の灯油を数軒で分け合うことすらあった。この事態に対し、組合員らは近隣において、病人、老人あるいは乳児などを抱えた家庭を優先して供給するなど互助の精神で困難に対処したが、厳寒の地での灯油不足は大きな社会不安を醸成した。一般小売店での販売状況も同様で、生活必需品であるにもかかわらず、これまでの取引量によって販売量の差別を行うなど、品不足を背景に価格つり上げのための悪徳商法が横行した。

4 被告らの不法行為

(一) 被告石油連盟の独禁法八条一項一号違反

被告石油連盟は以下のとおり生産調整の決定(以下、「本件生産調整」という。)をして実施したが、これは、独禁法八条一項一号「事業者団体は、一定の取引分野における競争を実質的に制限してはならない。」との規定に違反する。

(1) 生産調整の目的

生産調整の目的は、石油製品の生産過剰による販売価格の低落防止ないし製品販売価格引上げの環境作りに資するという市況対策にあった。すなわち、石油製品は、形状、品質、性能等にほとんど差異のない均一製品であり、いきおい価格で競争せざるをえないし、さらにはその貯蔵力には限界があるなど生産過剰が販売価格の低落に直結しやすい事情にあったため、被告石油連盟では、その値崩れを防止し、市況維持を図る目的で生産調整を開始した。

ところで、石油製品の元売会社が、昭和四七年秋ころから、石油輸出国機構(以下、「OPEC」と略記する。)による原油の値上げ攻勢を機会して、石油製品の販売価格の引上げを検討し始め、当時被告石油連盟の営業委員長であって、右引上げにつき音頭取りをしようとしていた被告日本石油常務取締役岡田一幸らから、価格引上げのためには市況の引締めが必要であるなどの申入れを受け、同四四年六月から四八年六月まで被告石油連盟需給委員会委員長であった脇坂泰彦は、右岡田らとの連絡協議を密にし、石油製品のだぶつきを防止して価格引上げの環境作りのため、生産調整をより確実に実施することとした。

(2) 生産調整の内容

生産調整は、被告石油連盟の需給委員会が、毎年四月から九月までの上期と、一〇月から翌年三月までの下期の各六か月間を一期間として、右期間に沖縄県を除く国内において処理できる一般内需用輸入原油の最大限度量、すなわち総枠を定め、これを一定の基準で分割して石油精製会社に割り当て、石油精製会社に対し、これに従った原油処理を実施させることによって、同連盟加盟の石油精製会社の原油処理量を制限するものであって、具体的には、次のとおりである。

(イ) 制限の対象となる原油の処理

生産調整において制限していたのは、沖縄県を除く国内において処理する輸入原油(国産原油を除く。)であって、しかも輸出用石油製品のすべてと国内販売用石油製品のうち石油化学用、化学肥料用、LPガス用ナフサを除く石油製品を生産するための一般内需用の原油処理量であった。

国産原油は、その生産量がきわめて少ないため対象外とされ、また輸出用石油製品などは、市況対策上影響が少ないことなどの理由から、これらの製品を生産するための輸入原油も同様対象外とされていた。

(ロ) 原油処理量の総枠―石油供給計画との関係

需給委員会は、石油製品の内需数量等を予測し、製品の生産過剰を防止する見地から、原油処理量の総枠を定めていた。

ところで、この内需数量の予測については、需要専門委員会(需給委員会の下部機構)が経済指標(GNP、NI、IIP等)や過去の需要実績等を基礎にして、毎年度の開始前に、当年度を含む五年間の石油製品の需要見通しを作成し、またその後下期の開始前に、あらためて下期分の内需数量を再検討して、需要見直しを作成していた。

そして、通産省は、同委員会の右作業に際し、予測計算の基礎となる各種経済指標を与えるほか、必要に応じて担当者を出席させ、意見を述べさせるなどの方法でこれに関与するとともに、右需要見通し等をもととし、石油製品の供給確保の見地から、必要な修正を行って石油供給計画及びその見直しを策定していた。

一方、需給委員会は、同様右需要見通し等をもととして、製品の生産過剰を防止する見地から、必要な修正を加えて前記原油処理量の総枠を定めていた。具体的には、右需要見直しの示す内需数量は過大であり、これに従って原油を処理すると生産過剰となるおそれがあるとして、その一部を削減し、さらには石油供給計画との関係においても、通産省が、石油製品の供給確保のため必要と認めている期末要在庫数量は過大であり、これに従って期末の在庫数量を残すとだぶつきのおそれがあるとして、独自の方式で計算してその一部を削減し、製品の生産量をそれだけ過少に抑えるなど生産調整の目的達成のため、独自の判断を加えて、原油処理量の総枠を決定していた。

以上のとおりであって、原油処理量の総枠は、石油供給計画から機械的に算出されていたものではない。

(ハ) 原油処理量の割当て

需給委員会は、五グループ及び九社を単位として原油処理量を割り当て、また被告石油連盟に加盟していない訴外アジア共石株式会社も、その割当対象としていた。

すなわち、提携関係によって同連盟会員会社をグループ化し、そのうち二社以上の石油精製会社を構成員とする日本石油グループ等五グループについては、これら各グループを対象として、また構成員のうち石油精製会社が一社しかないグループ及びグループを構成していないものについては、それぞれの石油精製会社合計九社を対象として、これら五グループ及び九社が処理しうる原油量の割当てを行っていた。

また、右アジア共石については、その資本系列などから、共同石油グループの構成員として取り扱い、同グループに対しては、右アジア共石分を含めた原油処理を割り当てていた。

次に、需給委員会は、右割当てのため、毎期期初に、石油製品の販売実績、原油の処理実績及び設備能力を勘案して基本となる割当基準を設け、五グループ及び九社別の具体的な割当比率を定めていたが、原油処理量の総枠を製品の生産過剰を防止するため、沖縄県を除く国内において、処理しうる一般内需用輸入原油の最大限度量として定めていたから、同連盟に加盟していないが、沖縄県以外の国内で輸入原油を処理している訴外東邦石油株式会社及び訴外富士興産株式会社についても、同様の割当比率を設けたうえ、右二社を含めて総枠の割当てを行い、かつ、右二社に対し、その割当数量を連絡し、これに従った原油処理を実施して生産調整に協力するよう要請していた。

なお、需給委員会は、期初に、原油処理量を割り当てたのちにおいても、需給事情の変化や通産省の増産要請等に対応して、原油処理量の総枠を増減しこれを期初に定めた割当比率で、五グループ及び九社等に割り当て、当初の割当数量に追加し、あるいはこれを削減していた。

(ニ) 割当てを順守させるための措置

原油処理の実情からみて、各グループ及び各社が、厳格に割当数量どおりの原油処理を実施することは事実上困難であり、実績面で多少の過不足が生ずることは避けがたかったので、需給委員会では、生産調整を確実に実施させるため、次のような措置を講じていた。

まず、必要な資料を収集して各グループ及び各社の原油処理実績を調査し、前期における割当超過数量は、当期の処理とみなして、その割当数量から差し引くなどの調整を行い、当期の原油処理量を、この調整後の処理可能量の枠内にとどめさせ(過不足調整)、さらに毎期二、三回、各グループ及び各社から、原油処理実績と今後の処理計画を提出させ、割当てを超過した処理が行われないよう相互にけん制、監視するとともに、割当てを超過した処理を行い、あるいはそのおそれのあるグループないし会社の需給委員に対して、そのグループないし会社において、割当数量を順守すべきことを強く申し入れるなどの措置を講じていた。

以上のようにして、被告石油連盟は、生産調整により、沖縄県を除く国内における原油処理量の約九七パーセント(以下、「%」と記す。)を占めている同連盟加盟の二四社及び前記アジア共石の計二五社の一般内需用輸入原油の処理量を制限し、右原油の処理に関する有効な競争を期待することがほとんど不可能な状態をもたらし、同分野における競争を実質的に制限していた。

(3) 生産調整の決定機関

被告石油連盟には、会員三一社から選出された需給委員で構成された需給委員会が設置されていたが、同委員会では、前記五グループ及び九社を対象として原油処理量の割当てを行っていたため、前記脇坂が委員長をしていた期間においては、右五グループの各代表需給委員と九社の各需給委員を中心にして需給委員会(需給常任委員会と称されていた。)を開催し、生産調整に関する協議、決定を行い、同委員会の決定を被告石油連盟の決定として生産調整を実施した。

(4) 本件生産調整の具体的事実

(イ) 昭和四七年度下期における生産調整

需給委員会は、昭和四七年度下期の生産調整をめぐって需給研究委員会を設け、市況対策上、生産調整を実施することの必要性を認めて同年六月七日から協議を重ねた。

需給委員会の下部機構である需要専門委員会は、通産省から与えられた実質国民総生産の前年度比伸び率八・三%を基礎にして当期の需要見直し作業を行い、沖縄県を除く国内における燃料油の内需数量を一一六、五一三千キロリットル(以下、「kl」と記す。)と算出した。

しかし、前記需給委員会委員長脇坂、同副委員長小貝谷及び中島芳博らは、右八・三%の伸び率が当時の経済情勢等からみて甘すぎ、右需要見直しによる内需数量に従って原油を処理したのでは石油製品が生産過剰になるおそれがあるとし、右内需数量を一〇〇万kl減少させ、また期末要在庫数量については被告石油連盟独自の方式で計算し、同年九月八日の需給委員会で原油処理量の総枠を九四、〇一二千klと決定した(以下「第一次案」と称する。)。

前記脇坂は、その構成比を昭和四六年度上期及び下期を通じての石油製品販売実績五〇%、同期間の原油処理実績比二五%、同四七年一〇月一日現在の設備能力二五%とする割当基準を設け、右第一次案の原油処理量をもとに五グループ及び九社等に対しての各社割当数量を算出した。

そして、同年九月末ころから右第一次案について、各グループ及び各社の需給委員に意見を求めたが、当時被告石油連盟会長で、被告日本石油社長の瀧口丈夫に右第一次案を強く反対されたので、右総枠を九五、〇四八千klに変更した(以下「第二次案」と称する。)。

同年一〇月二六日需給委員会で前記脇坂は第二次案を提案したが、右委員の中に反対する者もあったので、右脇坂は、同月二七日及び三〇日に前記五グループ及び九社の代表者らを招集して会合を開き討議した。右会合において、原油処理量の総枠とその割当てを討議し、同月三一日に至って、原油処理量の総枠を九四、八七千klとすることとし、当期の各社割当てを別表一のとおり決定した。

なお、需給委員会は、前期の原油処理実績に基づき、割当てを超過したグループないし会社に対して、当期の割当数量から前記の超過分を差し引いた範囲内で当期の処理を行うよう指示したり、今後割当てを順守することを固く約束させたりして、原油処理における競争制限を実効あらしめる措置を講じていた。すなわち、需給委員会が前期における原油処理実績を調査した結果、五グループ及び九社が割当数量を合計一、一〇三千kl超過して原油処理を行っていたことが判明したので、前記脇坂は、昭和四七年一一月二一日の需給委員会で超過処理をしたグループないし会社は、当期の割当数量から右超過処理数量を差し引いた処理可能量の範囲内で当期の原油処理を行うよう指示した。また、同年一二月一二日右委員会は、殊に八三八千klに及ぶ多量の超過処理を行った共同石油グループに対し、今後割当数量を順守することを固く約束させたうえ、右超過処理量のうち五八八千klの棚上げを認めることで解決した。

(ロ) 昭和四八年度上期における生産調整

被告石油連盟は、昭和四八年二月末ころから、当期も前期の割当比率を踏襲して生産調整を実施したいと考え、需要専門委員会の作成した需要見通しについて、石油製品の市況対策の見地からその当否を検討した結果、同年四月二日の需給委員会で、当期における原油処理量の総枠を八九、七六七千klとすることに決定し、次いで、同月九日の同委員会で、当期も前期の割当比率に準じて原油処理量の各社割当てを別表二のとおり決定した。

なお、需給委員会が原油処理実績を調査した結果、五グループ及び九社が割当数量を合計一、〇一五千kl超過して原油処理を行い、そのうち共同石油グループが五二五千klの超過処理を行ったことが判明した。

そこで、同年五月一一日の需給委員会で、前記脇坂は、前期に割当数量を超過して原油を処理したグループないし会社は、当期において、超過数量を調整したうえ、当期における割当数量を順守するよう指示した。

これに対し、共同石油グループは、同グループが当期の四月から六月の間に増処理することを計画した一、三五〇千klの原油処理については、通産省の増産要請に応じたものであるから、生産調整による制限を受けないと主張したが、他の需給委員は、強く反対し、次回以降の同委員会で継続して討議し、結局脇坂の後任の需給委員長武信光が同グループに前記主張を撤回させ、今後割当数量を順守した原油処理を行うことを確約させるとともに、同グループの当期における原油処理については、特別に割当数量を三七一千klまで超過することを認めることで解決した。

(ハ) 昭和四八年度下期における生産調整

被告石油連盟は、昭和四八年九月一四日、同連盟会議室において需給委員会を開き、同年度下期における会員の原油処理量について検討した結果、暫定的に同年一〇月分の会員の原油処理量の各社割当てを別表三のとおり決定した。

次いで、被告石油連盟は、同年一〇月上旬ころ、前記会議室で開催した需給委員会において、同年度下期における会員の原油処理量について検討した結果、従来の処理比率を改め、昭和四七年度の販売数量実績比三分の二、同四八年一〇月現在の設備能力比三分の一を基準として、会員の原油処理比率を算定することとし、同年度下期における会員の原油処理量の各社割当てを別表四のとおり決定した。

(5) 本件生産調整の実施状況

被告石油連盟より原油処理量の割当てを受けた前記五グループ及び九社は、市況対策上生産調整の実施を必要と認めていたものであり、しかも自社の需給関係業務等を担当する役員をもって構成している需給委員会が前記各期の原油処理量の総枠及び各社割当てを同連盟の決定として決定していたものであるから、いずれもこれを順守しなければならないものと受けとめ、基本的には割当てに従って石油処理を実施していた。

(6) まとめ

以上のとおり、被告石油連盟は、独禁法二条二項に規定する事業者団体に該当するところ、同連盟会員の原油処理量を決定し、これを会員に実施させることにより、我国における原油処理分野における競争を実質的に制限したものである。

(二) 被告元売一二社の独禁法三条後段違反行為

被告元売一二社は、以下のとおり価格カルテルの決定(以下、「本件価格カルテル」という。)をし、これを実施したが、これは独禁法三条後段「事業者は不当な取引制限をしてはならない。」との規定に違反する。

(1) 本件価格カルテルの具体的事実

被告元売一二社は、その石油製品のそれぞれの販売量の合計が、いずれも我国における当該製品の総販売量の大部分を占めているものであるが(ちなみに、昭和四九年三月一二日付毎日新聞の記事によると、昭和四八年当時の被告元売一二社の販売量シェアは、我国における総販売量の八六・一%であった。)、競争を抑止することにより、価格の引上げとその安定化をはかるため、昭和四七年一一月二七日から同四八年一一月六日までの間に、以下のとおり五回にわたって石油製品の値上げ協定を行った。

(イ) 昭和四八年一月値上げの協定

被告元売一二社は、昭和四八年一月からテヘラン協定により原油が値上りすることになったので、この機会をとらえて石油製品の販売価格をいっせいに引き上げることを企て、同四七年一一月二七日ころ、同年一二月四日ころ、七日ころ及び一八日ころ、被告らの営業担当役員らがいずれも被告日本石油会議室において協議した結果、同年一〇月比で一kl当り灯油五〇〇円の値上げを含む石油製品のいっせい値上げ(一kl当り揮発油一、〇〇〇円、ナフサ三〇〇円、ジェット燃料油一、〇〇〇円、灯油、軽油、A重油各五〇〇円、B重油四〇〇円、C重油一〇〇円)を同四八年一月一日(ただし、揮発油については同月一六日)から行うことを内容とする値上げ協定(価格カルテル)を締結した。

(ロ) 昭和四八年二月値上げの協定

被告元売一二社は、右一月値上げの協定後、OPEC加盟のサウジアラビア等と国際石油会社との間に事業参加協定が締結され、これに伴って原油の値上りが予測されるようになったので、この機会をとらえて再び石油製品の販売価格をいっせいに引き上げることを企て、昭和四七年一二月二五日ころ及び同四八年一月八日ころ被告石油連盟会議室において、同月一〇日及び一八日ころ被告日本石油会議室において、それぞれ被告らの営業担当役員らが協議した結果、同四七年一〇月比で一kl当り灯油一、〇〇〇円の値上げを含む石油製品のいっせい値上げ(一kl当り揮発油三、〇〇〇円、ナフサ三〇〇円、ジェット燃料油、灯油、軽油、A重油各一、〇〇〇円、B重油五〇〇円、C重油二〇〇円)を同四八年二月一日(ただし、揮発油については同月一六日)から行うことを内容とする値上げ協定(価格カルテル)を締結した。

(ハ) 昭和四八年八月値上げの協定

被告元売一二社は、昭和四八年四月ころから中間三品(灯油、軽油、A重油)の需要の伸びが目立ち、その販売価格の引上げが可能な情勢となってきたため、中間三品を軸にした石油製品の値上げを企て、同年五月一四日ころ、被告らの営業担当役員らが被告日本石油会議室において協議した結果、同年六月比で一kl当り灯油一、〇〇〇円の値上げを含む石油製品のいっせい値上げ(一kl当り灯油、軽油、A重油各一、〇〇〇円、B重油三〇〇円)を同年七月一日から行うことを内容とする値上げ協定(価格カルテル)を締結した。

しかし、右値上げ計画を察知した通産省当局から個別にその延期方を要請された被告元売一二社は、同年七月二日ころ及び二三日ころ、被告らの営業担当役員らが被告出光興産会議室において協議した結果、右値上げを一か月延期し、同年八月一日から行うことを内容とする値上げ協定(価格カルテル)を締結した。

(ニ) 昭和四八年一〇月値上げの協定

被告元売一二社は、右八月値上げの協定後、国際石油会社の市況調整等により原油価格が引き続き引き上げられることが予測されたため、この機会に石油製品の販売価格をいっせいに引き上げることを企て、昭和四八年八月二七日ころ被告石油連盟会議室において、同年九月三日ころ被告出光興産会議室において、それぞれ被告らの営業担当役員らが協議した結果、同年六月比で一kl当り民生用灯油一、〇〇〇円、工業用灯油二、〇〇〇円(民生用灯油、工業用灯油の区分については後述する。)の値上げを含む石油製品のいっせい値上げ(一kl当り揮発油三、〇〇〇円、ナフサ、ジェット燃料油、民生用灯油各一、〇〇〇円、工業用灯油、軽油、A重油各二、〇〇〇円、B重油六〇〇円、C重油二〇〇円)を同年一〇月一日(ただし、揮発油については同年一一月一日)から行うことを内容とする値上げ協定(価格カルテル)を締結し、次いで同年一〇月八日ころ、被告らの営業担当役員らが被告出光興産会議室において協議した結果、右カルテルのうち、C重油の引上げ額を四〇〇円に改めることを内容とするカルテルを締結した。

(ホ) 昭和四八年一二月値上げの協定

被告元売一二社は、昭和四八年一〇月の中東戦争の勃発により、石油製品が供給不足となり、従来の買手市場から売手市場に転換するので販売価格の大幅な引上げが可能であるとの情勢判断から、この機会をとらえて石油製品の販売価格をいっせいに引き上げることを企て、同年一〇月二九日ころ被告石油連盟会議室において、同年一一月六日ころ被告出光興産会議室において、それぞれ被告らの営業担当役員らが協議した結果、同年六月比で一kl当り工業用灯油六、〇〇〇円の値上げを含む石油製品のいっせい値上げ(一kl当り揮発油一〇、〇〇〇円、ナフサ、ジェット燃料油各五、〇〇〇円、工業用灯油、軽油、A重油各六、〇〇〇円、B重油、C重油各三、〇〇〇円)を同年一一月中ころ(ただし、揮発油については同年一二月一日)から行うことを合意し、右会合に出席しなかった被告らの営業担当役員らには右合意の内容を電話連絡するなどして賛同を得、右合意どおりの内容の値上げ協定(価格カルテル)を締結した。

(2) 本件価格カルテルの実施状況

被告元売一二社は、本件価格カルテルに基づき、おおむね石油製品の元売仕切価格を引き上げた。

なお、不法行為の成否の関係においては、「被告元売一二社が価格カルテルを結んだこと」が要件事実であって、「被告元売一二社全社がカルテルに基づいて価格を引き上げたこと」は要件事実ではない。

従って、価格カルテルに基づいて被告元売一二社全社が価格を引き上げても、一社あるいは数社が価格引上げを実施しなくても、不法行為の成否に影響はない。

(3) まとめ

以上のとおり、被告元売一二社は、共同して石油製品の販売価格の引上げを決定し、これを実施することにより、公共の利益に反して、我国における石油製品の販売分野における競争を実質的に制限し、もって不当な取引制限をしたものである。

(三) 公正取引委員会の勧告及び審決

公正取引委員会は、本件価格カルテルについて、被告元売一二社の各行為は、石油製品の販売分野における競争を実質的に制限するもので独禁法二条六項にいう不当な取引制限に該当し、同法三条後段の規定に違反するものとして、昭和四九年二月五日、被告元売一二社に対し、同法四八条一項の規定に基づき、「昭和四八年一一月上旬ころに行った石油製品の販売価格の引上げに関する決定を破棄すること」等の勧告を行った。

公正取引委員会は、本件生産調整について、被告石油連盟の行為は原油処理の分野における競争を実質的に制限するもので、同法八条一項一号の規定に違反するものとして、昭和四九年二月五日、同連盟に対し、同法四八条一項の規定に基づき、「昭和四八年一〇月上旬ころに行った原油処理に関する決定を破棄すること」等の勧告を行った。

右各勧告に対し、被告らは、それぞれこれを応諾したので、公正取引委員会は、同四九年二月二二日被告元売一二社並びに被告石油連盟に対し、それぞれ前記各勧告と同趣旨の審決を行い、これを送達した。

被告らが前記各勧告を応諾したことは、本件生産調整及び本件価格カルテルの事実を認めたことにほかならない。

(四) 被告らの独禁法違反行為の不法行為該当性

(1) 一般に、価格カルテルは、市場支配力のある者たちが協定を結ぶことによって、一定の取引分野における価格競争を排除し、製品価格の維持あるいは引上げ等の効果をもたらすものであり、生産調整(カルテル)は、一定の製品の供給を制限することにより、生産過剰による販売価格の低落防止ないし製品販売価格引上げ等の効果をもたらすものであることは周知の事実である。

そして、石油業界のような寡占状態にあって、しかも、系列化の進んだ業界におけるカルテルは、公正な競争を全面的に停止させ、被告ら業者の望むとおりの一方的な供給量と価格を一般消費者に押しつけることを可能にする。しかも、石油製品は、現在の社会生活において不可欠の基礎的商品であるから、その生産調整及び価格の引上げは、単に当該商品の品不足及び値上げにとどまらず、他の商品にまで広く波及して、国民経済のすみずみまで、計り知れない影響を及ぼす。

このように、独占ないし寡占の高度に進んだ現在の我国の経済構造のもとでは、カルテルは、寡占の弊害を著しく拡大し、一般消費者に計り知れない損害を与え、国民経済全体に深刻な影響を及ぼす。

そこで、独禁法は、一般消費者の利益を守り、国民経済の民主的で健全な発展に寄与するために、法律によって適用除外の認められている場合を除いて、一切のカルテルを禁止している。これを消費者の側からみれば、消費者は、公正な競争によって形成された価格で商品を買う利益を有し、これを保護されているものである。

(2) 本件の場合、被告石油連盟において、本件生産調整により石油製品の供給を統制下におき、前記3項昭和四八年の灯油不足の概況記載のように、品不足の状態を人為的に作り出して製品販売価格引上げの環境作りをしたうえ、被告元売一二社において、本件価格カルテルを締結して、石油製品の元売仕切価格を引き上げたものであって、巧妙かつ悪質な両カルテルの相乗的効果により、石油製品の元売仕切価格のみならず、後記のとおり小売価格まで著しく騰貴させたものである。

価格は、本来、自由な競争下で形成された需給関係を前提として、公正な競争によって形成されるものである。ところが、被告らの違法な本件生産調整及び本件価格カルテルによって、公正な競争による市場価格形成のメカニズムが破壊され、その結果、自由な市場価格は存在しなくなり、違法に形成されたカルテル価格のみが存在することとなった。原告ら消費者は、違法に形成されたカルテル価格によって灯油を購入することを余儀なくされ、公正な競争によって形成された価格で灯油を買う利益を侵害されたものである(なお、右侵害利益については、後記5項原告らの損害において詳論する。)。

(3) 本件生産調整及び本件価格カルテル締結の衝に当った被告らの代表者あるいは被用者らは、いずれも右両カルテルによって消費者たる原告らに後記5項記載の損害が発生することを認識しながらこれを締結したのであるから、故意がある。

(4) 以上のとおりであるから、被告らの前記独禁法違反行為は、民法七〇九条の不法行為を構成する。

なお、被告らのカルテル締結の実行行為中には、被告らの代表機関以外の部長、課長等と称する被用者が関与している場合があるが、これらの被用者は被告らの代表機関の手足として事実行為をしているのであって、その加害行為はそれ自体代表機関の行為であると社会的に評価されるべきである。

従って、右被用者らの加害行為についても、直接被告らについて民法七〇九条の不法行為が成立するものである。

右のことは、本件カルテルの実体を考察すれば明白であるが、念のため付言すると、カルテル実施においては、参加事業者の市場支配力及びその事業者が協定に従うことが前提とされており、これなくしてはカルテルは成立しない。従って、事業者等の被用者らによる談合行為が独自に不法行為を構成し、これが使用者責任の法理を媒介として事業者等に不法行為責任が生じるというものではなく、不法行為としてのカルテルの主体は、カルテルを締結しこれを実施する権限を掌握している事業者自身である。この点、会社の運転手が事故を起こし、その責任を会社が負うのとはわけが違う。

本件カルテル行為に被告ら事業者等の代表機関が関与しているのであれ、その手足としての被用者が関与しているのであれ、それらの行動は異なるところはなく、被告ら事業者等にその効果を帰するものであって、それ自体等しく被告らの不法行為にほかならない。

そして、既に述べたところから明らかなとおり、本件生産調整と本件価格カルテルは、主観的にも客観的にも関連共同しているから、前記独禁法違反行為は、共同不法行為に該当する。

従って、被告らは、民法七〇九条、七一九条により、連帯して、前記独禁法違反行為によって原告らが被った後記損害を賠償すべき義務がある。

(5) なお、本件生産調整及び本件価格カルテルは、ある一定の日時に突如として決定されるものではなく、各社の利害や通産省との関係、世論の動向等すべての要因を考慮し、何度も相談を重ね、また、会社が必ずしも会合の都度毎回出席するわけでもないので、全社の完全な合意を得るため、数日間にわたって討議を重ねた末に決定されており、それだけ悪質でもある。従って、これらの各日時、場所における一回毎の謀議が、それぞれ別個独立の不法行為となるのではなくて全体の一部を形成するものであり、カルテルの着手時から完成時まで一連の継続した謀議が包括的に一個の不法行為を構成するのである。

(6) 民生用灯油と工業用灯油について

灯油には、日本工業規格の上でJIS一号とJIS二号の二種類がある。一号灯油は白灯油、二号灯油は茶灯油と呼ばれているものに相当する。

統計上は、一号、二号の区分はなされておらず一括して灯油と呼ばれているが、通産省資源エネルギー庁の推定によると、全灯油中二号灯油の占める割合は五%程度である。

さらに、灯油はその供給先によって工業用灯油と民生用灯油(または家庭用灯油)とに分けられることがある。

この区分は、元売業者による販売(蔵出し)上の区分または統計上の区分にとどまり、一般に通用していたわけではない。

これが一般家庭にまで知られるに至ったのは、通産省資源エネルギー庁長官の昭和四八年一一月二八日付通達が、灯油を「家庭用灯油」「工業用及び業務用灯油」とに分けて、「家庭用灯油」の小売価格につき一八l当り三八〇円の指導価格を設定したことからであった。

工業用灯油は、製造工場等で燃料用または原材料として消費されるもので通常大口で販売されるもの、民生用灯油は、一般家庭で燃料用(暖房、炊飯、風呂等)として消費されるもので小売店で小口で取扱われるものだとされている。このうち民生用灯油はすべて一号灯油、工業用灯油は二号灯油をふくむが大部分が一号灯油である。

ところで、五回にわたって行われた本件価格カルテルのうち、第一回から第三回までの価格カルテルについては灯油を「民生用」「工業用」とに区別せず、単純に一種類の「灯油」について価格カルテルを締結しているが、第四回の価格カルテルにおいては「民生用」「工業用」が区別されており、さらに第五回の価格カルテルにおいては「工業用」は含まれているが、「民生用」が除外されている。しかし、灯油における「民生用」「工業用」の区別は、被告ら石油業者が何らの合理的な理由もなしに量の操作と価格の操作の便宜に基づいて付した区分であって、現実にはこの両者は二号灯油を除き品質においても外観においても、全く同じものであり、これを分別することはできないものである。このような同一商品のある一部について価格の引上げを行い、あるいは、ある一部について価格の据置きを行うということは、現在の経済構造及び流通秩序上実際には不可能である。

このことは、次の事実によっても裏付けられる。すなわち、いわゆる石油危機の以前には、工業用灯油の価格は民生用灯油に比してかなりの安値であった。それは、工業用灯油については大口の販売ルートが確立しており大量供給が可能であったこと、民生用灯油の場合には事実上、業者が消費者に対して一方的に価格を設定するのに対して、工業用灯油にあっては業者と大口需要家の間の相対交渉で価格が決定されるところ、石油製品はだぶついていて買手市場であったからかなり買い叩かれていたことに大きな原因があった。

ところが、昭和四八年二、三月ころから灯油価格は民生用、工業用を問わず高騰しはじめ、通産省通達によって民生用灯油の元売価格が同年九月三〇日現在の実勢価格により一l当り上限一三円に凍結されたあとも、工業用灯油は騰貴しつづけて一l当り一七円ないし一八円となり、工業用灯油の方がはるかに高くなった。

そのような背景のもとで石油元売業者は、輸入原油の激減に伴う灯油の品不足を理由に、同年秋から民生用灯油の昨年実績配分という形をとって供給削減を行ってきた。

そして、一般消費者は、必要な灯油がどんなに探しても手にはいらないという危機的な状態にさらされ、その状況下で、各地で業者から「民生用灯油はないが、値段の高い工業用灯油ならある」と持ちかけられ、背に腹はかえられないという思いで、高い工業用灯油を買わされたのである。

しかし、その内情をみると、民生用灯油の価格凍結の下でも利益をあげるために、同年九月二、〇〇〇円、一一月六、〇〇〇円と連続して工業用灯油の大幅な価格引上げカルテルを結んだ業者が、これによって大幅な高値となった工業用灯油の方に民生用灯油を流用し、工業用灯油と称する民生用灯油を消費者に高く売りつけたものであることが明らかである。

従って、「工業用灯油」について行われたカルテルの効果は、「工業用」「民生用」の品質の等質性を媒介として必然的にいわゆる「民生用灯油」に及び、「工業用灯油」のカルテルによる価格引上げは、「民生用灯油」の価格引上げをもたらすものである。

原告らが後記のとおり購入したのは「灯油」であって、それが「工業用」「民生用」のいずれであるか知らないし、知ることもできないが、いずれにしても、「工業用灯油」のカルテルは、灯油全体についての価格引上げと相当因果関係を有するから、本件価格カルテルは、「工業用灯油」のカルテル部分を含めて、全体として不法行為を構成するものである。

5 原告らの損害

(一) 原告らの灯油購入と損害の発生

原告らのうち、原告本間宏子、別紙選定者目録1(一四)及び2(四)記載の各選定者らは、山形県鶴岡市内及び同県東田川郡内の灯油販売業者から、その余の原告ら(選定者も含む)全員は、鶴岡生協から、昭和四八年三月まで同四九年三月までの間、それぞれ別紙損害計算書(一)、(二)記載のとおり灯油を購入した。

原告らが購入した灯油の価格は、本件生産調整及び本件価格カルテル締結前である同四七年末ころの価格(別紙損害計算書記載の基準価格)に比して、一八l当り、平均八〇円ないし一〇〇円高額であったが、右価格は、被告らの前記独禁法違反行為によって形成された不当な価格であり、公正な自由競争によって形成されたものではない。

原告らは、違法に形成されたカルテル価格によって灯油を購入することを余儀なくされ、公正な競争によって形成された価格で灯油を購入する利益を侵害されたが、原告らの購入した灯油の価格と同年末ころの価格(前記基準価格)との差額は、被告らの前記独禁法違反行為によって原告らが不当に負担させられたものであるから、被告らの右独禁法違反行為による利益侵害により、原告らは、右差額と同額の損害を被ったというべきである。

以下、その理由について、項を改めて詳論する。

(二) 被告らの前記独禁法違反行為と灯油小売価格上昇との相当因果関係

(1) 本件生産調整及び本件価格カルテルに基づき、元売仕切価格が一率に引き上げられれば、小売価格が上昇することは必然である。

このことは、公正取引委員会が東京高等裁判所昭和四九年(行ケ)第一五五号事件について同裁判所に対して提出した昭和五〇年五月一四日付意見書において、「総理府統計局の調査による我国主要都市における揮発油及び民生用灯油の小売価格の推移は別表のとおりであるが、昭和四八年一月以降同四九年三月までのこれらの価格の上昇は、右審決において認定された被告らの私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律に違反する行為が一因であることは疑いないと考えられる。けだし被告らの販売する価格が上昇すればそれを契機として小売価格の引上げが行われることは当時石油製品販売業界において顕著な現象であったからである。したがって被告らに対し損害を賠償すべきものと思料する。」と正当にも指摘しているし、また、現実にも灯油元売仕切価格の上昇に対応して小売価格が上昇していることから明らかである。

(2) 次に、元売仕切価格の上昇及び供給量の統制が小売価格に対してどのような影響を与えるかを経済の一般法則から検討する。

小売価格は、一般的にはコストと市場における需要、供給の関係により決定される。市場における需給関係が正常である限り、コストが上昇すれば価格が上昇する。一方コストに変動がなければ、一般に需要が増加すれば価格が上昇するものである。

ところで、本件のように圧倒的シェアを有する被告らが灯油の生産を調整することによってその供給量を制限した場合には、市場における需給関係は供給過少となり、売手側の一方的な価格決定を可能にする。

事実、原告らは、前記3項記載のとおり、灯油不足によりその生活が困窮したが、原告ら消費者は、生活必需品である灯油を買うか買わないかの自由を有していたにすぎず、価格の決定は一方的に元売業者側に委ねられていたのである。

被告らは、「小売価格は小売業者と消費者の力関係により決定される。」とあたかも小売価格の決定に被告らが何の影響も与えていないかの如き主張をしているが、右は、被告らの前記独禁法違反行為によって需給関係が一方的なものにされた事実を全く無視した主張であるといわなければならない。

(3) さらに、日本の石油業界においては、小売段階にどのような値上げ指向や要因があろうが、小売段階だけの事情と力だけでは国内の小売価格の動向を左右することはできなかったし、また、できない。被告ら元売会社による元売仕切価格の引上げがなければ、小売段階のみで価格を引き上げることはできないのである。日本の石油業界は、元売業者―二次卸店―小売店など系列化が著しく進んでいる。すなわち、我国の石油供給体制は、石油業法の下で石油行政が元売会社の独占体制を助成してきたことにより、売手市場を形成し、石油製品販売業者は、いずれかの元売会社と取引契約、それも排他的供給契約を結ばざるをえず、完全に系列化されている。こうして系列下に入った販売業者のその販売施設は店舗、配送車、貯油施設に至るまで元売会社のデザイン(マーク)で統一され、消費者に対してあたかも、元売会社直営店舗であるかのようなイメージを与えている。

このように元売業者の力が圧倒的に強く、商品の保管配送という物的流通の面、代金決済時における信用供与や資金貸付等の金融面においても元売会社に支配力が集中しているため消費者までの商品流通系路は極めて短いのがこの業界の特徴で、元売―消費者(直販)、元売―特約店―消費者、元売―特約店―副特約店―消費者、のパターンで全消費量の九〇%強を占める。

そして、各元売業者は、系列化を指向し、二次卸店や小売店に専ら特定の元売業者の石油製品を取り扱い、他の元売業者の製品を取り扱わないことを求め、一方で資金その他の様々な援助を行っている。石油製品の流通の中軸を荷う給油所におけるメーターセールス制度はこの系列化の著しさを示してあまりある。このような系列化の進行という各段階での値上げの浸透が可能な条件を作り出しておいて、被告らは、本件生産調整と本件価格カルテルによる元売仕切価格の引上げを行ったのである。

こうして、系列化の進んだ石油業界においては、小売価格形成の重要要因である需給関係と元売仕切価格の決定は、専ら被告元売一二社の手に握られており、従って、小売価格の決定力は被告らが握っているというべきである。換言すれば、灯油小売価格は、実質的には被告らを含む元売段階で決定されているものである。

(4) ところで、原告らが購入した灯油の大部分は、被告出光興産の製品を、その特約店であるアポロ月山を通じて鶴岡生協から購入したものであるが、原告らが購入した灯油の中に、被告元売一二社以外のエッソ・スタンダード石油株式会社、モービル石油株式会社(以下、「エッソ、モービル」と略す。)などの元売業者(以下、「本件外元売業者」という。)の製品が含まれているとしても、被告らの前記独禁法違反行為と本件外元売業者の製品の小売価格の上昇との間にも、以上に述べたほか、次の理由により相当因果関係があり、従って、原告らが購入した灯油の銘柄を逐一明らかにする必要はない。

エッソ、モービルの両会社を含む我国における石油元売業者は日常被告石油連盟を中心に販売量、販売価格について意見の交換をなしており、被告元売一二社とエッソ、モービルが共同歩調をとっていることは周知の事実である。

本件生産調整及び本件価格カルテルについても、エッソ、モービルの両会社は、同社らの特殊事情(アメリカ合衆国におけるカルテル規制の厳格さ)があって表面的には参加しなかったようであるが、その内容等については被告らから十分知らされており、被告らの行為に従ったのであって実質的にはカルテルに加担したというべきものである。エッソ、モービルの両会社の灯油価格が被告元売一二社の灯油と時期、価格を同じくして正確に引き上げられていることは、このことを如実に物語っている。

また、価格カルテルの弊害(締結側にとっては効用)は、市場支配力のある者たちが協定を結ぶことによって一定の取引分野における価格競争を排除し、製品価格の維持あるいは引上げ等を図ることにあるのであって、カルテルが結成された場合には協定外の企業の製品価格をも巻き込んで価格を上昇させることになるのである。本来カルテルとはそのようなものである。本件においても、我国の石油製品の販売について圧倒的なシェア(昭和四八年燃料油計八五%強)を持ち、市場支配力を有している被告元売一二社がカルテルを結び、これを実施したことによって、本件外元売業者の製品を含めて、協定の対象となった石油製品のすべての価格を高騰させたのである。

以上のとおりであるから、被告らが原告らの購入灯油の銘柄の如何にかかわらず、価格高騰の責任を負うのは当然である。

(三) 原告らの購入した灯油の価格と昭和四七年末ころの価格(基準価格)との差額をもって原告らの損害とすることの正当性

(1) 企業間のカルテルによって原告ら消費者が被った経済的被害の額を算定する場合には、カルテル直前の価格と購入価格との差額によるとするのがもっとも妥当な方法である。

すなわち、価格は、その時々の取引市場において、需給関係、競争状態、国の経済政策、世論の動向、天候等、およそあらゆる要因が複雑に絡み合った中で決められていくものであって、無数の要因から恣意的にそのいくつかを取り出し、他の要因を不変として算定してみても実際からはおよそかけ離れてしまう。そこで、結局のところ現実に形成された価格を標準にするほかない。

本件生産調整及び本件価格カルテルの前後を通じて現実に形成された価格は、一応自由な競争下で形成されたカルテル前価格と、競争制限下のカルテルによって形成された違法な価格のみであり、その中間にいかなる価格も成立していない(厳密に言えば、カルテル前価格も、過去の幾多のカルテルによってつり上げられた価格であって、競争下に形成されたとは言い難く、ただ本件カルテルとの関係において、その競争制限の効果を受けていなかったと言いうるだけである。)。

従って、被告らの前記独禁法違反行為によって侵害された原告らの公正な競争によって形成された価格で灯油を買う利益は、本件生産調整及び本件価格カルテル後の購入価格とその直前の価格との差額を原告らに賠償することによってのみ回復される。

(2) 被告元売一二社の元売段階までにコストアップ要因があったとしても、原告らの損害額算定上、原価上昇分を購入価格とカルテル直前価格との差額から控除すべきではない。

すなわち、被告元売一二社の生産コストに、例えば原油輸入価格の騰貴などの値上り要因があったとしても、このことは決してカルテルを結ぶことを正当化しない。独禁法のうえでは、生産コストに値上り要因が生じたときにこそ、むしろ各企業は、その事業活動を盛んにし、創意を発揮して、公正かつ自由な競争を行うことによって製品の販売価格の騰貴を抑え、一般消費者の利益を確保することが要求される(独禁法一条)のである。

そして、公正かつ自由な競争が行われているときには、一企業の安易な値上げは、他企業にとってはその販路を拡大する絶好の機会であって、むしろ安易な値上げは、その企業の存立を危くする。

そこで、むしろ生産コストの値上げ要因を企業努力によって吸収し、製品価格に反映させないための競争が行われる。従って、生産コストの値上げ要因は決して元売り価格のいっせい値上げと結びつくことはないのである。

原告らは、カルテル直前価格を損害額算定の基準としているけれども、石油企業の従来のやりかたから見て、次に示すようにこの価格自体不当に高く設定されたものであって、被告元売一二社はこれによってすでに多くの超過利潤を得ている。そこで、仮にカルテルによる価格つり上げが行われなかったとすれば、原油の値上りその他の原価上昇要因があったとしても、それらは被告らのこれまでの超過利潤の蓄積によって吸収されえたであろうし、また吸収せざるをえなかったであろう。何故ならば、このような場合に、安易な価格転嫁は、既述のようにその企業の存立を危くするからである。

従って、原告らの損害額算定上、原価上昇分を購入価格とカルテル直前価格との差額から控除すべきではなく、本件生産調整及び本件価格カルテルがなかったならば、原価上昇分は、被告元売一二社のそれまでの超過利潤によって吸収されたであろうと考えるのが正しい。以下、その理由を述べる。

(イ) 石油製品については、徹底した大企業奉仕、大衆収奪の価格体系が作られており、その中で灯油価格は不当に高く設定されていた。石油危機前をとってみると、石油製品平均価格一kl当り八、〇〇〇円に対し、ナフサは六、一〇〇円、C重油が六、四〇一円に抑えられていたのに、大衆商品である灯油は一一、九八二円、ガソリンは一二、五〇八円という高値であった(旬刊セキツー一二〇〇号一五頁)。このような恣意的な価格設定によって、被告らは灯油消費者との関係において莫大な利益を獲得していたのである。そしてこれは一時期の現象ではなく、長期にわたって維持されている(別表五参照)。

(ロ) これを国際的な対比でみると、従来、我国の原油輸入価格は、アメリカ、イギリス、フランス、西ドイツ、イタリア等に比較し、主要原油輸入国中、最も低廉であった(別表六参照)。

ところが灯油を主力とする家庭用燃料の国内価格は税込消費者価格において、対比しうるすべての国、すなわちフランス、西ドイツ、イタリアよりも高く、税抜卸売価格においてアメリカ、フランス、西ドイツよりも高く設定されていたのである(別表七の一、二参照)。

これによっても、我国の石油企業が、ほかならぬ灯油によってこれまでいかにもうけていたかがわかる。

被告元売一二社は、灯油によるこのような不当な利益の獲得のほか、これまで幾度となくくり返されてきたカルテルによる不当利得、インフレーションによる利得、為替差益などによって、企業全体として莫大な超過利潤を蓄積してきた。試みに公正取引委員会が摘発したカルテルだけにしぼってみても、昭和四五年に摘発されたカルテル四四件中石油業者のカルテルが一六件、同四六年に三七件中八件、同四七年に三〇件中二件、同四八年に六〇件中一七件という具合に、石油業界のカルテルが行われない年はないのである。有価証券報告書によって、石油企業の内部留保額をみると、例えば被告日本石油の場合、同四七年九月三六七億円、同四八年三月四〇二億円、同年九月四四二億円、同四九年三月四五九億円、同年九月四八九億円、同五〇年三月五〇一億円と、その蓄積は増大するばかりである。その他の各社についても、同四九年上期、あるいは同年下期まで着実に内部留保をふやしている。

また、被告元売一二社は、昭和四八年の狂乱物価の時期を利用して便乗値上げを行っており、その額が莫大なものになっていることは知らない者がない。通産省でさえも、同年一一月、一二月の石油業界の便乗値上げによる不当利得が低く見積っても六〇五億円に上ることを明らかにしている(同四九年三月一七日付毎日新聞)。

(3) 元売段階以降の流通段階にコストアップ要因があったとしても、それが被告らの前記独禁法違反行為と無関係であると考えるならば、被告らにおいてこれを具体的事実をもって、主張、立証すべきである。何故ならば、被告らは、流通段階においてどのような価格形成がなされるかを容易に把握できる立場にあるからである。

この点については、公正取引委員会が東京高等裁判所に提出した前記意見書において、「被告らと原告らとの中間に存在する流通業者が、被告らの元売価格の引上げと何らの関連もなしにそれぞれの販売価格の引上げを行った事実があるならば、その金額を差し引くべきであるが、そのような証明がない限りは価格引上げによる利得の帰属いかんにかかわらず、原告らに生じたすべての損害は、被告らの行為に基づくものとみるべきである。」と述べているとおりである。

従って、原告らとしては、原告らが灯油を購入した経路を明らかにする必要はないが、念のため鶴岡生協から灯油を購入した原告らについていえば、鶴岡生協は、原告ら組合員から委託を受けてアポロ月山から灯油を購入し(配達料込み)、右購入価格に鶴岡生協の実費手数料を付加した金額をもって原告ら組合員に販売したものであるが、右実費手数料は、被告らの前記独禁法違反行為の前後を通じてその額にはほとんど差異がない。

(4) ところで、企業間のカルテルによって消費者に生ずる損害は、カルテルがなかった場合に想定しうる価格と現実の購入価格との差額であるという考え方がある。仮に、この考え方によったとしても、いわゆるカルテルがなかったならば存在したであろう価格は、現実には、カルテル直前価格と一致するものとみるほかないので、結局のところ、差額金額が損害となる。

カルテルがなかったときの価格との差額によって損害額を計算するものとされているアメリカの場合についても、次のように述べられているのは、この間の事情を示すものである。

「実損害額を立証するための最も重要な近似値を算定するため、共謀期間中支配的であった価格(共謀価格)と競争期間中に生じた価格(競争価格)の差額が基準とされる。」「この方法の理論的根拠は明瞭である。すなわち、共謀前の価格及び共謀後の価格は、長期にわたる競争的均衡状態の下で正常な価格に近いと考えられ、一方共謀期間中に支配的であった、多分高かったであろう価格は、共謀の経済的効果を示している。この場合、これら二組の価格間の差額が、一単位当りの不当な価格部分の明白な額と考えられるべきである。」(W・エリックソン「私人による反トラスト訴訟における費用データの利用」((公正取引委員会調査課・独禁法違反に対する損害賠償と消費者救済に関する調査研究所収))二五頁)

本件訴訟において、カルテルがなかったならば存在したであろう価格が直前価格と一致せざるをえないのは、直前価格以外にカルテルがなかったならば存在したであろう価格というものの算定が理論上不能であること、及びその価格が直前価格と異なっていると主張する場合には、異なっていることを主張する側にその立証の責任があるが、その立証は不可能であることに基づいている。以下、詳述する。

(イ) カルテルに関係のない価格変動要因を損害額の算定の際に理論上考慮しなければならない、というのは一つの考え方である。しかし、価格を変動させる要因には、さきに述べたように幾多のものがあり、かつ、ある時期、ある地域に特有な条件に基づく修正が必要であり、さらに価格変動(主として値上り)に対する政府や政党の介入、消費者側の運動や抵抗、企業側の心理、政治的配慮などといった主観的な要素まで加えるなら、カルテルがなかったときに想定される価格を算出することは、理論上、不可能なことである。

それら多種、多様の要因の中のいくつかを取り出して他を捨象した計算は、それがいかに精緻に見えたにしても、机上の計算にすぎず、現実の経済現象に一致することはない。

(ロ) 存在することの決してない事実をなおかつ仮定すること、すなわちその虚構性について、不法行為法における逸失利益の考え方との類似性を指摘する意見がある。しかし、平均余命とか可働年数とかの概念は、統計から割り出されたもの、すなわち過去に数限りなく生起した事例から集約されてきたものであり、その意味で逸失利益の存在及びその数額は、われわれの社会通念とも法的確信ともいえるものになっている。ところが、あのときカルテルがなかったならばというのは、歴史的、一回的な事象の範疇に属するものであり、いわば、取返しのつかない過去のことである。誰も歴史的現実と異なる事象を再現することもできなければ、類似した歴史現象を想定してみることもできない。

(ハ) それだから、レオナルド・B・ホワイト「私人による反トラスト事件と費用データの利用」(前掲公正取引委員会「調査研究」所収四二頁)にも、次のように述べられている。

「共謀がなかったならば支配的となったであろう生産コストが決定されうると仮定しても、価格の算定のうえでこれに付加すべき適正利潤の算出方法は非常に複雑であり、しかも、その恐るべき仕事が終ったとしても、裁判官はなお彼の求める答を手に入れないであろう。すなわち、共謀がなかったならば、当該製品が買われるか注文された時の価格はどのようなものであったであろうかという問題が残っている。そして、現実の販売価格は、費用適正利潤というような単純なものではなく、われわれは無統制の企業がしばしば公正あるいは正常な収益以上かあるいは以下の利益を得る、ということを知っている。その収益が普通以上であるか普通以下であるかは、当該製品に対する需要水準、景気循環の段階、市場の状態その他多くの要因によって決定される。それ故、価格の再構成に対するこの接近方法は価値がないと決定的に言うことができる。」。

(ニ) 百歩譲って、カルテルがなかったならば存在したであろう価格というものの算定が理論上は可能だとしよう。それが可能であるためには、コンピューターに必要で十分な質と量のデータとそれらの間の幾多の複雑な相関関係についての資料を投入して厖大な計算をすることが必要であろう。その場合に、その価格が直前価格と異なることを主張する側に、その点の立証の責任があることは自明のことである。原告らは終始直前価格を主張し、直前価格以外に合理的な価格は存在しえないことを主張して、これを損害額算定の基礎にしようとしており、かつ、これについては立証の責任を全うするからである。

しかしカルテルがなかったならば存在したであろう価格についての立証は現実には不可能である。殊に被告らにとっては不可能である。

(ホ) カルテルがなかったならば存在したであろう価格を算出するだけのデータと、価格を成立させる経済のメカニズムについての知識は、現在のところ被告らのみならず、何人も持ちえていない。

(ヘ) 例えば、日本銀行の統計とか消費者物価指数といった種類の資料から、直接的に価格の動向を臆測する手法がとられてはならない。それは、第一に、あまりに一般的抽象的で、カルテルがなかったならばこの時期にこの地域に成立した灯油価格という具体的、一回的な事象との結びつきが希薄であるばかりでなく、数値の平均化によって、現実にはどこにも存在しないものをあるように見せることになる。第二に、これら統計数字は、すでに各方面で指摘されているように、政治目的によって作られた数字、まやかしの数字であることが多くて信頼性に欠けるからである。ところが、被告らは、この種類のデータを無原則に並べたり、操作したりして何か科学的であるかのような幻想を振りまこうとしている。

(ト) 被告らがカルテルがなかったときの価格をどうしても立証しようとするなら、そのために欠くことのできない基礎的な資料は、灯油の原価構成である。それがわからなければ価格形成のメカニズムはわからない。従って、被告らの各社別、時期別原価を、原価計算方法を含めて明らかにすることが不可欠の前提である。ところが、被告らは、原告らの原価公開の要求に対して、一様にこれを拒否している。

被告らが原価を明らかにすることは、社会的利益にも合致している。しかし、原価の公開を拒否することは、社会的利益を害するばかりでなく、被告らの利益も害する。何故なら、被告らは、そのことによって、百万言を費しながら自己の主張について信用性を獲得することができないというリスクを自らおかしている。「原価が上った、原価が上ったから価格が上った。」といくらくり返しても、製品原価の中に原油が占める割合(それは各社ごと、また輸入先ごとにまちまちの筈である。)を秘密にしておいて、誰がそれを信用するだろうか。そしてさらに、そのリスクは、原価を隠す被告らの手によっては、カルテルがなかったときの価格の算定は確定的に不可能であるという点にあらわれるのである。

(チ) このようなリスクを自らおかし、そのことによって反証の手がかりを自ら封じている被告らは、損害額の算定について、原告らに有効に反論する積極的な意思と方法を有していないか、あるいは自らすすんで放棄しているのである。そうであれば、当事者主義の原則に従い、原告らが従来主張している直前価格以外に、カルテルがなかったならば存在したであろう価格について考慮する必要はないし、またそうしてはならないわけである。

6 よって、原告らは被告らに対し、別紙損害計算書(一)、(二)差額(損害額)欄記載の各損害金及び内金別紙損害計算書(一)差額(損害額)欄記載の各金員に対するいずれも不法行為後(本件各訴状送達の日の翌日)である被告大協石油、同ゼネラル石油、同キグナス石油については昭和四九年一二月一一日から、被告石油連盟、同日本石油、同出光興産、同共同石油、同三菱石油、同シェル石油、同昭和石油、同太陽石油についてはいずれも同月一二日から、被告九州石油については同月一三日から、被告丸善石油については同月一四日から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、内金別紙損害計算書(二)差額(損害額)欄記載の各金員に対する不法行為後である昭和五〇年二月二五日から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を連帯して支払うことをそれぞれ求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

1 請求原因1項について

同項の事実は不知。

2 請求原因2項について

(一)、(二)の各事実はいずれも認める。

ただし、被告出光興産、同共同石油、同昭和石油、同九州石油は、(一)について、それぞれ当該被告に関する部分のみを認め、その余は不知。被告三菱石油、同丸善石油、同シェル石油、同ゼネラル石油、同キグナス石油、同太陽石油は、(一)のうち、被告元売一二社の石油製品のそれぞれの販売量の合計がいずれも我国における当該製品の総販売量の大部分を占めていることは不知。

3 請求原因3項について

(一) 次の各事実は認める。

「中東戦争に端を発したいわゆる石油危機の状態があったこと」、「石油危機の中で狂乱物価時代といわれるものがあったこと」、「通産省が行政指導価格として一八lの店頭渡し(ただし、容器代は別)の上限価格を三八〇円としたこと(ただし、その時期は昭和四八年一一月二八日である。)」、「鶴岡市内に鶴岡生協が存在すること」。

(二) 次の各事実は否認する。

「例年では夏期に入ると需給関係から灯油価格が下がるのが通例であったこと」、「石油危機(昭和四八年一二月)に際して石油業界が暴利をむさぼったこと」、「通産省の行政指導価格が値上げされた価格を追認したものであること」、「業界が原油の輸入量などをあえて過少に報道したこと」。

(三) その余の事実は不知。

4 請求原因4項について

(一) (一)について

(被告元売一二社)

(1)ないし(5)のうち、被告石油連盟内に長期及び短期の需要計画に関する事項等を審議する機関として需給委員会が設置されていることは認めるが、その余の事実はすべて否認する。

(被告石油連盟)

(1)  (1)のうち、被告日本石油常務取締役岡田一幸が当時の被告石油連盟の営業委員長であったこと、脇坂泰彦が昭和四四年六月から同四八年六月まで被告石油連盟の需給委員長であったこと、石油製品はいわゆる均一製品であり、貯蔵力に限界があることなどから生産過剰が販売価格に影響を及ぼしやすい状況にあったことは認めるが、その余の事実は否認する。

(2)  (2)の生産調整の事実は否認する。

(3)  (3)のうち、被告石油連盟内に同被告会員三一社から選出された需給委員で構成された需給委員会が設置されていることは認めるが、その余の事実は否認する。

(4)  (4)の本件生産調整の具体的事実について

(イ) 昭和四七年度下期における生産調整について

以下に記載する点を除き、原告ら主張の需給委員会における生産調整に関する事実はすべて否認する。

原告ら主張の需要専門委員会が、原告ら主張のとおり、実質国民総生産の前年度比伸び率(以下、GNP伸び率という。)八・三%を基礎として昭和四七年度下期の需要見直し作業を行ったことは認める。

ただし、需要専門委員会においては、GNP伸び率七・二%(これは昭和四七年度の政府の公式見通しであった。)を基礎とした見直し作業をも行い、前記の八・三%の場合の需要見通しとともに通産省に提出した。

通産省鉱山石炭局石油計画課においては、右の八・三%による需要見通しによって石油供給計画の見直しを行い、供給計画の実施を司る同局石油業務課に回付した。石油業務課においては、改めてその時点における経済情勢を考慮して、GNP伸び率八・三%と同七・二%のほぼ中間値を採用し、石油供給計画の下期における実施を行った。

この中間値は、八・三%による需要予測よりも、一〇〇万kl少なくなっているが、当時の政府の公式指標によったものよりも多い需要予測となっている。なお、この減少分の内訳は、ナフサ二〇万kl、重油八〇万klであって、灯油をはじめとする他の油種については右の八・三%の伸び率による需要見通しと全く同じものである。

その結果、昭和四七年度下期の一般内需用輸入原油処理量の総枠は、九四、〇一二千klとなった。

いわゆる需給常任の当時の統括者であった脇坂泰彦が提案したいわゆる配分比率が原告らの主張のとおりであることは認める。

五グループ及び九社が、前期において、一般内需用輸入原油処理量の総枠を合計一、一〇三千kl超過して原油処理を行ったことは認める。

昭和四七年一一月二一日の需給常任の会合の席上で前記脇坂が、前期に超過処理したグループないし会社は、当期の配分量から右超過処理量を差し引いた範囲内で原油処理を行うよう要請したこと、同年一二月一二日に共同石油グループは、今後割当数量を順守する旨発言したことはある。

(ロ) 昭和四八年度上期における生産調整について

「原油処理量の総枠の決定」の点のうち、当期の一般内需用輸入原油処理量の総枠が八九、七六七千klであったことを認め、その余の点は否認する。

「石油処理量の割当ての決定」の点は否認する。

ただし、昭和四八年四月九日、需給常任が各精製会社に対して当期の生産の目安を与えたことはある。

「石油処理量の割当決定後の経過」のうち、「前期における石油処理の過不足調整」の点については、以下記載の点を除き、すべて否認する。

五グループ及び九社が前期の一般内需用輸入原油処理量の総枠を合計で一、〇一五千kl超過して原油処理をしたこと、及びそのうち共同石油グループだけで五二五千klの超過処理をしていたことは認める。

通産省が供給計画作成時点の予測以上に石油製品の需要が伸びると判断して増産の指示をしたことは認める。

同年五月一一日、需給常任の統括者であった脇坂泰彦が、需給常任の会合において、前期に配分数量を超過して原油を処理したグループないし会社は、当期において、超過数量を調整したうえ、当期における配分数量を守るよう要請したことはある。

右会合の席上、共同石油グループが原告ら指摘の如き主張をしたこと、これに対して反対の意見を持つ参加者が存在したこと、及び後日前記脇坂の後任の需給常任の統括者である武信光のときに、同グループが前記主張を撤回し、今後配分数量による原油処理を行う旨の発言をしたことはある。

(ハ) 昭和四八年度下期における生産調整について

すべて否認する。

(5)  (5)の事実はすべて否認する。

(二) (二)について

(1)  (二)(1)本件価格カルテルの具体的事実のうち、民生用灯油に関する価格カルテル以外の原告らの主張部分はすべて要件事実とはならず、単に事情を述べているものと解する外はないから、被告らは、(ハ)「昭和四八年八月値上げの協定」のうちの民生用灯油に関してのみ、以下のように認否をなし、右以外の事情に属する原告の主張部分はすべて否認する。

「昭和四八年八月値上げの協定」に関する原告らの主張について、被告らが原告ら主張のころ、その主張にかかる民生用灯油(家庭用灯油)に関し、一kl当り一、〇〇〇円の値上げ協定をした旨の原告らの主張事実は否認する。

もっとも、通産省が昭和四八年三月から同年六月にかけて同四六年四月以後の民生用灯油元売仕切価格の抑制政策(同四六年一〇月には全元売加重平均一kl当り一二、〇八一円の指導上限価格設定)の再検討を行った際、被告らがこれに関与し、その過程において、被告石油連盟等で会合したことはあるが、それはあくまでも民生用灯油元売仕切上限価格改訂のための資料作成のために過ぎず、被告らが民生用灯油の価格値上げ協定のため会合したことはない(なお、その間の事情については、後記三項被告らの反論1項(三)(1)参照)。

次に、原告らは、「昭和四八年一〇月値上げの協定」に関しても、民生用灯油一kl当り一、〇〇〇円の値上げ協定を主張しているが、同年一〇月一日(文書では同月九日)通産省が民生用灯油の元売仕切価格を各元売会社の九月価格で凍結する旨の行政指導をしたというような状況にあったから、原告ら主張にかかる昭和四八年一〇月値上げに関しては、民生用灯油の元売仕切上限価格の改訂検討は行われたことはないし、また、上限価格の改訂も行われなかったので、原告らの右主張事実はすべて否認する。

(2)  (二)(2)の事実は否認する。

(三) (三)について

原告ら主張のとおり、公正取引委員会が被告らに対し各勧告を行い、被告らがこれを応諾して、同委員会が右各勧告と同趣旨の審決を行ったことは認めるが、被告らが右各勧告を応諾したことが本件生産調整及び本件価格カルテルの事実を認めたことになる旨の原告らの主張は争う。

なお、勧告審決とは、公正取引委員会が違反行為者と認められる者に対し、適当な措置をとるべきことを勧告し、右勧告を応諾したとき、審判手続を経ないで当該勧告と同趣旨の審決をするという簡易、かつ、便宜的制度であって、審決としての拘束力は排除措置の部分のみに限られ、事実並びに法律の適用には及ばないものである。

被告らは、勿論右趣旨において排除措置を応諾したに過ぎず、独禁法違反といわれる事実を認めたものではない。

従って、勧告審決書の存在は、原告ら主張にかかる不法行為事実を推認させる何程の証拠力も有しないものである。

(四) (四)について

(1)、(2)の主張は争い、(3)の事実は否認し、(4)ないし(6)の主張は争う。

5 請求原因5項について

(一) (一)について

原告らの灯油購入の事実はすべて不知。原告らのその余の主張は争う。

(二) (二)について

(1)  (1)の主張は争う。

(2)  (2)の主張は争う。

(3)  (3)について

「日本の石油業界においては、小売段階にどのような値上げ指向や要因があろうが、小売段階の事情と力だけでは国内の小売価格の動向を左右することはできなかったし、またできないこと」、「被告ら元売会社による元売仕切価格の引き上げがなければ、小売段階のみで小売価格を引き上げることはできないこと」はいずれも否認する。

灯油の小売価格は、小売業者と各消費者間の自由な交渉により決定されるものであって、元売業者が指示をして決まるような性質のものではない。

次に、「日本の石油業界は、元売業者―二次卸店―小売店など系列化が著しく進んでいること」について、「二次卸店」、「系列化」という用語の意味が不明確であるが、「系列化」とは、元売業者が自社の石油製品を継続的に供給し、供給を受けた者が継続的にその販売に当てることを原則とする「特約店制度」の趣旨であるならば、そのような制度の存在することは認める。

しかし、元売業者が石油製品を販売するうえで、特約店の位置づけ及びその果たす機能は各油種により相当異なっており、特に灯油の場合にはその流通経路はきわめて複雑なものとなっている(その詳細については、後記三項被告らの反論2項(二)(1)参照)。

従って、右「特約店制度」が著しく進んでいるかどうかということは、原告らの主張するような一般論として論ずることはできない。

また、右の「特約店制度」が、石油製品の流通機構の末端もしくはその附近に位置する小売店等の販売業者にまで浸透しているわけではない。従って、原告が、末端の小売業者までをもその範囲にとり込んだ「特約店制度」の存在、及びその著しい進展を主張しているのであれば、それはいずれも否認する。

さらに、「各元売業者は系列化を指向し、二次卸店や小売店に、専ら特定の元売業者の石油製品を取扱い、他の元売業者の製品を取扱わないことを求め、一方で資金その他のさまざまな援助をしていること」について、「系列化」という用語が前記「特約店制度」を意味するものであり、「二次卸店」という用語が前記「特約店」を意味するものであるならば、ひとつの傾向として右の事実の存在することは認める。ただし、元売業者が小売店についてまで右のような取扱いをしていることはないし、また、原告ら主張のように元売会社が小売価格を決定することなどありえない。

各元売業者が推進しようとしている特約店制度、及びガソリンのメーターセールス制度は、各元売業者がその商標を付して販売する石油製品について、混合などによる品質低下を防止しようとする品質管理を目的としているものである。

原告らのその余の主張は争う。

(4)  (4)の主張は争う。

エッソ、モービルなど本件外元売業者の石油製品販売価格の上昇は、右業者の独自の要因によったものであって、被告元売一二社の販売シェアの占める割合からもたらされたものではない。

(三) (三)について

(1)ないし(4)の主張は争う。

6 請求原因6項について

争う。

三 請求原因に対する被告らの反論及び抗弁

1 請求原因4項について

(一) 違法行為の要件事実に関する反論

(1)  本件の如き共同不法行為に基づく損害賠償請求事件における違法行為の要件事実とは、(イ)共同行為者間の意思連絡の存在、(ロ)その意思連絡に基づく実行行為の存在、(ハ)その行為の違法性の存在の三点であることは自明の理である。ところが、原告らの右の三点についての主張は全く不十分である。

(2)  いうまでもなく、独禁法三条後段及び八条一項一号において、同法違反の共同行為の有無が問われるのは、その水平的結合の対象となる共同行為者相互間の行為に関してだけであって、それら共同行為者の第三者に対する行為の有無に関してではない。従って、右独禁法にいう共同行為者以外の第三者に対する権利(利益)侵害をもって、これを不法行為と構成する限り、独禁法違反の要件事実に加えて、実行行為者たる加害者の被害者に対する加害行為を特定し、これを具体的に明らかにしなければその主張責任を尽くしたことにはなりえない。しかるに、原告らの主張は、独禁法違反に関する点にとどまり(もっとも、この点についてさえ後述する如く著しく不備である。)、右を一歩も出ていない。

(3)  ひるがえって、本件不法行為における違法性について、原告らは、独禁法八条一項一号及び三条後段の点に求めている。従って、原告らが右独禁法違反の要件事実をそのすべてにわたって主張すべきことは当然の事理に属するといわなければならない。しかるに、原告らは、右の点に関しては、わずかに被告らが独禁法違反の生産調整及び価格カルテルを締結し実施したと主張するのみで、その他の要件事実を全く無視して、主張しないものである。ちなみに、同法三条後段の不当な取引制限の要件事実は、同法二条六項に明らかなとおり、(イ)対価の共同決定、維持、引上げ、(ロ)事業活動の相互拘束または遂行、(ハ)公共の利益違反、(ニ)一定の取引分野における競争の実質的制限の四点であり、また、同法八条一項一号の要件事実は、一定の取引分野における競争の実質的制限であるところ、原告らは、前記の不当な取引制限(同法三条後段)の要件事実のうち(イ)の一部を主張しているにとどまる。

(4)  よって、原告らは、不法行為の要件事実についてその主張責任を尽くしていないから、原告らの不法行為の主張は理由がない。

(5)  なお、被告石油連盟の違法行為について付言するに、独禁法違反の行為について、不法行為の要件事実である権利侵害行為を特定する場合、その違反行為の態様によって異なるのであるから、この特定を無視して一律に独禁法違反行為なるが故にいかなる者に対しても不法行為を構成するというような非論理的な思考はありえない筈である。具体的にいえば、例えば不公正な取引方法(独禁法二条七項、昭和二八年五月一日公正取引委員会告示第一一号)を用いた垂直的行為であれば、その行為自体が相手方に向けられた行為であるから、直接に債務不履行ないし不法行為として構成しやすい。しかし、不当な取引制限等(同法二条六項、八条一項一号)の行為は、共同行為者間の横のつながりをもった水平的行為であるから、この行為による被害者は、共同行為に同調を余儀なくさせられた者をいい、仮に拡張的にとらえるとしても、その共同行為に伴う行為による被害を受けた者をいうのである。

そこで、原告らの主張自体についてみると、原告らはこれまで被告石油連盟が行ったとする生産調整なるものが独禁法八条一項一号に違反する行為であるということを主張するにとどまっている。

もとより、原告らは、右に述べた分類による共同行為に同調を余儀なくされた者ではないから、その他の観点から民法上の不法行為の要件事実である権利侵害行為を特定して主張しなければならないのであるが、いまだにその主張はなされていないから原告らの請求は失当である。

(二) 本件生産調整についての被告石油連盟の反論(請求原因4項(一)及び(四)(2)、(4)について)

(1)  生産調整の概念、目的、内容等についての反論

本件生産調整に関する原告らの主張の骨子は、要するに、被告石油連盟が同連盟の各精製会社において処理すべき昭和四七年度下期ない上同四八年度下期における一般内需用輸入原油の処理総量を決定し、これを五グループ及び九社に配分したことが独禁法八条一項一号に違反するというに帰する。

被告らは、その主体、目的、日時の点は別として、昭和四七年度下期及び同四八年度上期については、前記各精製会社において処理すべき右原油の処理総量を五グループ及び九社に配分していたことがあることは争わない。

しかし、右原油の処理総量は、石油業法に基づき専ら国が決定するものである。また、これを各社に配分していた行為は、同法を執行すべき通産省の依頼に基づくものなのであって、同法の運用ないしその執行行為(国の政策に対する協力ないし補完行為)として実施されてきたものである。

(イ) 石油行政と生産調整

石油に関する通産省の行政は、石油の安定的かつ低廉な供給確保という我国石油政策の実現を窮極の目的としている。右の石油政策実現のために、外国石油会社の我国石油市場に対する支配を予防して、我国石油企業の健全な育成を図るという目的をもって、世界的な原油供給過剰傾向を背景とし、昭和三七年七月に現行石油業法が制定施行された。

通産省の石油行政は、同法をよりどころとして実施されることになる。しかし、石油問題の複雑性、重大性に比して、同法はわずかに二五条(附則を除く。)にすぎず、またその条文も、多くは通産大臣に対する抽象的な権限付与の規定や石油企業に対する抽象的な義務づけの規定であるにすぎない。それに加えて、同法に規定した事項は、石油行政の実際面から見れば、必要な事項を網羅していないので、通産省としては、同法に表面的に規定されていることのみを行っていたのではその行政の責任を果たしえない。現実にも、通産省は、同法に規定された諸権限を中心として、長期的、短期的な観点から種々様々な方法により行政的な規制を加えてきている。その主なものは、以下に述べるとおりである。

まず、消費地精製方式について述べる。

我国石油政策の基盤をなすものは、消費地精製方式(消費地精製主義ともいう。)である。消費地精製方式とは、要するに、原油で輸入し、これを国内で精製させることを優先させる一方式である。従って、同方式のもとにあっては、その実効性を担保するために必然的に製品の輸入が規制されることになる。

我国においては、石油にかかるいかなる施策も消費地精製方式を前提になされてきた。石油業法も例外ではなく、同法が消費地精製方式を前提としてはじあて機能しえ、存在意義を持つことは、右に述べた同方式の内容と後述する同法の諸規定との関連に照らしても明らかである。

ところで、石油の供給に関し右方式を採用した場合、原油処理に関する何らかの調整行為は不可欠である。何故ならば、同方式のもとにあっては、まず優先的に国内において原油を処理せしめ、原油処理のみでは不足する製品についてのみこれを海外から輸入せしめるという政策がとられる。従って、製品の要輸入量算定の前提として、原油処理量を想定あるいは決定する必要が生じるからである。

次に、石油業法の規定が予定する需給調整手段と生産調整について述べる。

同法は、石油の安定的かつ低廉な供給の確保を目的とするが、この目的を需給調整により達成せんとする点で需給調整法としての性格を持つものであり、また、同法は、原油の供給過剰を前提として立法されたものであるという点で供給過剰防止法としての性格を持つものである。

しかして、同法が需給調整手段として直接予定しているものは、特定設備の許可制(七条)、石油供給計画の告示(三条)、生産計画並びに輸入計画の届出と勧告(一〇条及び一二条)の制度であり、この制度の活用により需給調整を行うのが同法の規定上の建前となっている。

(a) 特定設備の許可制(七条)は、通産省が石油製品の需要予測に基づき、三年先に必要とされる特定設備の能力を想定し、該能力から既許可能力を控除したうえで必要許可能力を算定し、これを申請企業に対し、諸般の事情を勘案して、按分し許可するものである。

(b) また、石油業法三条の規定に基き、通産大臣は、毎年度石油供給計画を策定し告示する。石油供給計画策定の前提として、通産省は、石油連盟需給委員会の下部機構である需要専門委員会(昭和四九年度以降は通産省が委嘱したメンバーよりなる需要想定委員会)に当該年度を含め五年先までの石油製品の需要を想定せしめる。

そして、それに通産省独自の立場で変更を加えたうえ、適当と思われる石油製品の供給量を算出し、それを石油供給計画として策定するのである。石油供給計画に示される各年度の供給量のうち、三年先の供給量は前述した特定設備許可のためのものであるが、当該年度のそれは、その年度における石油製品の適正なる需給維持のための指針とされている。

(c) そして、石油業法一〇条二項は、「通商産業大臣は、石油の需給事情その他の事情により、石油供給計画の実施に重大な支障が生じ、または生ずるおそれがあると認める時は、石油精製業者に対し、石油製品生産計画を変更すべきことを勧告することができる。」旨規定している。いわゆる勧告権に関する規定である。

しかして、右の三種の需給調整の方式を総合すると、同法は、特定設備の許可制により長期的需給の調整を図り、短期的には、石油供給計画の告示と、その実施の担保としての勧告権の有効な行使により、需給の調整を図ることを建前としている。従って、適正な需給は、最終的には勧告権の行使によりはじめて実現しうるのである。

この間の事情につき若干補足すると、特定設備の許可制は前述したように、通産省が三年先の所要の能力を申請企業に適宜許可するものである。

従って、特定設備の許可制は、処理能力の上限を設定するという意味で需給調整機能を持つが、当然のことながら、なだらかな伸びを示す需要に対して設備能力は階段的に急激に増加すること並びに企業の拡大志向本能が作用する等により、右許可制のみによって直ちに適正需給を実現するという性格を持つものではなく、各年度毎の石油供給計画が必要とされるのであり、さらに、別途何らかの補足的な需給調整手段が必要なのである。

ところで、この石油供給計画は、通産大臣が、石油業法三条の規定に基づき毎年度告示するものである。しかし、石油供給計画を告示しても、第一に、その策定から告示に時間を要することから、告示された時点では、既に実際の需要を反映しえないこと、第二に、企業には経済主体としての基本的傾向として拡大志向性が強いこと、この二点から単に石油供給計画を告示したのみでは到底それに沿った適正な供給体制が確保されるとはいい難いのである。

従って、右の二制度に加え、勧告権の適切なる行使によりはじめて法の目的とする適正需給の実現、換言すれば長期的な意味における安定的かつ低廉な供給の実現が可能となるのであり、法の建前上はまさにそのように予定されている。

しかし、右の法律上の建前とはうらはらに、国はつとに、石油業法の運用上勧告権は極力これを行使せず、第一義的には石油業界の自主調整によって石油供給計画の実施すなわち適正需給の実現を図るとの方針をたて、その旨を、同法案審議の国会において明示した。

事実その後の同法の運用をみても、昭和三八年に被告出光興産が被告石油連盟を脱退し、自由生産に踏み切ったときに、その発動が検討されたのみであって、需給調整を図るために、同条項が直接行使されたことはなく、それはまさに伝家の宝刀的存在となっている。

そして、石油業法が右の如く運用されることを前提とした場合、同法の目的とする適正な需給を確保するためには、石油供給計画の制度及び生産計画等の変更勧告の制度に相当する機能を持つ別途の有効な調整手段が必要となることは当然で、それ故にこそ、国は、それを石油業界の自主的調整ということに求めたのである。

本件のいわゆる生産調整とは、まさに右の如き性格を持つものである。

(ロ) 生産調整の概念

本件において、原告らは、しばしば生産制限、生産調整という語を使用してきているが、本件でいう生産調整は、石油製品の生産量を調整するものではない。調整の対象となるのは、沖縄県を除く我国で処理されるべき原油の総量(これは供給計画で決定されている。)のうち、国産原油量並びに輸出用石油製品、石油化学工業原料用ナフサ、その他時々の政策に従って決まる特定用途に振り向けられるべき石油製品の要生産量に一定の割合を掛けて算出した原油量を除外した部分である。この部分を一般内需用輸入原油と称している。

右除外の理由は、国産原油については、国内産油部門の育成強化のために優先的にこれを引き取り処理させるためのものであり、輸出製品については、輸出振興のためであり、石油化学用ナフサについては、昭和三八年度上期の植村斡旋案以来石油化学工業育成のため通産省の指導により低価格に抑えられてきているので、その供給を確保するためのものである。すなわち、国産原油を処理すればその分を、また石油製品を輸出し、あるいは特定用途に販売すればその量に一定の割合を乗じた量の原油を、それぞれ調整対象原油以外に処理しうることになり、精製会社はそれにより、精製設備の稼動率を高めてコストの圧縮が可能となるのである。

生産調整と言われているものは、右に説明した一般内需用輸入原油の総処理数量につき、各社の分担処理量を割り当て、各社の生産活動の目安を与える作業である。

(ハ) 生産調整の目的

生産調整は、前記のとおり、通産省の行政施策の一環として行われてきたが、これによって通産省は、我国における原油処理量のほとんどすべてをその規制下におき、これを石油供給計画(見直し供給計画等を含む。)の原油処理量にほぼ一致させることが可能となったのである。実際の原油処理量を石油供給計画の原油処理量と一致させることにより、一方ではほぼ需要に見合った石油製品の供給を確保しながら、他方ではある程度石油製品の市況を安定化させることが可能となる。

生産調整の政策的な目的については、当初は右の点の外、特に整理されていなかったが、通産省は、生産調整の実施については業界の協力が不可欠であるとの見地から、昭和三八年一一月から同三九年三月まで、当時の通産省鉱山石炭局石油課の担当官と業界関係者とで研究会を開いて検討を加えた結果、次のように整理した。

(a) 供給計画に見合って安定的な供給をするため。

(b) 再投資を可能ならしめる適正価格の形成のための一手段として。

(c) 現行の秩序に急激的な変化を与えず、漸進的にもっていくための一手段として。

(d) 民族系企業及び中小規模の企業を強化するための一手段として。

(e) 新規の許可設備を有効利用するための一手段として。

(ニ) 生産調整の必要性

生産調整の政策的な目的は、前記のとおりであるが、これは著しい過剰生産を防止することにより果たされる。生産調整は、このような過剰生産の防止手段なのである。過剰生産にならず、かつ需要量を十分まかなうだけの石油製品の生産量というのは、具体的には前記供給計画において示されているわけであるから、我国全体としてこれだけの生産が行われればよいことになる(勿論、実際の需要動向に応じた調整は必要である。)。

しかし、我国の石油精製設備の処理能力は、前述のような通産省の設備許可方針によって相当な余力を持たされており、しかも大規模装置産業であることから、各精製業者は常に装置の稼動率を高めることを考えている。従って、これを放置すれば必然的に我国における石油製品の総生産量は供給計画のそれを著しく上回る結果とならざるをえない。そのような事態の発生を防止できないとすれば、それは通産省が予定している石油政策の遂行の支障となる。

また、供給計画は、ある時期における我国全体の要生産量を示すものではあるが、各精製会社がどれだけの量を生産すべきかという点を示すものではないので、供給計画自体は各精製会社の生産量の具体的基準となるものではない。

各精製会社は、石油業法一〇条一項により、その生産計画を通産省に提出する。これに対して、通産省としては、それが過大な生産計画である場合には、事実上計画の変更を求め、それに従って変更しない限り受け付けないという手段をとることにより、または、同法一〇条二項によってその変更の勧告をしたりすることにより、各精製会社の生産数量を指示することは可能であった。しかし、通産省としては、国の一方的な生産量の指示による生産量の調整は、統制経済的な印象を国民に与えるおそれがあるので、緊急の必要がある場合などを除いては望ましくないと考えていた。また、国は各精製会社に対して、一定量以上の生産を行ってはならない旨を命ずる直接の法律上の権限を有していないので、この面での通産省の政策遂行については、結局各精製会社全員の協力に待つほかはない。各精製会社の協力を得るキーポイントは、生産量を制限されたことによる各社の不利益ができるだけ平等に負担されるようにすることであるので、生産量の割当てについても、それによって特定の精製会社のみが優遇されたり、不利に扱われる結果とならないよう配慮する必要があった。

右のように、通産省としては、供給計画に見合った石油製品の供給のためには、是非とも各精製会社の生産量をコントロールするという意味での生産調整を必要としていたのであり、加えてその実施形態は、一方的な指示をさけ、各精製会社の協力を得た形態とする必要があったのである。

以上のとおり、原油処理に関するいわゆる生産調整は、一貫して通産省の主導下で行われて来たものである。

(ホ) 生産調整の歴史的経緯

(a) 石油業法施行前(昭和三七年度上期以前)

昭和三七年一〇月の原油輸入自由化以前は、原油の輸入にあたり輸入者が外貨資金の割当てを受ける必要があった。通産省は、この外貨割当制度の運用により種々の行政目的を果たしてきたが、その中には、石油の需給調整を通じての石炭産業との調和ならびに石油産業内での過当競争の防止もあった。しかし、外貨割当制度の運用だけでは対処できない事態が生ずることもあり、そのような場合には、割当外貨による原油処理量以下に処理量を抑えるべく行政指導が行われた。

(b) 昭和三七年度下期から昭和三八年一二月まで

昭和三七年度下期は、同年七月から施行された石油業法に依拠した石油供給計画に基づく需給計画が実施された最初の時期である。原油輸入の自由化もこのとき(同年一〇月)からであったので、それまでの外貨割当時代には販売能力に比して少ない原油の供給しかえていなかった精製会社などを中心とした激しいシェア競争が続けられた。そのため、同年八月の段階で通産省が打診した生産計画案の原油処理総量は、供給計画の数量を二五%上回るもので、そのままでは市況が悪化し、ひいては安定供給が阻害されることが懸念された。

そこで通産省は、石油業界に指示し、供給計画に沿った原油処理枠の配分を行わせようとしたが、配分基準については業界内に意見の対立があったので、原油処理実績、販売実績、設備能力を加味するいわゆる「三本柱方式」を与えて、業界に配分を実施させた。そして、この方式による配分は、昭和三八年度下期の分についてまで実施された。

しかし、同年一一月末ころ、被告出光興産が生産調整に対する不満から、被告石油連盟を脱退して独自に生産を開始したため、従前の生産調整は不可能となった。事態を重視した通産省は、石油業法による勧告、さらには同法の強化をも考えながら被告出光興産に対する説得を試みようやく同被告が同三九年一月になって通産省の生産調整に従うことで、この出光問題は解決した。

この結果、昭和三八年度下期の生産調整は、一二月の段階で打ち切ることとし、同三九年一月からは新たな基準、方法によって通産省自ら生産調整を行うこととなった。

(c) 昭和三九年一月から昭和四一年度上期まで

前記のような事情で、昭和三八年度下期の生産調整は、期の途中である同年一二月で打ち切られることとなり、同三九年一月からは通産省が直接各精製会社に処理量を割り当てる方式に移行し、基本的には従来の配分基準に従い、同年一月から九月までを第一回とし、以後昭和四一年度上期まで、原油処理枠の配分を行った。

(d) 昭和四一年度下期以降

このように、昭和四一年度上期まで原油処理枠の配分を行ってきた通産省は、昭和四一年九月ころになって、従来の生産調整を廃止する方針を打出した。

生産調整の廃止理由として、製品価格の安定、利益、財務状況の好転、稼動率の向上、需要期を迎える、需要業界からの要請が強い、政府の物価対策等の諸点が指摘された。

また、同時に廃止後の対策として、既設許可設備の繰り上げ稼働は認めない、地下カルテル的行為は認めない、生産実績を徴収し、供給計画遂行の監視体制を実施する、供給計画の遂行上重大な支障があると考えられる場合には石油業法上の必要措置をとるという方針を示し、各社の慎重な行動を要請した。

そして、通産省は、精製会社の協力のもとに生産調査委員会を設けて各社の生産状況を監視する体制をとる一方、被告石油連盟の責任者に要請して各社の生産計画を調整させ、供給計画に一致した生産を実施させた。

その後、昭和四三年度上期までは、同四二年度のいわゆる設備休戦もあり、また大幅な需要増の傾向に支えられ、供給能力と需要とはおおむね均衡していた。しかし、昭和四三年度下期になると、新規業者を含む四一万三、〇〇〇バーレル(SD)の常圧蒸留設備が稼働を開始することになり、業界全体での供給能力は大幅な過剰状態となった。また、この当時は通産省の民族系石油企業育成の一環として、同四〇年八月に設立された被告共同石油が軌道に乗り始める時期であり、かつ、石油業法施行以来実質的には初めての新規参入の精製会社(極東石油工業、富士石油、関西石油)が稼働を開始する時期でもあって、通産省は、石油製品の需給の安定について特に強い関心をもっていた。

そこで、通産省は、昭和四三年一〇月八日、鉱山石炭局石油業務課長ほかの担当官により、被告石油連盟の需給委員会の席上、出席した各精製会社に対して同年度下期の需給への対処方針を示し、いわゆる減産要請を行った。

それを受けた石油業界では、需給常任の場において配分基準案を検討し、通産省の承認を得て、従来の三本柱にガソリンの販売実績を加えた四本柱による配分を実施することとした。かくして、その後も設備能力の過剰状態は継続したので、右四本柱による生産調整は、昭和四八年度上期まで実施された。

なお、昭和四八年度下期以降は、いわゆる石油危機と言われている時代に突入し事態の急転があったため、これまで述べてきたような配分調整は行われていない。

(ヘ) 本件生産調整の内容について

被告石油連盟が同連盟加盟の各精製会社において処理すべき昭和四七年度下期ないし同四八年度上期における一般内需用輸入原油の処理総量を決定し、これを五グループ及び九社に配分したことがあるが、右は石油業法を執行すべき通産省の依頼に基づくものであり、同法の運用ないしその執行行為として実施したものであることは、既に詳細に述べてきたとおりである。

なお、いわゆる過不足調整について述べる。

前記のようにして各社の配分量を決定しても、実際の生産は必ずしも配分どおりには行かない。事情は種々あろうが、配分された処理量を当該期に処理しきれないこともあり、また配分された処理量以上に処理をする会社が出てくることもある。このような場合、処理し残した分は実質在庫の減少となり、また、超過処理分は流通過程を含めた実質的な在庫として残ることになる。このような状態を放置したまま生産計画の実行を継続すれば、長期的にみると、石油の需給パランスが崩れることにより安定供給が害されることになるであろうし、また、各社への平等な配分という観点からも問題がある。そこで、右のような超過処理や不足処理の事態が生じたときは、次期の配分調整にあたり、前期に処理をし残した会社にはその分を当期の要処理量に加え、超過処理をした会社からはその分を当期の要処理量から差し引くという操作を行う。これがいわゆる過不足調整といわれるものである。従って、この過不足調整について、カルテル維持のための一種のペナルティであるとの見方は、全くの誤りで、供給計画を実行する一つの手段であるに過ぎない。

(ト) 本件生産調整の具体的事実

(a) 昭和四七年度下期における生産調整について

昭和四七年度下期については、同期における需要予測が、GNPの伸び率に関する見方の混乱とあいまってきわめて困難な時期であった。すなわち、政府の公式見通しである同伸び率を七・二%と見る見方と、通産大臣官房の同八・三%との見方が併存し、この見方に統一がなかったため、需要予測の大きな要因のひとつについて確定的なものが得られない状況にあった。そこで、被告石油連盟事務局の多々井全二は、通産省の担当官である根岸正男石油業務課長との間で情勢把握について協議し、種々いきさつはあったものの、結局、八・三%の伸び率を基礎にそこから約一〇〇万klの需要減を見込むことで右根岸課長との間に了解が成立した。なお、この一〇〇万klという量は、ナフサとC重油(工業向け製品)の需要減を見込んだもので、八・三%を基礎にした総需要予測量一一六、五一三千klに対して一%にも満たない微量であって、仮に需要の伸びがあったとしても即座に対処しうる量であった。

右のように、同下期において通産省は、原油処理総量の基礎となる内需燃料油計の需要予測について積極的に関与し、同期における供給計画の実施につき官民の協力を図ったのである。そして、右の内需用原油処理総量からほぼ機械的に算出されるのが、次に述べる配分の対象となる一般内需用原油処理総量なのである。

ところで、同下期の各社配分については、同上期までの配分基準とは別に、新しい方式をとることとなっていたので、その配分基準の策定が前記脇坂らに課せられたひとつの課題であった。

そこで、前記脇坂及び多々井らは、各社の希望や意見を徴したうえ、配分基準案として、販売実績を五〇%、前年同期の処理実績を二五%、設備能力を二五%とする方式をもって通産省根岸課長と協議し、その同意を得て同下期の各社配分にとりかかった。そして、各社からの不満や希望を消化し、最終的には民族系及び中小石油精製会社に対する特別対策を含め若干の修正を施したうえ、同下期の各社配分を完了するわけであるが、その過程において通産省は、同省飯塚参事官によって、各社配分の内容について不満をもつ被告日本石油、同昭和石油、同ゼネラル石油に対して説得を試み、加えて若干威嚇的かつ誘導的方法として「まとまらなければ通産省が引き取って直接割当てを行う。」旨の発言をするなど、配分の実施について主導的な立場をとってきたのである。

(b) 昭和四八年度上期における生産調整について

昭和四八年度上期の配分基準については、前記のとおり通産省との間で煮詰めた考え方をそのまま踏襲し、各社配分が行われたのであるが、配分の基礎となる原油処理量の算出については、きわめて流動的な時期であった。すなわち、同年度の石油供給計画は例年どおり三月下旬に告示され、それに基づいて前述のとおり一般内需用輸入原油処理量が算出され各社配分が行われたが、急激な需要の変化に対応し、通産省との間できめ細かく協議して増産を図った時期である。

(c) 昭和四八年度下期における生産調整について

昭和四八年度下期に入って、同年一〇月に中東戦争が勃発し、アラブ産油国はいっせいに原油の供給削減を打ち出した。我国は先行きの原油確保に対する見通しが立たないまま、いわゆる石油危機といわれる状態となった。従って、原油の供給が潤沢であることを前提とする石油業法はその機能を発揮しえず、石油供給計画も棚上げの状態となり、従来行われてきた各社配分は行われなかった。

(2)  被告石油連盟が灯油の品不足の状態を作り出したとの主張に対する反論

被告石油連盟は、通産省が石油業法等の法律に基づいて行う供給計画の策定をはじめとする適時の石油行政を、これと協力して具現させ、国全体として、灯油はもとより全油種にわたって安定的供給を果たすべく供給量の確保につとめてきた。

原告らが主張する昭和四七年度から同四八年度にかけても、被告石油連盟が果たすべきこの責務は、後に述べる灯油に関する統計的実績数字等が示すとおり、その構成員である精製、元売会社がたてる生産計画に基づく供給予定量は、需要予測量を相当に上回る量を確保し、これを全うしてきている。従って、被告石油連盟は、原告らが主張するように構成員である精製会社の原油処理量を制限して小売段階における灯油不足状態をひきおこす結果となる元売段階での灯油の品不足状態を作りだしたようなこともないし、現実に、元売段階においてそのような品不足状態が生じた事実もない。

(イ) 通産省は、昭和四七年度下期期初に同年度当初に策定した供給計画の見直し(以下、「見直供計」という。)を行い、全油種と共に灯油の需要予測とその需要を充すために必要な供給量を、同年一〇月二八日、被告石油連盟に示して石油業界に提示してきた。この見直供計に示されていた需要予測量は、一四、四五〇千kl、うち内需一四、四一三千klであって、期末在庫量一、二六〇千klと併せて一五、七一〇千klであり、これに必要な供給量を確保するために、期初在庫を含めて等量の生産をすべきものとするものであった。これは、通産省が石油業法に基づいて石油製品の安定的かつ低廉な供給を確保することを目的とした行政の一環としてなされたものである。これをうけて、精製各社は、同年一一月三〇日、石油業法一〇条に基づいて、通産省に対して生産計画を提出した。その集計結果は、期初在庫を含めて見直供計より多い一五、七九四千klを供給することを計画しているもので、これは、通産省の前記内需予測量一四、四一三千klと各社の輸出計画量の総計三九千klを加えた需要量一四、四五二千klを上回わり、期末在庫を一、三四二千kl見込むものである。

この間、精製各社は、それぞれ需要動向をみながらその生産及び生産計画の策定を社内的に行っていたが、被告石油連盟が同年一二月一九日に集計してみた各社の生産計画の総計は、期初在庫を含めて一五、一九一千klを供給することを計画しているものであった。この需給バランスは、適正計画を上回るものであり、通産省においても需要動向の推移から了承済みのものである。かくして、同年度下期である昭和四八年一月から三月までの間、国鉄のストライキや東北以北の地方の異常寒波などの突発事態はあったものの、同四七年度下期の実績は、実需量において一三、七六六千klであって、期末在庫量一、〇七九千klと併せて一四、八四五千klにとどまり、これに対する供給実績は、一五、一一七千klであった。このことからわかるとおり、実需量が前記の各計画より下回ったのは、生産量、供給量が少なかったためではなく、期を通じて全国的な需要が見直供計の予測需要量を下回ったためである。言い換えれば、被告石油連盟及びその構成員である精製、元売各社は、実需に対して必要にして十分なだけの供給量を確保し、かつ供給を行ってきたのである。

以上については、別表八を参照されたい。

従って、原告らの指摘する前記の灯油不足は、全国的なものではなく、東北地区並びに北海道の一部地区に限った例外的局地的現象でしかない。そして、その原因は、荒天による内航タンカー欠航及び国鉄ストによる物流の乱れに加えて異常寒波のための急激な需要増による需給の逼迫感と、それに触発された消費者の買だめ行動が引きおこした一種のパニック状態であったのである。

(ロ) 昭和四八年三月一四日、通産省は、年度の供給計画を発表、告示した。これによると、灯油の需要予測量は、五、三四一千klであって、期末在庫量三、七五五千klと併せて九、〇九六千klであり、これに必要な供給量を確保するために期初在庫を含めて等量の生産をすべきものとするものであった。

供給計画は、通産省が前記の石油業法の目的を実現するための行政として、設備許可にかかるむこう五か年の長期と、当該年度の短期の各油種の需給バランスを示して、業界に供給責任を果たさしめようとすることを一つの目的としているものである。

これをうけて、精製各社は、同年四月二六日、通産省に生産計画を提出した。その集計結果は、期初在庫を含めて供給計画より多い一〇、五九八千klを供給することを計画しているもので、これは通産省の前記需要予測量五、三四一千klは勿論のこと、各社の輸出計画量の総計一三五千klを加えた需要量五、四〇六千kl(供給計画が告示された後右生産計画提出までの間に、他の油種の需要動向に変化がみられたため、需要予測の見直しが行われた結果、灯油の内需予測は五、二六二千klから五、二七一千klに変っている。)をはるかに上回っている。従って、右計画は、期末在庫についても供給計画より多い五、一九四千klを見込むものであった。当然のことながら、この生産計画は、通産省の了承済みのものである。

ところで、昭和四八年度上期は、急激な景気回復による過熱と、いわゆる第二次油種転換といわれる需要動向の変化が予想以上に顕著にあらわれてきて需給逼迫感が生じてきた時期であり、そのため被告石油連盟においては、供給計画や前記の生産計画にとらわれず、実際の需要動向を追跡し、同年六月二〇日及び七月四日の二度にわたって適正計画を策定した。

まず、同年六月二〇日の適正計画によれば、需要予測において五、八四五千klであって、期末在庫四、九八二千klと併せて一〇、八二七千klであり、これに見合う量の供給量を要するとするものであった。また、同年七月四日の適正計画によれば、右六月二〇日の適正計画における要生産量九、七三三千klより多い一〇、〇〇六千klを計上し、供給量とし一一、一〇〇千klを要するとするものであった。

この間、精製各社は、それぞれ右の需要動向をみながらその生産及び生産計画の策定を社内的に行っていたが、被告石油連盟が同年八月一三日に集計してみた各社の生産計画の総計は、期初在庫を含めて一一、六七七千klを供給することを計画しているもので、これは右七月四日の適正計画策定後、さらに同年度四月から六月までの内需実績を加味して同年七月から九月までの見通しをたててより現実的に修正した需要予測量六、六三〇千kl(右七月四日の適正計画では、五、八四五千kl)に対して十分な供給量であった。この需給バランスは、右七月四日の適正計画を上回るものであり、当時の需要動向を十分反映したものとして、通産省においても了承済みのものである。

かくして、前記のような経済変動に対応して、同年度上期の灯油の供給がどのような実態で推移したかについて同期の実績をみると、供給実績は、一一、九一四千klであったのに対して、実需量は六、二八七千klにとどまり、期末在庫は五、五〇七千klとなり、前記の各計画以上の実績となった。これは、精製、元売各社が実需の動向に対応して必要にして十分なだけの供給量を確保し、かつ供給を行ってきたことを示すものである。

以上については、別表九を参照されたい。

(ハ) 昭和四八年度下期は、いわゆる石油危機といわれた時期で、通産省は、内需予測をたてきれなかったために、供給計画の見直しも行えないままに推移し、同年一二月二二日の石油需給適正化法の制定となった。もとより、被告石油連盟においても、需給バランスを検討して適正な需要予測をうちたてることもできなかった。従って、灯油の需給関係は、各社が通産省に提出した生産計画と昭和四九年一月以降通産省が石油需給適正化法に基づいて示した石油供給目標と各月の実績を対比する以外に需給関係の動向をみる術がない。

しかして、この需給関係については、いたずらに説明を加えるまでもなく、別表一〇によって数字の対比を検討されたい。

要するに、昭和四九年三月度を除いて、各月度とも、各社の供給実績は各社の供給計画量を上回っている(供給量計のB、C欄対比)。また、各社の生産、供給計画及び供給実績は、すべて通産省の供給目標を上回っている(供給量計のA欄とB、C欄対比)。しかも、下期全体で供給実績は、実需をはるかに上回っている(なお、同年三月度の場合、各社の供給実績が各社の供給計画量を若干下回っているのは、同年一月以降石油供給目標の需要予測に比べ、実際の需要が毎月下回ってきていたため、各社が供給を実態に合わせたためと思われ、しかも同月度末の在庫実績が十分であるため、いわゆる品不足状態は生じていない。)。

以上述べたところによって明らかなとおり、精製、元売各社は、昭和四八年度下期においてもまた前記各期と同様、実需の動向に対応して必要にして十分なだけの供給量を確保し、かつ供給を行ってきており、いわゆる灯油品不足状態を生ぜしめていない。

(3)  生産調整が被告石油連盟の組織、機関ないしはその意思によりなされたとの主張に対する反論

原告ら主張の生産調整なるものの内容は、一般内需用の輸入原油処理量の決定と、その各社配分の決定のようであるが、一般内需用輸入原油処理量の各社配分は、被告石油連盟の事業活動あるいはそれに伴う行為として行われていたものではない。この各社配分を行っていたのは、いわゆる需給常任である。同連盟においては、意思決定機関としての理事会の下に審議機関として各種委員会が設置されていて、そのひとつとして需給委員会がある。しかし、右需給常任は需給委員会ではない。

需給委員会は、通産省から供給計画の内容について説明を受ける際、及び供給態勢についての通産省の意向が伝達される場合など、年に二、三回程度開催されるだけである。もとより、同委員会は、被告石油連盟の意思決定を行う場ではない。

しかして、右各社配分を担当していた需給常任は、昭和四七年度下期、同四八年度上期当時は、被告丸善石油専務取締役脇坂泰彦、被告三菱石油取締役中島芳博、被告日本石油小貝谷ら五グループ及び九社の実務担当者である。これらの需給常任は、いずれも被告石油連盟の理事あるいは意思決定に参画する立場の者でもなければ代表資格を有する者でもない。もとより、同連盟の被用者でもない。同連盟は、需給常任に対して給与、報酬等を支払っていないことは勿論、これを指揮監督する立場にもない。また、需給常任は、同連盟の各種委員会あるいはその下部機関または小委員会組織のいずれでもない。

以上のとおりであるから、民法四四条、七〇九条、七一五条いずれの擬律、適用理論をもってしても、原告らの主張では、いまだ被告石油連盟の民法上の不法行為責任を基礎づけることはできない。

(4)  生産調整が独禁法八条一項一号に該当するとの主張に対する反論

(イ) 原告らの主張によれば、本件の生産調整なるものは、原油処理の分野における競争制限行為であるというにあるが、この原油処理の分野というようなものは、仮にそのような概念を想定してみても、これを「一定の取引分野」とみることはできない。石油精製・元売業界において競争市場が形成されるのは、各石油製品(油種)の生産と販売の面である。経済学的な観点からみた場合の競争メカニズムは、原油処理の段階でも一応考えられないことはないが、法律的には「取引分野」としてはとらえられない。

(ロ) 原告ら主張の一般内需用輸入原油処理量の各社配分は、需給常任の集まりにおいて行われたものであるが、これは、国が石油業法等に基づいて実施する石油行政に対する補完行為であって、独禁法の規制対象となる行為ではない。その詳細は、本件生産調整についての被告石油連盟の反論(1)で既に述べたとおりである。

(ハ) 石油精製業界における原油処理については、独禁法がその規制対象とする競争は存在していない。同法は、現に存在する競争あるいはあるべき競争を実質的に制限する行為を、いわゆるカルテル行為として禁止していろ。しかし、この法的意味における競争は、石油業法のもとにおいては以下に述べる二つの側面からみて存在しない。

競争とは、経済的意味でも法律的意味でも一つの経済メカニズムとして理解されている。従って、それは一義的に定義づけることのできないいわば機構であり、競争の実態は、その機構を組成する要素についてみるほかない。しかして、生産面における競争は、いうまでもなく生産設備能力及びその稼働によるものであるが、石油業界においては、石油業法によって設備投資の自由が奪われている。勿論、法律に基づく申請をして通産大臣の許可を受ければ新増設は可能であるが、これは自動認可制度と異なり行政裁量が認められている分野に属する。従って、生産面における競争、すなわち生産シェアの競争は、石油業法及び同法に基づく石油行政によるいわば経済外的要因によって規制され、固定されている。言い換えれば、競争に入る条件がその始点において法及び行政によって規制されていて、事業者の創意によって事業活動を盛んにする(独禁法一条参照)ことによって自らの需要に対応した設備投資を自由に行うことは不可能となっているのである。

また、石油業法に基づく石油供給計画の制度のもとにおける石油精製業者の生産行動は、勧告権制度(同法一〇条二項)とこれに至らないまでも石油供給計画の実施に伴う行政行為による規制のもとにある。従って、各精製業者は、自己の設備をより多く稼働させたいという欲望をもちながらも、その生産高の決定は、同業他社の市場行動との関係など経済的競争基盤によってなされるのではなく、右に述べた石油行政との関係で決められる実態にある。

(5)  生産調整について違法性阻却事由の主張(抗弁)

前項において、原告ら主張の一般内需用輸入原油処理量の各社配分が独禁法八条一項一号に該当しないことを述べたが、これを違法性の観点からみても、違法性を阻却するものである。

すなわち、右の各社配分は、石油供給計画に対する符合を行う行為として行われてきた。石油供給計画は、これまでも述べてきたとおり、国が国民経済の利益のために策定し、実施するものであり、これに供給量を一致させるための行為は、石油供給計画の実施に不可欠のものである。従って、通産省の右符合を求める指導に対応して行った各社配分は、社会的相当行為であって違法性の認められない行為である。

(6)  生産調整について独禁法の適用除外の主張(抗弁)

仮に前記(1)で明らかにした通産省の石油行政施策への協力行為が外形上独禁法八条一項一号に該当するとしても、右行為は、以下に記す理由により独禁法の適用が除外される場合に該当し、独禁法違反とはならない。

独禁法は、その一条に明らかなように、市場における公正かつ自由な競争で形成される価格を通じて資源の最適配分が行われ、経済運営が効率的かつ公平に行われることによって、一般消費者の利益を保護すると共に、国民経済の健全な発達に寄与することを目的とした経済政策立法である。

従って、自由私企業経済体制のもとにおける市場での公正かつ自由な競争が機能する領域につきその存在価値が存し、右が効果的に働かない領域についてまでその効力を及ぼさしめることは、かえって国民経済上不利益をもたらし、経済政策上得策とは言い難い。複雑多様でありしかも流動的な経済現象をして最も国民経済の健全な発展に寄与せしめる経済方策は、自由競争をもととする自由主義経済を原則とすべきではあるけれども、かかる原則に拘泥することは、経済的地位の強弱を極端化させるのみであって、国民全体の利益に合致しない。自由主義を基調としつつもこれを越え、ある限度における自由競争制約の経済政策が国民経済上不可欠なものとされる所以であり、石油業法も前述した如く自由競争を一定限度で制約する経済立法のひとつであり、同法をガス事業法、電気事業法と比較した場合、両者は料金の認可制の点で差があるのみで、他の点についてはほとんど同趣旨の規定内容となっているのであるから、石油企業はガス、電気企業と同様公益事業的色彩の濃厚な企業体といわなければならない。

ところで、独禁法二一条は右ガス事業法、電気事業法につき適用除外を法定し、さらに一般に原則として、一定の取引分野における競争の実質的制限を独禁法違反として禁止しながらも(八条一項一号)、同法二四条の三において、不況に対処する為の共同行為、二四条の四において企業合理化のための共同行為につき、いずれも公正取引委員会の認可を条件として公益に基づくカルテル行為として適用を除外しているほか、二二条において「この法律の規定は、特定の事業について特別の法律がある場合において事業者又は事業者団体がその法律又はその法律に基づく命令によって行う正当な行為はこれを適用しない。」とし、「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する適用除外等に関する法律」その他によって適用除外を法定している。そして、独禁法が前記の如く、公益事業の分野につき適用除外を認め、かつ反社会性のないカルテルを善いカルテルと肯認して適用除外としていることは、公益に関する行為については独禁法の効力の及ばないことを承認しているものと解せられるのである。しかして、本来適用除外を法定すべきにも拘らず法の不備のため当該法に適用除外規定が存せず、しかも、行政庁が右法の裏付あるいは国民の福祉実現のため緊急の措置として止むをえず公益のための規制的行政指導をなし、相手方が右公益に奉仕するためにこれに協力する行為は、前述した如く、石油行政とこれに対する協力行為とが一体となって初めて法の目的とする行政が完成するものである点にかんがみれば、右行政にして独禁法の精神である消費者保護と国民経済の健全な発達に背馳するものでない限り、右に対する協力行為も、前記適用除外の法条を準用して独禁法の適用から当然除外すべきである。

ところで、本件において通産省のなした指導は、すでに詳述した如く、市場における自由競争を一定の限度で制約することをその立法趣旨とし、しかも本来独禁法の適用除外とすべきにもかかわらずこれを欠く石油業法に裏付され、通産省設置法並びに物価抑制という国民のための緊急にしてかつ至高の命令に基づきなされたきわめて強い規制指導であり、被告らもエネルギー資源の中心である石油供給業者としての社会的使命を自覚し、国民的立場において前記指導に全面的に協力したものであり、右協力行為が一般消費者の保護と国民経済の健全な発達を図るという独禁法の精神に合致しこそすれ、背反するなどとは全く考えられず、反社会性をおびないいわゆる善いカルテルと言うほかなく、独禁法第六章の適用除外の規定の趣旨を準用して、適用除外とし、独禁法八条一項一号は適用されないものとして処置されなければならない。

なお、昭和四八年一一月三〇日、通産省事務次官が公正取引委員会事務局長との間に「石油需給適正化法及び国民生活安定緊急措置法の実施等に関する覚書」を取りかわし、通産大臣の指示監督に基づいて、事業者または事業団体の行う行為は独禁法の規制の対象外であることを確認したが、(同年一二月六日右事務局長と経済企画庁事務次官との間にも同趣旨の覚書が取りかわされている。)、前記二法は、昭和四五年秋以来のOPECによる値上げ攻勢に対応してきた通産省の行政指導を法定化したものと言えるから、右法律の前後を通ずる行政指導への協力行為と同質のものと断じえられ、結局前記確認により、法定化前の本件行政指導への協力行為も独禁法の対象外であることが追認されたものとも解しうるから、この点からも本件協力行為の適用除外の正当性が推認されるものである。

(三) 本件価格カルテルについての反論(請求原因4項(二)について)

(1)  本件価格カルテル否認についての事情

被告元売一二社が本件価格カルテルを結んで、灯油元売価格を意図的につり上げた事実は全くない。

すなわち、長い間、買手市場で、安い原油を豊富に輸入することのできた世界の原油事情は、昭和四五年秋ころから、OPEC諸国による原油値上げ攻勢によって様相を一変した(別表一一主要原油公示価格の推移参照)。

我国の輸入原油CIF価格の推移をみても、同年一〇月一一・三六ドル/klであったものが、同四八年一二月には三一・五八ドル/kl(約二・八倍)、同四九年九月には実に七二・三七ドル/kl(約六・四倍)と、短期間のうちに急速かつ大幅に上昇した(別表一二我国輸入原油CIF価格推移、大蔵省関税局編、外国貿易概況参照)。

このような世界的な緊急の事態に直面して、石油業法によって我国の石油精製、元売会社に対して監督権をもつ通産省は、同法の石油の安定的かつ低廉な供給の確保のため、特に国民生活の必需物資となっている民生用灯油(家庭用灯油)への、原油値上げによる価格の転嫁をきびしく抑制する方針をとった。

通産省の行政指導により、灯油元売仕切平均価格の上限が、昭和四六年一〇月以降、同年二、三月水準(一二、〇八一円/kl)に凍結されたのである。

しかし、昭和四七年夏ころから、我国においても、石油の軽質化の要求が急速に高まり、いわゆる中間三品(灯油・軽油・A重油)の需要が増大し、もはや不自然な低価格では、民生用灯油の必要量を確保することができなくなってきた。

通産省は、このような事態の推移に対処し、民生用灯油の安定的かつ妥当な価格による供給の確保のため、同四八年八月、行政指導により、灯油元売仕切平均価格の上限を、一、〇〇〇円/kl値上げ改訂し、右指導上限価格は一三、〇八一円/klとなった。その後同年一〇月に至って、通産省は、民生用灯油の元売仕切価格を、同年九月水準(一二、八九八円/kl)に据置く旨行政指導した。

通産省の民生用灯油元売仕切価格その他に対する行政指導の経過については後述するが、要するに、その上限価格が昭和四六年一〇月から同四八年七月までは一二、〇八一円/kl、同年八月から一三、〇八一円/klとなったのち、同年一〇月から同四九年五月までは一二、八九八円/kl、同四九年六月から二五、三〇〇円/klと定められたのである。

この間被告らは、右指導上限価格の範囲内で、各社の自由な判断によって民生用灯油の元売仕切価格を決定してきた。

民生用灯油の元売仕切平均価格は、昭和四七年三月ころ、その冬が暖冬でもあったため、過剰在庫を生じ、九、〇〇〇円/kl台にまで下落したが、これを底として反騰し、前記軽質化による需要構造の変化等により、夏期においても上昇を続け(常態であれば、民生用灯油価格は、夏期の不需要期には下落する。)、同四八年七月頃には指導上限価格に迫り、同年八月指導上限価格が改訂され、それ以降は改訂された上限価格の水準で値上りが抑制され、横ばいへ移行した。

このような元売仕切価格の推移は、被告らのカルテルによる作為的なものではなく、いわゆる市況の変化によっておのずから形成されたものであり、同年九月以降は、放置すればさらに高騰を続けるか、もしくは民生用灯油の供給が確保できない状況にあったものを、行政指導により、価格の抑制と、供給の確保がはかられたのである。

被告らは、このような民生用灯油の市況のもとにおいては、カルテルによって作為的に元売仕切価格をつり上げる必要などは全くなく、また、行政指導によって上限価格が抑えられているため、通産省の指導を無視して、カルテルによって値上げを策するようなことは、全く不可能であった。

しかし、昭和四五年秋に端を発したいわゆるOPEC攻勢は、先進工業国としてその主要エネルギー源である石油を、ほとんどすべて海外からの輸入に仰ぐ我国にとっては、まさに国民経済の基幹をゆるがす深刻な事態であり、その直後の当事者である被告らは、業界をあげて日夜その対応に苦慮した。被告石油連盟を中心として、被告らが会合を重ね、対外および対内の重要な諸問題の解決について意思の疎通をはかったことは、もとより当然のことである。通産省もまた、たえず同連盟を通じて業界の緊密な協調を求め、あるいは、被告らから個別的に事情を聴取し、これらとたえず接触をはかりつつ行政指導を実施した。民生用灯油については、それが二千万世帯といわれる民生必需物資であるだけに、なおさらのことである。

前記のような民生用灯油の指導上限価格の設定その他の行政指導は、被告らにとってはもとより、消費者にとっても重大な関心事である。消費者が通産省消費者懇談会(第一回が昭和四六年九月三日)において、あるいは被告石油連盟を訪問して、消費者側の意見を強く表明してきたことが当然であるように、被告らが通産省の行政指導に対応して、石油会社側の事情や見解を陳情したとしても、なんら非難に値することではない。

公正取引委員会は、このような被告らのOPEC攻勢及び行政指導への対応行為を曲解して、カルテルであると云っているに過ぎないのである。

被告らは、行政指導があればカルテルをしてもよいとか、カルテルに違法性がない、というのではなく、民生用灯油元売仕切価格については、カルテルそのものが存在しない、と主張するものである。

なお、被告太陽石油は、その固有の事情から右の通産省の行政指導に従うことができなかったので、その経緯を以下に明らかにする。

(イ) 被告太陽石油は、従前から原油処理量の約五〇%を住友商事株式会社、三菱商事株式会社、伊藤忠商事株式会社、兼松江商株式会社を通じて輸入するとともに、精製した石油製品の約六〇%を毎年四月一日から翌年三月末日までの一年契約に基づいて右商社に販売し、右の契約は毎年更新され、その都度契約書を取りかわしており、石油製品の約六%に相当する揮発油を他の特定石油元売会社に継続的契約に基づいて販売しており、残りの約三四%を各地の支店営業所を通じて電力会社、石油化学工業会社等の得意先に販売している。

(ロ) その販売価格の決定方式は、右販売形態に対応して、右各商社との間では、毎年四月一日に上半期、一〇月一日に下半期の販売価格をそれぞれ双方協議のうえ決定し、期中に価格引上げ要因が生じたときは、その都度個別に協議のうえ決定する約定が存在し、右条項に基づいた価格決定が行われており、その価格は各商社とも共通している。揮発油については、特定元売会社との契約により、毎年四月一日、一〇月一日に日銀発表の卸売物価指数によって販売価格を決定することを約定し、右約定どおりの価格決定が行われ、期中に変更はなく、本店から各支店、営業所に指示する販売価格は、前記商社に対する販売価格と常に同一にしている。

(ハ) 前述のとおり、被告太陽石油における石油製品の販売価格は、揮発油を除き四商社との間で決まった金額によるわけであるが、右商社と協議のうえ価格を決定する場合、一応の基準が設けられており、それを本件にそくして昭和四五年以降のOPECによる原油価格引上げの場合について示すと、次のとおりである。被告太陽石油は、その生産量の一ヵ月分に相当する原油を備蓄している関係上、OPECによる原油価格の引上げが行われると、その一ヵ月後に販売価格を引き上げることにしており、原油価格の引上げ幅が判明した段階で商社との協議をはじめる。

この場合、双方とも原油価格の引上げ分のみを転嫁することを了解済であり、商社は原油の輸入業務を取扱っているので、入手した原油価格の引上げ額についての正確な情報を提供し、被告太陽石油の情報を合わせてこの点を双方確定すると、右引上げ額を油種別に転嫁すべく協議を行い、油種別の販売価格を決定し、各社との間で覚書を取りかわす。

被告太陽石油は、OPECによる原油価格の引上げが行われたすべての場合に、右の基準に基づいて販売価格の決定を行ってきた。

(ニ) OPECは、昭和四八年六月一日新ジュネーブ協定を締結し、原油価格の引上げを行ったが、被告太陽石油は、同月上旬ころ、右協定による原油価格の引上げ幅を把握したので、各商社と前記の協議を開始し、その後右引上げ額のみを転嫁した油種別の販売価格を決定し、同年七月一日から実施することの合意に達した。右油種別販売価格の引上げ額(kl当り)は同年四月比で軽油、民生用灯油、A重油、B重油、C重油各三〇〇円、工業用灯油五〇〇円であった。そこで、被告太陽石油は、各支店、営業所に対して右引上げの指示を行った。

通産省は、同年六月下旬頃、被告太陽石油に対して実施期日を一か月延期するよう行政指導を行ったが、被告太陽石油は、右のとおり既に各商社との間で値上げ実施を決定し、各支店、営業所にその旨を指示した事情等から右行政指導に従うことはできず、同年七月一日実施となった。

(2)  行政指導と独禁法の関係に基づく反論

(イ) 民生用灯油にかかる行政指導の実態

(a) 昭和四六年四月の行政指導

昭和四五年九月、リビア原油の値上げが行われ、翌四六年二月テヘラン協定が成立した。世界の原油価格は、OPEC諸国及び国際石油会社(メジャーズ)による強大な国際カルテルによって支配されており、OPECによる原油値上げ攻勢により、同四五年秋以降翌四六年四月ころまでの間に、我国の輸入原油FOB価格の平均値上り額は、一、一〇〇円/kl位に達した。

このような緊急事態に直面して、石油政策実施の衝にあたる通産省がとった方針は、輸入原油のコストアップを算出し、精製、元売会社の決算見通し等を勘案しつつ、コストアップ分についての業界負担及び油種別の転嫁方針を決定し、これを元売仕切上限価格として行政指導を行うことであった。

この行政指導は、石油精製設備の許可権などを背景として強力に行われ、被告らとしてはこれに従わざるをえないものであった。

また、インフレーション昂進の状況下にあって、国内石油製品への転嫁を極力抑制し、特に民生必需物資である民生用灯油については、転嫁を認めないか、必要最少限に抑えるという方針で貫かれた。

かくして、昭和四六年四月一三日、通産省より被告らに対し、原油コストアップ一kl当り一、一〇〇円につき、業界負担二四〇円、製品値上げ幅八六〇円、油種別には、灯油は据置き、その他の油種についても具体的な上限幅について行政指導が行われ、さらに、同月二二日被告石油連盟において、通産省係官から、右行政指導についての詳細な説明が行われたのである。

(b) 昭和四六年度灯油需要期に関する行政指導

昭和四六年八月二八日、円変動相場制が実施され、原油輸入について生ずる円高による為替差益を、消費者に還元すべしとの要求が起きたが、通産省は諸事情を検討の結果、灯油元売仕切価格については同年二、三月水準を上限として据置くこととした。

すなわち、通産省は、同年一〇月一二日国立教育会館第四会議室における灯油消費、価格問題懇談会の席上、「灯油の元売仕切価格は今冬は値上げを行わず、前需要期(本年二、三月)の価格水準に据置くよう元売各社を指導する。」旨を発表し、「元売仕切価格は二月一二、〇五〇円、三月一二、〇八一円が全社平均」で「一二、〇八一円の水準を上回わらないように指導する。」と説明があり、続いて、同年一〇月二八日付で同趣旨の指導内容を記載した通達文書(同日付四六鉱局第一〇七八号「灯油価格の安定化対策について」)を、被告石油連盟、全国石油協同組合連合会、全国石油商業組合連合会、全国燃料団体連合会の各団体会長及び各通産局長あてに通知し、民生用灯油価格の抑制策の周知徹底をはかった。

なお、右指導価格一二、〇八一円/klについては、全元売がこの水準に従うのか、あるいは各元売それぞれの同年二、三月仕切水準に従うのかについて疑問があったため、同年一一月一八日付鉱局第一二〇〇号で各元売会社宛に、「各社のそれぞれの同年二、三月における平均価格以下とする。」よう改めて通知が行われた。

(c) 昭和四七年度灯油需要期に関する行政指導

昭和四七年一月、ジュネーブ協定、同四八年一月リヤド協定が成立し、原油価格はさらに高騰をつづけ、他方国内では同四七年七月、四日市公害判決があり、低硫黄分燃料に対する需要が急増した(同年一一月三〇日大気汚染防止法第一五条に基づく政令の改正により、規制地域の追加と、燃料使用基準の強化が行われた。燃料のサルファ分が従来は一・〇ないし一・五%の範囲で許容されていたものが、〇・五ないし一・二%に改正された)。この結果、中間留分の不足が予測される事態となってきたが、通産省は、次のような行政指導を行った。

通産省は、同四七年九月一日開催の同年度第二回消費者懇談会の席上、「灯油は国民生活に密着した物資であり、価格の安定が必要であるので、行き過ぎないよう指導する。」旨を発表し、同四六年秋以降の元売仕切価格凍結政策を引き続き踏襲した。

同四七年一一月二九日付鉱局第一二五〇号文書をもって、被告石油連盟宛に、「一般消費者に供給の不安を与えることのないよう万全を期されたい。」旨を指導。

同四八年四月二日付鉱局第三一一号文書をもって、被告石油連盟宛に、「貴連盟内の体制を整備し、全元売の協調のもとに、在庫状況の把握、緊急配送の調整等、各企業はもとより、業界全体として、上記石油製品(灯油、軽油、A重油)の安定供給に努め、いやしくも指弾を受けることのないよう、万全を期されたい。」旨を指導。

なお、同年三月から四月にかけて、鶴岡をはじめ各地の生協、農林省等から、被告石油連盟に対し、灯油確保方の要請があいつぎ、行政指導もあったので、同年四月一日、被告石油連盟内に、灯油等緊急対策委員会を設け、被告らは民生用灯油の確保に努力している。

(d) 昭和四八年度灯油需要期に関する行政指導

昭和四八年六月、新ジュネーブ協定、同年一〇月六日中東戦争勃発、同月一六日ペルシャ湾岸六か国声明などにより、原油価格は急ピッチに上昇し、原油の供給削減も現実の問題となり、いわゆる石油危機の様相が深刻化し、何人にもその帰すうが予測できない状況となってきた。なかでも、世界的に需要の増大した軽質原油は、原油値上の中心とされ、国内における製品価格をあまりに低価格に据置いたままでは、我国における中間留分の必要量の確保が困難な状態となってきた。

通産省は、この間たえず被告らとの接触を続け、事態の把握につとめ、同年八月被告らに対し、民生用(家庭用)灯油の元売仕切上限価格の一、〇〇〇円/kl値上げを認めた。

通産省資源エネルギー庁(昭和四八年七月発足)は、同年一〇月一日、「昭和四八年度需要期における灯油対策」を公表し、「家庭用灯油の元売仕切価格については……需要期においても現状以上に引上げないよう業界各社に協力を求める」旨の指導を明確にした。

さらに、同年一〇月九日付資庁第三二一三号文書をもって、被告石油連盟宛、民生用灯油の安定的かつ妥当な価格による供給の確保のため、供給量の確保及び元売仕切価格の九月水準(一二、八九八円/kl)による凍結を指導した。

同年一一月二八日付、同庁長官通達をもって、被告石油連盟、元売会社、全国石油商業組合連合会、全国燃料団体連合会に対し、元売仕切価格の凍結に加え、緊急措置として、民生用灯油の小売価格について、一八lで三八〇円(店頭渡し、容器代別)とする指導上限価格を設定し、その順守に関する行政指導を行った。

同四九年一月一四日付同庁文書をもって、関係各方面に対し、国民生活安定緊急措置法(昭和四八年法律第一二一号)により、一般消費者の生活の用に供される灯油の小売価格について標準価格(前記行政指導による緊急措置に同じ)を設定告示するとともに、詳細な行政指導を行った。

同年三月一六日付資庁第三一六九号通産大臣文書をもって、元売各社に対し、「石油価格の大幅引上げを既に実施している主要消費国の中で、我国のみが国内価格を低く維持することは、石油の国際商品としての性格から供給の減少を招くおそれのあること、エネルギーコストをいたずらに不自然な水準に固定することは、日本経済の国際経済への適応を遅らせ長期的にはその活力を減殺することになりかねない等の理由から」製品元売仕切価格の値上げを認めるが、民生用灯油については、なお凍結措置を継続する旨の行政指導を行った。

同年五月三一日付資庁第一三三二六号通産大臣文書をもって、元売各社に対し、昭和四八年度需要期の終了に伴い、同四九年六月一日から民生用灯油の小売標準価格を廃止し、元売仕切価格については、同四八年一二月水準(一二、九〇〇円/kl)に対し、一二、四〇〇円/klを上限幅としてその値上げ改訂を認める旨の行政指導を行った。

(e) 以上のとおり、被告らは、いずれも終始この行政指導を順守して取引を継続してきたもので、カルテルによって、価格のつり上げをしたものではないから、原告らの本訴請求は失当である。

ところで、原告らは、民生用灯油の元売仕切価格が行政指導上限価格の範囲内で形成されていたことを認めており、被告らは、ことさらにその価格が幾許であったかを明らかにする必要はないが、ちなみに原告らの場合についてみるに、原告らの購入量の大部分をしめる購入先である被告出光興産を例にとってみれば、同被告は、昭和四七年一〇月から同五〇年三月までの間、アポロ月山に対し、別表一三(1)の販売数量欄記載の民生用灯油を同元売仕切価格欄記載の価格で販売したが(ただし、同四九年一二月の白灯油販売数量は一三三一・四klであるが、同数量には民生用灯油と同価格で販売した工業用灯油三七klが含まれているので、これを差し引いた一二九四・四klが同月の民生用灯油の販売数量である。)、同表(1)の元売仕切価格欄記載の価格により明らかなとおり、被告出光興産のアポロ月山に対する元売仕切価格は、すべて通産省の元売仕切指導上限価格の範囲内で決定されている。

(ロ) 独禁法二条六項の構成要件不該当性の主張

通産省が行った前述の民生用灯油に関する行政指導の特徴は、上限価格の設定、すなわち価格抑制の行政指導であることであり、これに対する業界の協力行為の特徴は、通産省の行政指導の内容決定に当って、通産省の慫慂により業界がこれに協力したこと、及び右協力行為は、通産省に対する情報並びに参考資料の提供に過ぎなかったことの二点である。従って、通産省が行政指導の内容を決定する以前の段階で、被告会社らの間に自発的にして、かつ競争を制限する共同行為は存在していないし、また行政指導が行われた以後も、被告元売一二社らは、各自の自主的な判断に基づいて元売仕切価格を決定しており、被告会社らが話合いで価格を決定したことはないのである。いずれにしても、独禁法違反の共同行為の成立要件である当事者間の共同行為をもたらすような意思の連絡を欠いていたといわざるをえない。

仮に、前記の如き行政指導に対する業界の協力行為が共同行為であるとしても、共同行為自体は独禁法四条(影響軽微な場合を除くカルテル的共同行為の禁止)の規定が削除された経緯にかんがみても、同法違反となるものではない。

特に、通産省の行政指導は、通産省設置法、石油業法に基づき、国の物価対策という公共の利益を目的として行われたものであるから、この点においても構成要件該当性を欠く。

なお、被告シェル石油は、右理由のほか、以下のとおり主張する。

既に、違法行為の要件事実に対する反論で述べたとおり、本件における同法三条該当の要件は、「価格引上げに関する共同決定行為により、相互に他の事業者の事業活動を拘束し、または、右決定を遂行すること」、「前記拘束または遂行行為が公共の利益に反すること」、「しかして、右行為が一定の取引分野における競争を実質的に制限するものであること」であることはいうまでもない。

被告元売一二社は、民生用灯油の元売仕切価格について、特に、通産省の行政指導により、凍結措置が採られていたものであるから、自主的な販売価格の決定を、実質的に行うことができず、従って、その取引分野においても自由市場は存在していないのであって、自由市場の存在を前提とする独禁法三条は、競争を実質的に制限された石油製品の販売市場における被告らの販売行為について適用がない旨を主張してきたが、右販売行為について、右要件のそれぞれに照らしてみても、いずれについても該当性がないこと明らかである。すなわち、通産省の行政指導による凍結措置の結果、販売価格の共同決定行為がなく、また、消費者物価を含む物価の安定政策の遂行のための行政指導は、公共の利益のためになされたものであるから、これに対する協力行為は、公共の利益に合致した行為であり、被告らの販売行為が公共の利益に対する違反行為ではありえず、さらに、被告らの民生用灯油の販売価格の決定は、前記行政指導により、実質的に制限されていたものであるから、もともと、競争の実質的制限行為はありえないものである。

(ハ) 独禁法の適用除外の主張(抗弁)

仮に、行政指導に対する被告元売一二社の前記協力行為が外形上独禁法二条六項に該当するとしても、右行為は、独禁法の適用が除外される場合に該当し、独禁法違反とはならない。

その理由の詳細は、生産調整について独禁法の適用除外の主張(抗弁)で述べたことと同様である。

ただし、一定の取引分野における競争の実質的制限(独禁法八条一項一号)を不当な取引制限(同法二条六項)として主張する。

(ニ) 超法規的違法性阻却事由の主張(抗弁)

仮に、前項の主張が容れられないとしても、行政指導に対する被告元売一二社の前記協力行為は、法の基本精神に則り、超法規的違法性阻却事由に該当するものとして、独禁法違反には該当しないというべきである。

すなわち、前述した通産省の行政指導は、OPECによる世界経済無視の一方的かつ未曽有の原油価格値上げに対処した行政措置であり、値上りが我国資源エネルギーの大宗をなす石油についてであるだけに、それが経済、産業並びに国民生活全般に及ぼす影響は深刻そのものであって、石油の安定的供給をはかることが最重要な産業経済政策であるとともに、その値上りに伴う物価への影響を最小限にくいとめることも、これまた政府の最重要な物価対策であって、これらの対応策に関する具体的行政措置は、法の有無にかかわらず、寸時も放置できない緊急かつ最重要な行政行為といわなければならない。通産省の行政指導への被告らの本件協力行為は、その緊急性の故に法の欠落を補完した形式にはなったが、まさに右の最重要な国家目的を具現した行政行為であって、明らかに経済法である独禁法を超越してなお国民全体のため必要不可欠の重大な経済施策の実施といわなければならず、しかも、その内容は、独禁法の目的である一般消費者の利益の確保と国民経済の健全な発達に背馳せず、右の目的に寄与するものであることも明らかである。

以上のような行政指導への協力行為を、一概に形式上独禁法二条六項違反に該当すると断定してしまうことは、経済法の目的を超えた国民福祉のための国の緊急かつ最重要施策たる物価対策を非難し、あわせて独禁法の目的をも否定することに帰着し、かかることは、法体系全体から考えても著しく妥当性を欠くものであって、結局被告らのなした本件協力行為は、法の基本精神に則り、超法規的違法性阻却事由に該当するものとして、独禁法違反には該当しない、としなければならない。

(四) 公正取引委員会の勧告及び審決についての原告らの主張に対する反論(請求原因4項(三)について)

(1)  被告らが公正取引委員会の勧告を応諾した事情

(イ) 被告石油連盟

公正取引委員会の勧告は、事実誤認に基づくものであるが、被告石油連盟は、それにもかかわらず、次の点を考慮して、応諾の意思表示をしたものである。

(a) 被告石油連盟は、公正取引委員会の認定するような原油処理量に関する決定などは行っていなかったのであるから、同委員会の勧告を応諾しても何ら法律関係の変動を生ずることはないこと。

(b) 勧告に応じなければ、審判手続への移行が予想され、被告石油連盟、同委員会ともかなりの負担を強いられることになること。

(c) 当時(昭和四九年二月ころ)、原油不足による危機は避けられるとの見通しが立ってはいたものの、原油の安定供給についてはなお予断を許さない情勢にあり、石油業界全体として原油の確保に最大限の努力を払っていた時期であったことから、石油業界としては不必要な負担は避けたいという意向があったこと。

(d) 勧告の応諾は、応諾者において勧告書記載の事実及び法律の適用を認めたと解すべきでないというのが、独禁法上争いのない解釈となっていること。

(ロ) 被告元売一二社

公正取引委員会は、昭和四八年一一月上旬ころに石油製品の販売価格の引上げに関する協定があったと誤認した如くであるが、審判手続に付して事実の有無を明らかにすることは公共の利益に適合すると認めなかったため(独禁法四九条参照)、「適当な措置をとるべきこと」(同法四八条一項)を勧告したので、被告らとしては、もともと価格協定は存しないのであるから、同委員会の勧告を応諾しても何ら法律関係を変動せしめるものでないことに鑑み、勧告を応諾しないことによって生ずることが予想される被告ら及び同委員会の不必要な負担を避けるために、通産省担当官の慫慂に応じ、また応諾は事実を認めることではないとの通産省担当官の正当なる見解を了として、応諾の意思表示をなしたものである。

なお、被告出光興産が勧告を応諾した事情は、以下のとおりである。

被告出光興産は、前記勧告を拒否する方針であったが、昭和四九年二月七日クラブ関東における通産省幹部と被告ら元売各社幹部との懇談会の席上、資源エネルギー庁の熊谷石油部長及び平林同部計画課長から、「問題の早期解決のためには、公正取引委員会の勧告を応諾することが望ましい。応諾は、事実を認めたことにはならない。」と慫慂された。

当時、被告ら元売各社は、同四八年一〇月六日勃発の第四次中東戦争を契機としたOPEC加盟のペルシャ湾岸六か国による原油価格の一方的大幅引上げ及び供給削減措置という石油危機に対処するため、通産省から口頭または文書等により、石油製品の供給を確保すること、石油製品の価格を当分の間凍結することを指示されていたので、石油製品の安定供給を期するために、国際的に暴騰した原油を確保輸入することを要請される一方、石油製品の元売仕切価格は、原油価格の上昇にスライドせず旧価格のまま凍結されていたから、石油製品を安定供給するべく販売すればするほど莫大な損失を招くという重大な危機に見舞われた。すなわち、被告ら元売各社は、通産省に石油製品の価格凍結を解除してもらい、早急に値上げの承認を得なければ、石油製品の安定供給を期するための原油の確保輸入に障害をきたし、会社の存亡にかかわる危機に直面していたのである。

その結果、被告ら元売各社は、石油製品の値上げの承認を得るため、昭和四九年二月一五日の社長会において、前記通産当局の慫慂に従い、公正取引委員会の勧告を応諾することに決定した。

被告出光興産は、応諾は勧告の主文を応諾するにすぎないのであって、違反事実を認めるとか、違反行為を認めるものではないから、その確信のもとに、石油製品の値上げについて速やかに通産大臣の承認を得るべく、右社長会の決定に基づき、即日、同委員会に対して応諾の意思表示をした。

(2)  原告らの主張に対する反論

被告らが公正取引委員会の勧告を応諾した事情から明らかなとおり、被告らが勧告を応諾したのは、勧告書記載の事実を認めてこれをしたものではなく、従って、勧告応諾の事実は、原告ら主張のように被告らが本件生産調整及び本件価格カルテルの事実を認めたことにならないことはもとより、これらの事実を推認させる間接事実としての法的意味をもつものでもない(なお、被告らは、民生用灯油については、独禁法違反行為として、破棄を命じる勧告を受けた事実はないし、従って、勧告応諾の事実もない。)。

また、独禁法上の解釈としても、勧告を応諾したことは、勧告書記載の事実の存在を毫も確定するものでないことは、最高裁判所もこれを認めるところである(最高裁第三小法廷昭和五〇年一一月二八日判決参照)。

(五) 被告らが灯油の需給関係をタイト(tight)にして元売仕切価格を引き上げ、小売価格の上昇に直接的に関与したとの主張に対する反論(請求原因4項(四)(2)について)

(1)  一体に、石油精製・元売業者が石油製品の需給関係を恣意的にも、理論的にも、また、実態的にもタイトにすることは不可能である。ただし、昭和四八年一月以降、灯油についてはその需給関係がタイトになった実態はある。これは、タイトになったのであり、タイトにしたのではない。灯油小売価格が元売仕切価格以上に上昇したことについては、勿論流通段階に於ける諸経費の上昇要因が大きいが、一方、小売価格が自由主義経済原則上、需給のメカニズムによって変動するものである以上、灯油の需給関係がタイトになったこともその一因となっている。しかし、石油元売会社にとっては、原価上昇分の灯油への転嫁が抑制されている以上、小売価格の大幅な上昇は、今現在、原告らが攻撃しているようないわれなき攻撃を招き易いことから決して望むところではなく、以下に陳述するが如き諸要因の累積によってタイト化した需給を緩和すべく、被告らは、灯油の供給安定については努力を払い、これが解消に努めたのである。

(2)  次に、昭和四八年一月以降、何故、灯油の需給がタイト化するに至ったかについて、若干陳述する。

(イ) 石油製品は、原油を精製して生産されるが、常圧蒸留装置と呼ばれる原油精製のための主装置から直接的にガソリン、ナフサ、灯油、軽油、A重油、B重油、C重油といった最終製品が生産されるのではない。常圧蒸留装置によって、原油は各留分に分留されるが、各留分は製品の原料ともいうべきものであり、さらにより高度の精製過程を経るか、または、留分同志混合せられて、石油の各製品が生産されるのである。

燃料油各製品の留分は、大別して三つに分類される。すなわち、ナフサ留分、中間留分、残油分である。

各留分の生産比率(得率)は、原油の種類によって一定しているが、我国に於ては、従来の我国の製品別需要構成によく見合う中東・中質原油が最も多く精製処理されてきた。

こうした各留分と最終製品との対応を要約して述べると、ナフサ留分は、そのままの状態で石油化学原料のナフサとなり、若干の精製によって、ガス会社のガス発生原料用ナフサとなる。ナフサからさらに多くの精製工程を経て生産される石油製品がガソリンである。

中間留分は、さらに精製されて灯油、軽油となり、一部は重油の原料として使用される。

残油分は、中間留分と混合されて重油となり、中間留分の混合度合の多い方から順に、A重油(中間留分九九・五%、残油分〇・五%の割合で混合)、B重油(中間留分三〇%、残油分七〇%の割合で混合)、C重油(ほとんどが残油分、ただし、残油分に若干中間留分を混合する場合もある。)となる。

(ロ) B・C重油は、従来主として火力発電用燃料、産業用熱源、ビル空調用熱源等として使用されてきたが、B・C重油には含有硫黄分が多いため、公害問題の発生以来、B・C重油の硫黄分を除去すること、すなわち、重油脱硫が行われるようになってきた。

現在は、大気汚染防止法によって、前述の熱源用燃料については含有硫黄分の少ない燃料をなるべく使用するよう燃料の使用者に対する義務づけが行われており、特に、大気汚染の著しい指定地域については、昭和四三年一二月に、使用すべき燃料の含有硫黄量の上限が定められた(燃料規制)。

ところで、現在の重油の脱硫技術の水準では、硫黄分の大幅な除去が困難であり、そのため従来のB・C重油の使用者は、重油中では比較的硫黄分の少ないA重油(前述の如くA重油は、中間留分が九九・五%の割合で混合されているため、実質的には中間留分である。)を使用するようになった。このB・C重油からA重油への需要転換を第一次油種転換という。

昭和四七年一〇月燃料規制がさらに強化され、指定地域の範囲が拡大されると同時に、使用燃料の硫黄含有率の規制が厳しくなったため、従来の規制ではA重油の使用で充分であったものが、さらに硫黄分の少ない灯油(なお、我国の税体系上、軽油には軽油引取税が課せられている関係上、小売価格はガソリンと同様他の石油製品に比較して高いため、軽油を熱源用燃料として使用することはない。軽油の含有硫黄分は、灯油よりも多い。)を使用せざるをえない状況となった。こうした燃料規制は、大気汚染防止法で定める以外に、各地方自治体独自の燃料規制も盛んに制定または強化されたので、B・C重油からA重油、A重油から灯油への燃料転換(第二次油種転換)が同年末以降顕著となった。

このように、石油製品の需要がより軽質な製品(留分)へ移行する過程を需要の軽質化と呼んでいる。

昭和四八年一月以降四月ころまでの灯油を中心とする中間留分各製品(灯油・軽油・A重油)の需給タイト化の根源的な理由はここにある。

(ハ) 一般に石油製品は、価格の変動によってその需要量が変化することが少なく、価格に対する弾力性が少ない商品であり、需要量の変動は、価格以外の要因、例えば自然現象(気温、雨量)、経済現象(好況、不況)、社会現象(公害規制、仮需要)によって主として生ずるものであるが、その変動の仕方は製品毎に一様ではない。例えば、ガソリンについては、自然現象、経済現象、社会現象の影響をある程度受けるものの、需要量に大きな変動はなく、ほぼ自動車台数の伸びに見合って増加して行く。灯油については、石油製品中需要量の変動の最も大きい製品の一つであって、特にその用途の主要部分が一般家庭用の暖房用熱源であることから、夏、冬の需要量の差は著しく大きく、また、同じ冬でも寒冬と暖冬とでは需要量に大きな差が生ずる。さらに灯油は、天気予報が難しいのと同様に、その需要量を予測することが甚だ困難な商品であり、需要量の変化に応じて供給量を対応させることの難しい商品であると言える。

このように、石油製品は、製品毎の需要変動の理由及び変動の程度が一様でない一方、生産面に於ては、各製品毎の生産比率(得率)及び生産量を自由に変化させることのできない連産品であるので、すべての製品について安定供給を行うことには非常な努力を要する。冬季需要期に備えての灯油の備蓄は、このために必要となったものである。

ところで、昭和四八年一月以降に於ける灯油需要の著しい伸びは、二つの理由によってもたらされたものである。

その一つは、従来、主として一般家庭の暖房用熱源として使用されてきた灯油が、産業用熱源あるいはビル空調用熱源として使用され始めたことである。これは、前述のとおり、同四七年七月の四日市公害訴訟判決及び同年一〇月の大気汚染防止法による燃料規制強化に伴う第二次油種転換の影響であるが、この現象は、灯油の市場分野では全く新しい需要の発生であり、灯油の対前年度伸率の上昇(別表一四「『灯油』全国需要量および伸率の推移」参照)はこの理由に基づいている。このような油種転換による灯油需要の増加は、一方では、灯油需要の増加分だけA重油、B重油またはC重油の需要量の減少を意味することになり、我国の製品別需要のバランスが大きく変化することになったのである。

また、需要構造の軽質化を促進させた要因として電力会社による原油の生焚きをあげることができる。すなわち、電力会社の火力発電用燃料は、旧来はC重油が使用されていたのであるが、公害規制への対応上とコスト的な理由から、原油のまま燃焼させ発電用熱源とするいわゆる原油生焚きが昭和三五年以降行われるようになっていたが、C重油に代る原油の使用は、C重油の需要の減少をもたらし、重質留分の需要の軽質留分の需要に対する比率を減少させ、需要構造の軽質化を招くことになった。原油生焚きの無制限な増量は、石油製品の供給パターンの混乱をもたらすおそれがあるので、電力会社の生焚き原油の使用枠は、毎年通産省によって設定されていたのである。しかし、公害規制の強化とコスト上の理由から、電力会社の原油生焚き増量に対する要望が大きく、生焚き用原油の使用枠は年々増大する傾向にあり、この意味からも我国の需要構造の軽質化が促進されたわけである。特に、昭和四七年度下期については、当初設定された使用枠を電力会社が大幅に超過したため、通産省が策定する供給計画で予想していた以上の需要の軽質化を招いた。

このように、公害対応燃料としての新規の灯油需要の発生と、電力会社の生焚き原油使用枠の超過使用によって、同四八年一月以降の需給バランスは大きく乱れるに至った。

(ニ) ところで、灯油の供給量を増加させるためには、国内生産量の増加と海外からの灯油の製品輸入が考えられるが、この二つの手段とも限度が存する。まず、灯油の製品輸入については、別表一五(「世界主要国の『灯油』価格の推移」参照)から推測できるとおり、灯油の輸入価格が国内の価格を上回るため、実現は非常に難しい。一方、国内の灯油生産量の増加は、一見原油処理量の増加によって実施可能のようであるが、これも、石油製品が連産品であることから、灯油の生産と同時に他油種、特に需要が大幅に減退しているC重油をも併せ生産されることになり、在庫になって滞蔵されるC重油がタンクの平均的な貯油能力を上回ることは物理的に不可能であるため、結局、C重油の平均的在庫能力の限度の範囲内において原油の処理量の増加が可能となるに過ぎないのである。

また、石油は、他の商品と混在して運搬、貯蔵することができない商品であるため、他の商品にはない特殊な制約、すなわち流通過程の全ての段階において、供給上の制約があると言える。

まず、運搬手段にかかる制約としては、原油積出港の積出能力や、タンカー、タンクローリー等の運送能力などに一定の限度があり、運搬手段相互の組合せをバランスさせることも非常に難しい。このため、供給の流量調整あるいは単なる在庫手段としてのタンクが必要となるのであるが、この貯蔵手段についてもタンクの構造上、オペレーション上の制約が伴うのである。

そして前記公害規制の強化に伴う燃料油の急激な低硫黄化・軽質化という需要構造の大幅な変化は、タンクのオペレーション上の上、下限の範囲をさらに狭める働きをしている。

すなわち、原油タンクについては、最近需要量の大幅な増加傾向が見られる低硫黄原油は、多種類であるわりにそれぞれの産油量が少なくなく、しかも各原油は、流動点の高低、比重の大小等タイプが様々で同一タンクに貯蔵できないものが多いが、それぞれの供給量が限られているため、少量分散貯蔵を余儀なくされ、タンクの貯油効率を著しく低下させている。一方、製品、半製品タンクについては、従来の製品別供給量のバランスに応じて建設・配置されているため、供給量のバランスの急激な変化により、主に重油貯蔵用タンクに無駄や無理が生じている。

こうした場合のタンクの転用には、パイプラインの配管変更が困難であること、黒油(A重油、B重油及びC重油を総して黒油と称する。)タンクの白油(ガソリン、ナフサ、ジェット燃料、灯油及び軽油を総して白油と称する。)タンクへの転用が困難であること、低硫黄重油には高流動点のものが多く加熱装置が必要であるが、既存タンクには取付が困難であること等の理由により限度がある。

さらに、C重油は、従来一品種であったが、現在では含有硫黄量及び流動点の差によって四〇種類以上の品種に多様化しているため、製油所では、一般に含有硫黄分の違う品種をその都度ラインプレンター(パイプラインの中で調合する装置)等により調合して必要硫黄分の品種を生産しているが、ラインプレンター等の調合装置のない第二次、第三次基地では必要タンク基数が飛躍的に増加し、オペレーション上の支障が生じている。

以上のように、運搬貯蔵に関する諸設備、換言すれば物流上の供給力の総体は甚だ硬直化している一方、その供給の流量を決定する原油の量についても、現在は産油国にその決定権が存するため、我国では柔軟な対応ができないことは周知の事実である。例えれば、口径と時間当りの流量の限界が定まっているパイプラインの中を流れる原油の量は、我国石油会社が恣意的に操作できるものではなく、また一方、パイプラインの出口の需要の量は、原油及び石油製品の流量に関係なく増減し、しかも、石油会社はその需要の変動に対応しなくてはならない。そして、その需要は毎日、連続的かつ小刻みに発生しているもので、例えば、一月の前半にのみ供給すればよいというものではない。そのために、パイプラインの途中の所々に流量を調整するダム(タンク)を作らねばならないが、タンクは前述のとおり本来使用効率が悪い上に、立地困難となっているので、原油及び石油製品の流量調整機能を充分に果たせないのである。

このように、予測を超えた変動をしながら、増加の一途をたどる我国石油需要に安定的かつ連続的な供給を行うこと、また、供給量の調整を行うことが如何に困難であるかは極めて明らかなことである。

(ホ) また、右のような需給バランスの乱れに加えて、昭和四七年中は比較的暖冬であったものが、同四八年一月以降寒冬に転ずるという気象上の悪条件が重なり、灯油の需要は増加し、特に寒波に見舞われた同年三月には、前年同月に比較し、約三〇%の伸びをみせた。さらに、同年一月から同年四月にかけて、国鉄の相次ぐ労働争議行為により、内陸部への石油製品の安定的供給が阻害され、灯油の需給は著しくタイト化するに至った。

前述した如き、急激な需要構造の軽質化を背景とした灯油需要の急伸は、暖房用需要のなくなる昭和四八年度上期中にも継続しているのは、別表一四(「『灯油』全国需要量および伸率の推移」参照)にみるとおりである。

(3)  なお、付言するに、原告らは、被告らが灯油の需給関係をタイトにしたため、昭和四七年度及び同四八年度の各需要期には、灯油が極度に品不足であったと主張しているが、右各需要期において被告出光興産からアポロ月山に対して販売した民生用灯油の数量、アポロ月山から鶴岡生協に対する販売数量が著しく減少した事実はない。

すなわち、被告出光興産からアポロ月山に対する各需要期の販売数量は、次のとおりである。

昭和四六年一〇月から同四七年三月まで、六二五五・六kl、同年一〇月から同四八年三月まで、六一〇一・六kl、同年一〇月から同四九年三月まで、六三七一・四kl、同年一〇月から同五〇年三月まで、六八六八・八kl。

また、アポロ月山から鶴岡生協に対する各需要期の民生用灯油販売数量は、次のとおりであるが、右両者は昭和四八年一〇月から同年度以降各需要期の販売数量を予約しているので、念のためにその予約数量を付記する。

昭和四六年一〇月から同四七年三月まで、六一二・八kl、同年一〇月から同四八年三月まで、七七三・四kl(四六年度需要期比一二六%)、同四八年一〇月から同四九年三月まで、一五七六・二kl(四六年度需要期比二五七%)、右期間の予約数量、一三三六・〇kl、同四九年一〇月から同五〇年三月まで、二三八六・〇kl(四六年度需要期比三八九%)、同四九年一〇月から同五〇年四月までの予約数量、二五八〇・〇kl。

(4)  被告出光興産以外の被告らにおいても、被告出光興産同様、特約店に対する民生用灯油の販売数量を減少させたりしたことはない。

(六) 被告らに「故意」があるとの主張に対する反論(請求原因4項(四)(3)について)

(1)  一般に我国の企業は、官公庁から指示、指導を受けた場合、それが厳格な意義における拘束力をもつものであるか否かにかかわりなく、それらを尊重し、順守するのが通例である。ことに、石油元売各社は、石油業法に基づいて通産省から高度の監督を受けているため、同省から行政指導を受けた場合、一般の民間企業に比して一層その指導を順守する気持が強い。そして、通産省は、国民経済全般の動向についてつねに深い研鑽を重ね、各業界に対して、随時、適切な指導を行っていたから、石油元売各社は、その指導に従うことが我国における石油製品の安定的かつ低廉な供給を確保する所以であると確信していたものである。

(2)  通産省による行政指導は、しばしば繰り返されたところであるが、昭和四八年一一月三〇日通産省事務次官は、公正取引委員会事務局長との間に「石油需給適正化法及び国民生活安定緊急措置法の実施等に関する覚書」を取りかわし、通産大臣の指示、監督に基づいて事業者または事業団体の行う行為は、独禁法の規制の対象外であることを確認した(なお、同年一二月六日、公正取引委員会事務局長と経済企画庁事務次官との間にも、ほぼ同種の覚書が結ばれている。)。そして、この覚書は、その調印の直後、石油元売各社に知らされており、石油元売各社は、通産省の行政指導に従うことについて、独禁法違反の問題はおこりえないと信じていたものである。

(3)  以上の次第で、被告らは、行政指導に基づく行為がおよそ損害賠償の対象となることなどは、右覚書をまつまでもなく全くありえないと信じており、このように信ずるについて何らの過失もなく、まして原告ら主張のような故意もないから、被告らは、不法行為責任を負わしめられるいわれはない。

(七) 請求原因4項(四)(6)に対する反論

通産省は、OPECによる原油値上げ攻勢に対処し、物価抑制政策に基づき一般消費者灯油価格抑制の行政指導のため、昭和四六年九月、民生用灯油と工業用灯油を区分し、以後民生用灯油の元売仕切上限価格に関し、被告ら元売会社に対し終始強力な行政指導を行って来た。従って、被告元売一二社は、民生用灯油を恣意的に値上げすることなどまったく不可能なことであった。

2 請求原因5項について

(一) 損害発生の主張に対する反論(請求原因5項(一)及び(三)(1)ないし(3)について)

(1)  本件生産調整及び本件価格カルテルに基づく民生用灯油の違法な元売仕切価格の不存在

(イ) 我国における産油量は微々たるものであって、我国は、石油全消費量のほとんどを外国の産油会社(その代表的なものはメジャーズと言われている。)からの輸入に依存しており、その輸入原油の中核をなすのは、いわゆるOPEC加盟諸国のうち、ペルシャ湾岸六か国、すなわちサウジアラビア、イラン、イラク、クウェート、アブダビ、カタールからのものであり、これら湾岸六か国は、当時、いずれも産油会社に原油を産出させ、産油会社からは利権料並びに事業税を徴収している関係にあったのである。

従って、産油会社にとっての原油取得価格は、生産コスト+利権料+事業税で構成され、産油会社は、右原価に一定の利潤を加算した価格でこれを世界各国に販売しており、我国もまたかかる原油を購入していたものである。

前記産油国が取得する利権料並びに事業税は、公示価格に一定割合を乗じて算出されることとなっており、ここに公示価格とは、いわゆる課税標準価格の意味を持っている。従って、公示価格は原油の実際の市場価格(以下、「実勢価格」という。)を意味するものではなく、通常実勢価格は、公示価格より低位にあるが、公示価格の性格から見て、公示価格の上昇が実勢価格を必然的に上昇させるものであることはいうまでもないところである。

ところで、世界の原油市場の変遷を概観すると、従来の原油は世界的な過剰生産を背景として買手市場であったが、OPECの第一次攻勢が始まった昭和四五年以後、売手市場に転換したことが大きな流れとして捉えることができる。

すなわち、同三〇年から三五、六年にかけて、それまで八大国際石油会社(エクソン、ガルフ、テキサコ、ソーカル、モービル、シェル、ブリティシュ・ペトロリアム、フランス石油)に代表される産油会社によって支配されていた原油市場に、アメリカ独立系石油企業及び消費国国策会社が相次いで進出し、従来の原油供給体制に変化をもたらし、同時に中東、アフリカ地域における大油田の発見もあり、世界の原油市場は供給過剰傾向となった。

この原油供給過剰傾向は、同四〇年代前半まで続き、これが圧迫要因となって、原油価格(実勢価格)は、下落の傾向を示し、原油は買手市場の裡に推移した。

しかしながら、産油国におけるナショナリズムの高揚は、それまで低下傾向にあった公示価格の是正を最大の目的とし、同三五年九月にOPECを結成させるに到った。OPECは、結成後、産油国の団結の必要性を強調するとともに、同年の国連における「天然資源の恒久主権に関する宣言」等を背景に、公示価格の引上げ、利権料の経費化、事業税の引上げ、事業参加、生産調整の実現の五大政策目標を掲げ、有限な石油資源を最大限に利用して、自国の工業化すなわち近代国家の建設を進めることを基本的な目的とした。

結成後、同四〇年前半までのOPECの活動には特に目立ったものはなかったものの、石炭から石油へのエネルギー源の急速な転換は、石油需要の急激な増大を惹起させ、また、急増する需要を満たす供給可能な産油地域が中東周辺に集中したことにより、OPEC原油、特に湾岸六か国から生産される原油への依存度が年々増大した。

昭和四五年秋のリビア原油の値上げに端を発したいわゆるOPEC攻勢は、次に詳述するとおり、同四六年二月のテヘラン協定を初めとする一連の価格協定により、OPEC結成以来の政策目標であった原油公示価格の引上げを実施し、さらに一部産油国の操業会社国有化とともに同四七年一二月のリヤド協定(事業参加協定、パーティシペイション協定)によって、事業参加を実現した。これらのOPEC攻勢により、世界の原油市場は、それまでの買手市場から一転して売手市場となり、同時に、産油国は、原油の価格、生産量等の決定に関し、その主導権を獲得した。特に、同四八年一〇月の第四次中東戦争を背景に展開されたOAPEC(アラブ石油輸出国機構)諸国による石油供給削減及び同年一〇月に実施された原油価格の大幅値上げ以降、公示価格は、従来行われてきた産油国と産油会社との協定という形もとらず、産油国の一方的な通告により決定されることとなった。

(ロ) 前述のような世界原油事情のもとで、湾岸六か国は、左のとおり湾岸六か国と産油会社との諸協定に基づき原油価格の値上げを行い、あるいは、湾岸六か国の一方的な値上げ実施を行った。その結果、原油公示価格及び我国が輸入する原油の実勢価格は、それぞれ別表一一及び一二のとおり推移した。

(a) 昭和四五年一一月一四日の第一次原油公示価格引上げ

(b) 昭和四六年二月一五日のテヘラン協定に基づく原油公示価格引上げ

(c) 昭和四七年一月二〇日のジュネーブ協定に基づく原油公示価格引上げ

(d) 昭和四八年一月一日のリヤド協定に基づく、産油会社取得原油の原価上昇

(e) 昭和四八年六月一日の新ジュネーブ協定に基づく原油公示価格引上げ

(f) 昭和四八年一〇月一六日の湾岸六か国声明に基づく原油公示価格引上げ

(g) 昭和四九年一月一日の湾岸六か国声明に基づく原油公示価格引上げ

(ハ) 右(ロ)に於て述べた原油価格の上昇は、すべて、湾岸六か国と産油会社との諸協定ないしは湾岸六か国の一方的通告により、産油会社の原油取得コストの上昇によって生じた原油価格の値上りであり、産油会社でそのコスト上昇分をそのまま我国へ転嫁してきたものである。さらに、我国の輸入原油価格は、このような産油会社のコスト上昇に加え、次のような要因に基づき値上りした。

すなわち、産油会社が世界的な原油市場の需給関係を背景にコストに関係なく原油価格を引き上げるいわゆる市場調整値上げであり、この値上げは、昭和四七年のOPEC攻勢のころは、ごく少額あったにすぎないが、同四八年以降急激に増加してきた。

その理由は、世界的な原油需給(特に軽質原油について)のタイト化である。

つまり、

(a) 昭和四六年のニクソン・ショックによる世界的不況が同四七年末頃から回復し、世界の景気が上昇傾向にあったことと、その期が暖房用石油の需要期のピークにあたり、特に暖房燃料の増産に必要な軽質原油の需給がタイト化したこと、

(b) アメリカのエネルギー自給体制が崩れ、アメリカの石油資源の海外依存の必要性が昭和四七年末ころから顕著になり、アメリカの中東原油(特に軽質原油)の依存度が増加し原油需給のタイト化を促進したこと、

(c) 我国石油精製業は、従来、中質・重質原油の処理を主体としてきたが、四日市公害判決以降、無公害燃料として、軽質石油製品が多く使用されるようになり、軽質石油製品の得率が多い軽質原油の需要が増加し、中東軽質原油の需給タイト化を促進したこと、

(d) リヤド協定によって産油会社が産油国から買戻すべき原油の買戻し価格いわゆるバイバック価格は、当時の実勢価格を大幅に上回る価格に人為的に設定され、産油会社のコスト上昇を招いたこと、のみならず、産油国がリヤド協定によって取得した原油の一部を自ら直接販売することになったために、産油会社に供給を頼っていた消費国石油会社に供給不足の懸念が生じ、いわゆる産油国直販原油(DD原油)について世界的に引合いが殺到し、産油国の期待する市場価格の高水準化が実現されたこと、そして、こうした背景から、従来の産油会社経由の原油価格は、必然的にDD原油の相場にさや寄せ上昇される傾向が強くなったこと、我国の輸入原油については、昭和四八年二月のアブダビ、同年五月のサウジアラビア、同年六月のイランの各国のDD原油の価格決定によって、このころから市場調整値上げの動きが顕著になり、特に、中東戦争直前の同年一〇月ころには、特に過熱化した世界の景気動向も相まって、かつてない高水準の市場調整値上げが行われたこと。

(ニ) 前述の湾岸六か国以外のOPEC諸国のうち、我国に関係ある産油国であるインドネシア及びアフリカ三か国(リビア、アルジェリア、ナイジェリア)は、湾岸六か国の動きと前後して原油の値上げを行ったが、特に、これら諸国の原油は、世界的に需要の多い低硫黄原油であるため、その引上げ幅は湾岸六か国のそれを大幅に上回った。特に、中東について我国への輸入量の多いインドネシア原油については、その協定の在り方が湾岸六か国とは異なり、公示価格の設定がなく、市場価格の設定について、政府の指示が行われているが、その値上げ幅は、中東原油のそれを大きく上回っている。

(ホ) ところで、以上のような原油価格の大幅な上昇に対応し、通産省が被告元売一二社に対し、石油製品の元売仕切価格について行政指導を行ってきたことは既に詳述したとおりである(前記「民生用灯油にかかる行政指導の実態」参照)が、ここで重要なことは、石油製品の元売仕切価格が通産省の行政指導により定められた上限額(ガイドラインないし指導上限価格という。)の範囲内で形成されていたということである。

すなわち、昭和四六年三月に一二・七三ドル/kl(CIF価格表示)であった原油価格は、同四九年六月には七〇・八四ドル/klと急上昇しているのに対し、政府は、石油製品特に民生用灯油の元売仕切価格に関し、強力な価格抑制の行政指導を行ったものであるが、前述のとおり、同四六年二、三月当時の元売仕切価格一二、〇八一円/klを基準とすると、右期間中(同年三月から同四九年五月末までの期間)にわずか一、〇〇〇円にもみたない一二、九〇〇円/klという範囲内における価格改訂しか認めなかったものである。従って、右元売仕切価格には、前述の原油価格の変動と対比して考えた場合においても、何程の不適正な価格要素も存在していなかったものというほかない。すなわち、元売仕切価格について、前述の如き通産省による指導上限価格の設定等行政上の制約が存在しなかったならば、元売仕切価格は、原油の著しい値上り、人件費の増大、諸物価上昇等の諸要因に基づき、右指導上限価格をはるかに上回る価格をもって形成されたであろうことは、何人も等しくこれを肯認せざるをえないところである。従って、原告ら主張の如き損害など発生する余地は、皆無であったというほかないものである。

被告らの民生用灯油元売仕切価格が適正であったことは、原告ら主張にかかるいわゆるカルテルには全く無関係であったと原告らも自認している元売会社であるエッソ、モービルの右価格も、被告らのそれとほとんど同額で取引されていたことからも明らかといわなければならない。

なお、我国の民生用灯油購入者が世界的な比較において、不利または損害を被る状況にあったかどうかについても、以下述べるとおり、世界各国における家庭暖房用燃料価格と比較した場合、我国の灯油消費者は甚しく優遇されている。

我国における灯油消費者は、国内に於ては灯油以外の石油消費者に比較し(別表一六、「油種別卸売価格の推移」及び別表一七、「油種別消費者物価指数(全国)」参照)また、海外における灯油消費者に比較してさえ(別表一五、「世界主要国の『灯油』価格の推移」参照)、最も保護を受けており、世界的不況を招来した原油価格の大幅上昇の被害から最も遠い存在となっているという事実を銘記する必要があろう。なお、別表一八は、中東積出港における灯油の船積出港渡し価格及びその我国入着価格の推移とその時点における我国内の民生用(家庭用)灯油元売仕切価格推移との対比表であるが、これをみても明らかなとおり、我国内で精製された灯油は、中東から輸入する灯油に比べてはるかに低廉であり、この意味からも、原告ら購入の灯油価格について不当な価格部分は存在せず、損害の発生することなどありうべからざることであった。

(2)  本件生産調整及び本件価格カルテルに基づく民生用灯油の違法な小売価格の不存在

原告らは、被告らに対し、昭和四七年一二月の小売価格と同四八年三月から同四九年三月までの間の購入価格との差額全額を損害として、その賠償を請求してきている。

しかしながら、小売価格は、以下に述べるとおり、同四八年一一月二八日通産省による民生用灯油小売価格一八l三八〇円(店頭渡し、容器代別)の標準価格が設定されるまでは、需要・供給の法則に従って、小売販売店とその購入者との間の自由な交渉によりその価格決定をみており、価格形成過程も適正なものであると言うほかないのである。

(イ) 一般的に小売価格は、経済界の活況による需要の増大、諸物価の騰貴、人件費等の販売経費の増大、仕入価格の上昇等によって変動(上昇)するが、石油製品が連産品であること、また、石油製品が液体であり、かつ、危険物であるという性質のため、輸送・在庫が極めて制約されていること等石油製品が有する特殊性による変動要因(上昇要因)としては、輸送機関の障害、貯油設備の故障等物理的原因に基づく需給のタイト化、寒波等の気象状況の変化による需要の急増、消費者の買いだめ(仮需要)による製品の欠乏及び在庫の偏在などがある。

ところで、原告らが主張する昭和四七年度下期以降においては、経済界は景気の回復に支えられ活況を呈し石油製品に対する需要は強く、就中、中間三品については、大気汚染防止による燃料規制が強化され、需要構造の転換(軽質化)が生じ、需要が短期間のうちに増大し、需給のバランスを取り難い状況となったこと、この間もインフレ傾向による諸物価の騰貴が顕著であったこと、いわゆる春斗の影響で人件費が大幅に増大する状況であったこと、仕入価格の上昇、同四八年一〇月以降については、同月六日に勃発した第四次中東戦争を契機として、原油の輸入量がOAPEC諸国により一方的に削減されたこと、同年七月いわゆる買占め等防止法(生活関連物資の買占め及び売惜しみに対する緊急措置に関する法律)が施行されたことが、一般消費者の買いだめ(仮需要)の意欲を喚起し、次いで石油危機が誇大無責任にマスコミで取り上げられたため極端な仮需要が発生したこと等、小売段階における諸種の価格上昇要因が現実に存在したのである(消費者物価指数、卸売物価指数、名目賃金指数は別表一九のとおり)。

(ロ) 前述の如き上昇諸要因が現実に存在する以上、民生用灯油の小売価格が相当大幅に上昇するに到ることは、経済原則上当然のことと言うべきところ、元売段階においては、前述のとおり、元売仕切価格について指導上限価格の設定により自由市場を制約する行政指導が存在したのであるが、一方、流通及び小売段階では、昭和四八年一一月二八日の通産省による標準価格の設定までは自由市場が存在したため、正しく市場の競争原理に従って価格上昇をみていたものである。

なお、同年一二月二二日制定施行された「国民生活安定緊急措置法」三条に基づき、右同様の標準価格が設定されている。

しかして、適正に形成された小売価格の上昇要因として、仕入価格の上昇以外に諸種の値上り要因が存在することは前述で明らかな以上、元売仕切価格上昇分を除く小売販売店における仕入価格上昇分及びその他小売段階独自のものとしてあらわれた上昇分は、全く被告ら元売会社に関係なく発生したものであること理の当然といわなければならない。また、右の上昇部分以外の元売仕切価格の上昇相当額は、既述したとおり、通産省の強力な行政指導により設定された指導上限価格の範囲内で形成された適正な価格部分であって、そこには原告らのいう如きいわゆるカルテルにより形成された違法価格部分は存在しない以上、原告ら主張のような損害は、何ら発生していないものと結論せざるをえない。

なお、前記通産省により設定された標準価格は、小売商における仕入価格、諸経費等を検討勘案の結果、適正価格として算出されたものであるから、右標準価格の設定された昭和四八年一一月二八日以降の原告らの購入価格で右範囲内にあるものは、すべて適正価格による購入であって、全く不当部分は存しないものというべきところ、原告らの右時期以降の購入価格は、配達料を勘案した場合すべて右標準価格内で購入されたものとみられるから、この部分に関しても全く損害の発生はない。

(二) 因果関係についての反論(請求原因5項(二)について)

(1)  原告らは、日本の石油業界においては、元売業者―特約店―小売販売店などの系列化が著しく進んでおり、被告元売一二社ら元売業者が小売価格の決定力を握っていると主張する。

原告らの主張する系列化及び小売価格の決定力とは何を意味するのか明らかではないが、民生用灯油の取引分野には、いわゆる石油ルートと称されている特約店、販売店のほかに、薪炭ルートと称されている薪炭商(含む煉豆炭商)、石炭商(薪炭・石炭商には大問屋、中問屋、卸・小売兼業問屋、小売店等規模の大小の差が存在し、灯油が末端の小売店に至るまでに数次の卸店を経由することがある。)が存在し、さらに、暖房器具商、雑貨商、米穀商、食料品小売業、金物商、牛乳小売業、薬品小売業、酒類販売業、スーパーマーケット、電気商、青物商、商社、農業協同組合、生活協同組合その他季節商人が副業または兼業で民生用灯油を販売しており、原告ら主張のような系列化と称し得る流通経路は存在せず、その経路は錯綜を極めている。さらに、薪炭・石炭商の大問屋は、元売会社数社と取引関係にあるのが通例であり、また、元売会社から末端の小売店に至るまでには、数々の卸売問屋間の自由な商取引が介在するため、元売会社が小売価格形成の決定力を有することなど全くありえないところである。

(2)  従って、原告らが被告元売一二社の元売仕切価格引上げ行為を違法行為と主張し、その損害の発生を元売仕切価格の引上げ額ではなく、これと直接関係のない小売価格の値上り額全額として主張する限り、原告らは、その購入した民生用灯油に関し、元売会社から卸売、小売店に至る流通経路を明らかにして、元売仕切価格の具体的引上げ行為(額を含む。)が売買の形式で形成される各段階における卸売価格値上りに及ぼす影響力を明らかにし、併せて右元売仕切価格引上げ行為が原告らの主張する小売価格の値上り額全額という損害額を発生せしめる拘束性、換言すればその両者の関係の相当性を具体的に明らかにしなければ、本件における因果関係の主張を尽くしたものとは言い難いのである。

しかるに、原告らは、右の各点についての主張を尽くしておらず、結局、原告らの因果関係の主張は、理由がないことに帰する。

(3)  アポロ月山の関係について

原告らが購入した灯油の大部分は、被告出光興産の製品をその特約店であるアポロ月山を通じて鶴岡生協から購入されているので、その元売仕切価格、卸売価格、小売価格の関係等について検討することとする。

(イ) まず、被告出光興産が昭和四八年三月から同四九年三月までの間アポロ月山に販売した民生用灯油の数量、価格は、別表一三に表示されているとおりである。同四八年中に五回価格が改定されているが、一月から四月までの四回は特価補助の値戻しであり、八月の改定は通産省のガイドライン改定による値上げ交渉の結果である。

特価補助の値戻しとは、東邦石油株式会社の社長三嶋専吉氏が同四六年七月社名をアポロ月山と変更し、会社の経営体質を強化するため被告出光興産山形出張所に協力を求めたので、同出張所においては、同四七年四月まで全油種について値引きによる経営補助を行い、民生灯油については、その後も特価補助を続けていた。しかるところ、同年暮にはアポロ月山の経営体質が強化されてきたので、同四八年一月から、アポロ月山に対する民生用灯油の元売仕切価格を庄内地区の他の特約店と同じ水準に徐々に戻したことをいう。従って、この値戻しは、時期も金額も原告らが主張する被告元売一二社の価格協定と一致せず、かえって、被告らが主張するような協定は存在しなかったことを明らかにするとともに、元売仕切価格の合意が被告出光興産の一方的な都合によるものではなく、特約店の経営状態、経営内容等を考慮し市況の動向により特約店ごとに異なるものであることを明らかにしている。

(ロ) 原告らは、被告元売一二社らが灯油の需給関係を決定し、工業用灯油のカルテルにより民生用灯油の価格引上げを行った旨主張する。

しかし、被告出光興産は、昭和四八年三月から同四九年三月までの間、アポロ月山に対し工業用灯油を販売したことがないので、原告らがアポロ月山から鶴岡生協を通じて被告出光興産の工業用灯油を民生用に買わされたということはありえない。

(ハ) 原告らは、鶴岡生協が原告らの委託を受けてアポロ月山から灯油を購入し、その購入価格に実質手数料を付加した金額で原告らに販売したと主張する。一方、アポロ月山鶴岡生協に対する民生用灯油の販売は、共同購入の形をとった卸売りであり、市況、山形消連の購入価格決定を参考として価格を交渉したのであって、被告出光興産の元売仕切価格を基準にしたものとはいえない。

そこで、鶴岡生協の実費手数料と、アポロ月山が被告出光興産から仕切り鶴岡生協に卸売りした粗利益とを比較すると、次の表のとおり前者は後者の約二倍である。

期間

鶴岡生協

アポロ月山

四八年三ないし六月

三、九七八円

(一八l三二〇円で七二円)

二、五〇〇円

七、八月

五、三四四円

(一八l三五〇円で九六円)

二、三〇〇円

九、一〇月

四、〇五六円

(一八l三七〇円で七三円)

三、七〇〇円

一一、一二月

四、七七七円

(一八l三九〇円で八六円)

二、四〇〇円

四九年一ないし三月

五、八八八円

(一八l三八〇円で一〇六円)

二、四〇〇円

しかも、アポロ月山の昭和四七年一一月から同四八年三月までの鶴岡生協に対する民生用灯油販売の損益は、本社及び鶴岡事業所の経費を加えると、約一六一万円の赤字であった。

アポロ月山におけるこのような損益の実態に対して、原告らが、鶴岡生協には過大な実費手数料を許し、あまつさえ被告元売一二社に対しては、原価上昇分をそれまでの超過利潤によって吸収すべきである旨主張することは理解に苦しむ。特に、小売価格の決定力は被告一二社ら元売業者が握っている旨の主張は、被告出光興産のアポロ月山に対する元売仕切価格の変更がアポロ月山の鶴岡生協に対する卸売価格に連動せず、原告らの購入価格には特約店の粗利益に二倍した手数料が付加される厳然たる事実に徴すれば、全く根拠がなく、元売仕切価格の上昇と小売価格の上昇との間に因果関係のないことは明白である。

(三) 原告らが因果関係論及び損害額算定論において援用する公正取引委員会の意見書についての反論(請求原因5項(二)(1)及び(三)(3)について)

東京高等裁判所は、同庁昭和四九年(行ケ)第一五五号事件に関して、公正取引委員会に対して昭和五〇年三月七日付文書により、独禁法八四条に基づくものとして意見を求めたが、かかる裁判所の措置は、独禁法の右条項の解釈適用を誤まったものと思料されるので、その旨指摘すると共に、これに基づく公正取引委員会の意見書は判断の材料となしえないものであることを明らかにする。

(1)  求意見の違法不当

右東京高裁事件において、その原告らは灯油を購入したことにより損害を受けたと主張しているが、公正取引委員会の審決によれば、灯油は、民生用と工業用とに区別され、工業用灯油のみについて不当な取引制限があったとされ、民生用灯油についてはいかなる措置も命じられておらず、従って、民生用灯油については審決は存しないものである。原告らは、民生用灯油を購入しているものであるから、原告らの請求原因事実と符合する公正取引委員会の審決が存しなかったことは明らかである。それにもかかわらず、民生用灯油についての審決の有無を確認することなく裁判所が求意見をなしたことは違法不当といわねばならない。

(2)  意見書の内容の違法不当

(イ) 意見書の内容は違法である。すなわち、東京高裁事件の原告らは、被告らが石油製品の価格について、カルテル行為を行った為に、不当に高価な民生用灯油を購入させられた旨を主張し、よって独禁法二五条一項によって損害の賠償を求めるというものであるから、本訴の前提としては、被告らが民生用灯油についてカルテル行為を行った事実及びこれについての審決並びにこれが確定という事実が存在しなければならない。しかるところ、昭和四九年(勧)第六号審決事件において公正取引委員会は、被告らが民生用灯油の価格について、カルテルを行った旨の審決をしていない。

従って、東京高裁事件について、裁判所から意見を求められた公正取引委員会としては、審決が存在しない旨を答申すべきであったのに、あたかも、民生用灯油について審決をした事実があるかの如き意見書を提出しているのであって、この一点からしても違法であるといわねばならない。

(ロ) 意見書の内容は不当である。すなわち、公正取引委員会としては、具体的資料に基づく損害額について意見を述べれば足りるものであって、因果関係についての立証責任など理屈にわたる意見を述べる法的根拠はない。

しかして、損害賠償事件における因果関係は、請求権の存否を判断するに当り必須の要件であり、かかる要件の存否、ことに小売市場の価格形成について何らの証拠調もしていない公正取引委員会が意見を述べるのは不当である。

のみならず、公正取引委員会の本件意見の内容自体もまた、経験則に反し、不当な意見である。

公正取引委員会は、意見書において、審決をしていない民生用灯油について、「被告らの販売する価格が上昇すれば……小売価格の引上げが行われることは……石油販売業界において顕著な現象であった……」と述べているが、市場における小売価格は、公正取引委員会の述べるが如くに単純な事情により形成されるものではなく、現実には需給のバランス、中間流通段階における諸経費の変動、需要家側等における仮需要の発生等社会全般の経済状勢の変化等によって変動するものである。

すなわち、元売仕切価格が上昇したのにかかわらず、需給のバランスの崩れから小売価格が下落したり、またこれと反対の場合があるばかりでなく、時には元売仕切価格にほとんど変動がないのにかかわらず、小売価格が投機等の仮需要のため突如として上昇することもあるのであって、公正取引委員会の本件意見は、右の如き経済の実情を知らないかあるいはことさらにこれを無視した意見である。

ちなみに、被告らの昭和四六年一月以降同四九年三月までの民生用灯油の元売価格と、同時期の東京及び同四七年一月から同四九年三月までの山形地区における小売価格の変動は別表二〇のとおりであるが、同表によれば、元売仕切価格が同四七年三月から九月にかけて上昇しているのにかかわらず、同時期における小売価格は下落もしくは横ばいであり、また、元売仕切価格が同四八年九月から同四九年三月までほとんど変化していないのに、同時期の小売価格は急上昇しており、被告らの元売価格と小売価格とは必ずしも相関関係がない。

また、意見書は、中間流通業者が元売仕切価格の引上げと何らの関連もなしにそれぞれの販売価格を引上げた事実があるならば、その金額は差引くべきであると述べつつ、それは、当該事実が証拠によって立証された場合に限るものであるとしている。

しかし、右意見の前段は妥当であるが、後段の意見は二重の誤りを犯している。

第一は、公正取引委員会が立証責任の分配に論及している点である。蓋し、立証責任の分配は裁判所のみが判断しうる事項であって、公正取引委員会は右の如き判断をなす権限はない。

第二は、右意見の内容自体、不当に立証責任を転換させている点である。

(四) 損害額算定論についての反論(請求原因5項(三)について)

(1)  原告らは、企業間のカルテルによって原告ら消費者が被った経済的被害の額を算定する場合には、カルテル直前の価格と購入価格との差額による、とするのがもっとも妥当な方法であると主張する。

しかしながら、本件における損害額の主張としては、「損害とは、独禁法違反の協定により形成された価格と右協定がなかったならば形成されたであろう適正な価格との差額」と主張するのが一般的であり、かつ、妥当性を有する見解であるから、原告らの右のような主張は、失当である。何故なら、原告らは本件不法行為に基づく損害賠償請求事件における被侵害利益とは、公正な自由競争によって形成された価格で商品(灯油)を買う利益であると主張しており、右主張からは、損害の基礎となるべき価格は、その損害発生時における公正な自由競争によって形成されたであろう適正価格となることは理の当然といわなければならないからである。

(2)  原告らは、損害額算定は、カルテル直前の価格と購入価格との差額によるとするのがもっとも妥当な方法であると主張しながら、さらに、カルテル直前価格自体不当に高く設定されていたから、原油その他の価格上昇要因があっても、カルテルによる価格つり上げが行われなければ、それらはこれまでの超過利潤の蓄積により吸収された筈であるという主張を展開している。

しかしながら、原告らの右主張は、以下に記す如く独善と偏見にみちた全く妥当性を欠く見解であって、失当も甚しい。

(イ) 独禁法は、利潤の追求を否定する法律ではなく、自由競争による価格形成の達成を目的とした経済法に過ぎない。自由主義経済体制下においては、不当にわたらない限り利潤の追求は国民経済興隆の原動力として、何ら非難の対象とされるいわれはない。

石油産業は、他の製造業と比較しても明らかな如く、長年にわたり低い収益率にあえいでいたのであって、原告ら主張の超過利潤など全く存在していなかったものである。要するに、原告らの主張は、企業の正当な利潤さえ認めないという独禁法とは異質の見解をその根底として構成された主張と推定され、論外のものというほかない。

(ロ) 原告らの主張は、超過利潤論を除去すれば、カルテル直前価格に原油値上りその他価格上昇要因が働き、競争状態でも一定の価格上昇がもたらされるという理論に帰着する。従って、原告らは自分自身で本件における損害額算定の基準としてはカルテル直前価格を採用することが不相当であることを自認していることとなる。

(ハ) また、超過利潤論に固執するならば、損害額算定の基準価格は、カルテル前価格から超過利潤を差引いた金額が基準価格となるとしなければ論理的でない。そして、この様に理解することが正しいけれども、便宜上カルテル直前価格を基準として採用するというのであれば、本件損害賠償事件に、過去の超過利潤などという全く不用の事実を持込んで、いたずらに訴訟を混乱させたとの非難を免れない。

(ニ) なお、原告ら主張の超過利潤論の根拠につき詳しく反論する。

(a) 原告らは、石油製品は大衆収奪の価格体系であって、被告らは灯油によって莫大な利益を得ていると主張するが、石油製品は連産品であって、全製品平均価格でなければその価格の適否を論ずることはできないし、また、各製品価格の妥当性も、単なる製品間の価格差からだけでこれを論証し得るものではない。従来、国内石油製品価格は、世界市場におけるそれを反映しつつ、市況に応じ、売買当事者間の自由意思により決定されてきたものであるから、そこに何らの不当性も見出しえず、自由主義経済の所産である価格を目して大衆収奪価格などということ自体、自由主義経済の否定以外の何ものでもないといわざるをえない。既に詳述しているように、特に、昭和四五年秋のOPECによる原油値上げ攻勢以後においては、国は民生用(家庭用)灯油の価格抑制指導を物価対策の主柱としたから、右以降同四九年五月までの間に、民生用灯油元売仕切上限価格の値上改訂は、原油の値上りにもみたないわずか一、〇〇〇円(一kl当り)に過ぎず、従って、民生用灯油価格に不当利益部分など存在する筈はないし、また、民生用灯油はその純度を高めるため、他の油種よりも多くの脱硫工程を要しているから、ガソリンを別とし、精製費用上からも他の油種より高いのが当然という面も存するものである。なお、電気、ガス、石炭等に比較し、灯油のカロリー当りの価格が著しく安いことを付言する(別表二一参照)。

(b) 原告らは、我国の原油輸入価格が諸外国のそれと比較した場合低廉であるにもかかわらず、灯油価格は諸外国より高く設定されていたから、被告ら石油企業は灯油によっても大変なもうけをしているのであると主張し、別表五、六、七の一、二をその根拠資料としている。しかしながら、右別表自体次に記す如く粗雑きわまるものであって、到底、原告らの主張事実の論拠とするには足りないものであり、この点に関する原告らの主張も失当である。

(c) 原告らは、被告らが灯油による不当な利益の獲得のほか、これまで幾度となくくり返されてきたカルテル等による不当利得によって莫大な超過利潤を蓄積してきたと主張し、右に関し、カルテルのくり返し、石油企業の内部留保の増大及び昭和四八年一一、一二月の便乗値上げによる不当利得の三点を例示しているが、第一に、石油元売業者が同四五年以降同四八年までに毎年公正取引委員会からカルテルを行ったとして摘発されていたなどという事実は存在しないし、第二に、内部留保の増大を不当利得として主張しているが、被告らの内部留保は、企業会計上正当なものとして認められているものであって、何ら不当性はなく、また、例にあげられている被告日本石油の内部留保額はその主張のような巨額なものではないし、第三に、同年一一月、一二月に石油元売会社がその主張のような不当利得をしたこともない。元来、企業は、短期には損をすることも得をすることもあるのであるから、その収益は短期間で云々すべき性質のものではなく、小なくとも会計年度を単位として論ずるのでなければ、全く意味のない主張であることを念のため反論しておく。

(3)  原告らは、本事案における損害額とは、カルテル価格とカルテルがなかったならば形成されたであろうと想定される価格との差額であるという考え方によったとしても、想定価格は現実にはカルテル直前価格と一致するものとみるほかないと主張するが、右主張は、原告らが援用するW・エリックソン理論の誤解に基づく全くの誤論であって、有効な損害論たりえない。

すなわち、W・エリックソンは、カルテルのみが価格変動要因であるならば、共謀前の価格(カルテル前価格)及び共謀後価格(カルテル終了後価格)はほぼ等しくなる筈であるから、カルテル価格からカルテル前価格を差引いたものが不当な価格部分と評価されると論じているものである。従って、原告らが右エリックソン理論による損害論に立脚して本事案における損害を法律的に構成せんとする場合は、カルテル価格とカルテル直前価格を主張したのでは足らず、すべからくカルテル終了後価格がカルテル直前価格に小なくともほぼ近いことを主張しなければ、損害についての要件事実を尽くしたことにはならない。しかるに、この点についての主張を尽くさない原告らの本訴請求は、失当として棄却されなければならない。

(4)  原告らは、カルテルがなかったならば形成されたであろう価格など想定することは不可能であると強弁して、原告らが負うべき主張及び立証の責任を被告らに転嫁せんと策しているが、損害についての主張及び立証の責任は、あくまで原告らに存するものであって、その難易によってこれらの責任が転換する筈のものではない。

(5)  原告らが想定不可能であると主張するカルテルがなかったならば形成されたであろう価格を想定することは可能であり、右想定価格に基づくとき、原告らの購入価格に不当部分は全く存在しないことが明らかとなる。

一般に商品の価格の上昇は、原価上、需給上の理由によってもたらされるが、昭和四七年度下期以降は、灯油価格が原価的にも需給的にも値上りする経済的必然性が存在していた。

以下、これについて具体的データに基づいて整理、要約して述べる。

(イ) 需給面からみた値上りの必然性

別表二二は灯油及びその他燃料油の国内需要の伸びの状況を算出したものであるが、これによると、昭和四八年三月における灯油需要の急増は、早春の寒波襲来によるものであり、同四八年四月から九月(灯油の不需要期)における灯油需要の異常な伸びは、前年四七年一一月の大気汚染防止法に基づく燃料規制の強化によって、灯油が産業熱源及びビル空調熱源として大量に使用された結果であり、同四八年一〇月の前年比七五%というかつて例をみない需要の爆発的な伸びは、別表二三で説明するとおり、消費者段階における大量の仮需要発生に伴うものである。

以上のように、昭和四八年三月以降一〇月までの灯油需要は、過去の経験に照らしては到底予測し得ない急増を示しており、これだけの大幅需要増加が価格の上昇をもたらすのは当然のことといわなければならない。

(ロ) 原価面からみた値上りの必然性

前述した需給背景下において、原価上昇があれば灯油価格が値上りするのは不可避である。

従ってこの期間における灯油価格について、仮にその需給上、原価上の事情を市場において素直に反映できる状況にあったとするならば、その価格は、過去の競争価格+その後の原価上昇分+それ以上の需給要因による値上り分という水準にまで達していたであろうことは、経済原則上明白なことであった。

しかし、ここでは需給要因による値上り要素を敢えて無視して、市場価格上当然実現したであろう原価の値上り分がどの程度であり、その場合の市場価格がどの程度になったであろうかを算出してみる。

まず、算出にあたってのいくつかの計算前提を明らかにしておく。

(a) 石油製品の原価は、原油代+国内経費として把握することができる。

OPEC攻勢以後の原油代の値上りは明らかであり、また国内経費についても、当時の顕著なインフレーションの進行からみて、当然のことながら大幅の値上りとなっている。

しかし、この計算においては、国内経費の上昇分には敢えて触れないで、原価上昇は原油代上昇分のみによって計算した。従って、計算の結果得られた適正価格には、国内経費の上昇分は含まれていないことを念頭において数字を見られたい。

また、精製、元売段階における国内経費ばかりでなく、小売価格形成についても、流通段階における流通経費、流通マージンも小売価格形成の大きな要素であり、流通経費の増加も当然大幅ではあったが、計算上はその増加要素をも敢えて除外してある。

(b) 過去から広く世界的に採用されてきてそれなりの妥当性のある売価還元による等価比率配分方式に従って、原油代上昇分の灯油への配分計算を行うこととした。

(c) さらに、過去の競争価格の水準をいずれの時点の価格に求めるかの問題がある。

民生用(家庭用)灯油の用途は、そのほとんどが暖房用であり、夏場の不需要期における価格水準はほとんど現実的意味を持たないので冬場の価格水準、すなわち下期(一〇月から翌年三月まで)の価格水準を採用するのが適切である。

また、過去の競争価格という場合、競争価格である以上、その価格は絶えず変動しており、各年の需要期毎に寒暖の程度に差があって需給事情が異なるので、単一の特定年度の価格のみを選択することは適切でない。過去の平均的な競争状態における競争価格という意味で、昭和四〇年度から同四六年度に至る各年度下期の価格の単純平均値をもって過去の競争価格とみなすのがもっとも妥当である。また、強いて一定時点の価格と比較するのであれば、灯油価格抑制の行政指導の起点として通産省が妥当と判断した同年二月時点の価格が適切であるので、併せてこれを起点とした計算も行った。

(同年度下期は例年にない暖冬で、灯油価格が暴落した時であり、この時期から同四七年度上期にかけての灯油価格をもって正常な競争価格とすることはできない。)

(ハ) 以上の計算前提に基づいて計算した民生用灯油の元売仕切価格及び小売価格の想定適正値は、次のとおりである。

年月

元売仕切価格(一八l当り)

小売価格(一八l当り配達料込)

想定適正値

(現実値)

想定適正値

(現実値)

四六年二月比で算出した想定適正価格

四〇~四六年度平均比で算出した想定適正価格

四六年二月比で算出した想定適正価格

四〇~四六年度平均比で算出した想定適正価格

四八年一〇月

二五三円~二三二円

(二三二円)

四一六円~四〇三円

(三九六円)

〃 一一月

二八七円~二六六円

(二三二円)

四五〇円~四三七円

(四三三円)

〃 一二月

三二九円~三〇八円

(二三二円)

四九二円~四七九円

(四五一円)

四九年  一月

三九〇円~三六九円

(二三二円)

五五三円~五四〇円

(四六三円)

〃   二月

五五九円~五三八円

(二三二円)

七二二円~七〇九円

(四三六円)

〃   三月

五七二円~五五一円

(二三二円)

七三五円~七二二円

(四二八円)

右をみても明らかなとおり、元売仕切価格については、価格抑制指導が行われた為、現実価格が想定適正価格を下回るのが当然とはいえ、小売価格においても昭和四八年一一月の小売価格抑制措置以前から既に元売仕切価格抑制の効果が現われ、現実値は想定適正値を下回ってきた。

なお、参考までに、等価比率配分方式によらず、原油値上り幅分のみをそのまま転嫁した場合の想定適正値は、別表二四に併せて記載した。

四 被告らの主張(抗弁を含む)に対する認否並びに反論

1 被告石油連盟の生産調整に関する主張に対する認否並びに反論

(一) 石油行政と生産調整

国は、昭和三七年一〇月、原油の輸入を自由化するに先立ち、同年七月石油業法を施行した。通産省は、同法に基づき、毎年度当初に、石油供給計画を公表し、石油精製会社に対し、当年度において供給すべき石油製品の数量を示すとともに、数年先において供給すべき石油製品の数量に見合う所要の設備能力を確保しうるよう設備許可を与えることによって、石油製品の需給調整を図り、石油の安定的かつ低廉な供給を確保すること(以下、安定供給と略称する。)を石油行政の基本とした。

ところが、石油精製会社は、石油業法の施行とともに、石油精製設備の拡充の面で新たな規制を受けることとなったので、同法施行前に競って設備の増設をはかり、その結果、過剰な設備をかかえこむに至ったため、通産省は、石油輸入の自由化と相まって、石油製品が生産過剰となり、その市況が悪化供給確保のうえに支障が生ずるものと判断し、同法施行と同時に、石油精製会社に対し、各会社が処理しうる輸入原油の量を個別に指示することによって生産調整を実施し、さらに同年一一月、揮発油とC重油の販売価格につき標準額を定めて告示した。

その後、通産省による右の事態改善策の影響が浸透し、また石油製品の需要も増加するなど需給事情が安定してきたため、通産省は、同四一年二月限りで右標準額の設定を、同年一〇月以降生産調整を、いずれも廃止した。

それ以後、通産省は、石油の安定供給確保の見地から、石油製品の生産について、石油精製会社が提出する生産計画ないし変更計画と石油供給計画とを対比して検討を加え、必要に応じて、石油製品の増産を要請するなどの指導をするにとどめていた。

前記石油供給計画は、石油製品の供給目標を示すものであって、石油精製会社の石油製品総生産数量を厳格に枠決めするものではなく、また設備許可は、設備能力に余裕をもたせるよう、いわゆる適正稼働率を基準にして運用されてきたので、石油精製会社は、前記生産調整の廃止後許可された設備能力の範囲内で、原油処理に関する競争を行いえたし、現実にも製品の激しい販売競争を反映して、生産競争を繰り拡げたため、再び石油製品の需給事情は、生産過剰の傾向を示し、その在庫が増加してきた。しかし、通産省は、いまだ生産調整を必要とするまでの事態には至っていないとの認識のもとに、生産調整を再開するには至らなかった。

そこで、被告石油連盟では、石油製品の生産過剰による値崩れを未然に防止して、その市況対策を早急に図る必要があるとし、昭和四四年四月以降生産調整を開始し、独自に原油処理量の総枠を定めたうえ、石油製品の販売実績を重視した割当基準を設けてその割当てを行うなど石油業界の利益に重点をおいた生産調整を実施してきた。

従って、被告石油連盟の生産調整は、市況対策を考慮した独自のものであって、国の政策に対する協力ないし補完行為ではない。

(二) 被告石油連盟は、その構成員である精製会社の原油処理量を制限して灯油の品不足状態を作り出したことはないし、現実に品不足状態が生じた事実もないと主張し、その根拠として、灯油に関する種々の統計的数字を掲げ、るる説明を加えている。

その主張の根拠は、要するに、供給計画、業法計画、適正計画、各社計画等いずれの計画においても、需要予測量を相当上回るように供給計画をたてていたし、実績においても、つねに供給量が需要量を上回っていた、ということに尽きる。

しかし、供給予定量を策定するための前提となる需要予測量は、決して、現実の需要を正確に反映したものではなく、計画立案者の主観的意図によって増減可能な数字である。従って、計画立案者が供給量をしぼろうという意図を持っている場合には、需要予測量をそれに見合った程度に少なめに抑えればよいわけである。

次に、実績において、供給量が需要量を上回っていたという点についても、被告石油連盟の示す統計数字をもっては、供給制限がなかったことの証明とすることはできない。

被告石油連盟は、別表八、九、一〇に「実績」という欄をつくって、そのことを数字で示している。例えば、別表八の右側の実績欄をみると、昭和四七年度下期においては、需要が一三、七六六千klであったのに対し、一五、一一七千klの供給が行われ、実際の需要よりも一、三五一千klも多く供給されたように記載されている。しかし、検討してみると、実はそうではなく、この実績欄に需要量として記載されているのは、実際の需要を示す数字ではなく、供給の実績そのものである。他方、実績欄に供給量として記載されているのは、期初在庫にその期間内の生産量を加えたもの、すなわち、その期間内の供給可能量を示す数字である。そうすると、結局、この実績欄の示すものは、この期間の供給実績は供給可能量を下回っていた、ということにすぎない。これは、当然のことである。供給可能量を超えた供給がなされるなどということはありえない。この実績欄の記載は、決して、実績において供給量が需要量を上回っていたことを示すものではないのである。

被告石油連盟は、また、本件期間中、在庫量が確保されていたのだから安定供給は確保されており、生産調整などなかった旨主張している。

しかし、右の主張は、需要のある限り無制限に生産し、生産したものは需要のある限り無制限に供給されるということを前提として初めて成立する論理である。

ところで、被告石油連盟が本件生産調整を行ったのは、生産を制限することによって供給量を減らし、品不足状態を作り出すためである。生産を減らしても、出荷量を制限すれば、在庫量は確保される。その結果、現実には品不足の状態が生じても、既に述べたように、実際の需要は統計数字のうえに表われてこないのであるから、統計数字のうえでは、つねに、供給量が需要量を上回り、相当量の期末在庫が確保されたというに表現されるのである。

従って、つねに在庫量が確保されていたということは、実際に品不足状態がなかったことを証明するものではないし、まして、生産調整の不存在を証明するものでもない。

(三) 生産調整を行っていないという被告石油連盟の主張が虚偽であることは、若干の資料を見ただけでも明らかである。

(1)  昭和四七年から同四八年にかけては、好景気を反映して石油需要の伸びは著しいものがあった。生産設備の増強は当然これに追いつけないから、この期間の稼働率は上がらなければならない道理である。ところが、稼働率は、同四七年三月から九〇%を割っており同年七月には八〇%を割っている(別表二五「原油処理量」参照)。この傾向は、石油不足が騒がれた同四八年から同四九年初めまで、一貫して続いている(同四九年四月以降の異常な落ちこみは、石油危機以後のものであるから、一応論外とする。)。

景気の上昇と需要の伸びが背後にありながら、稼働率が下がるわけがないので、生産調整の存在を反映しているものとみなければならない。

(2)  灯油の生産量、月末在庫量、出荷量(通産省石油統計月報による)の年間の動きを知るため、毎年六月を一〇〇として各月ごとに指数化してみる(別表二六、二七)。昭和四七年末の在庫指数は例年に比して多くないのに、同四八年初めから生産が落とされ、一月から三月までこの傾向が続いている。それは、この期間の出荷量の落ちこみともなってあらわれている。前述のように、この時期は好況下にあったから、灯油需要が急減したような事情はない。にもかかわらず、季節的なパターンと著しく異なった現象を示しているのは、石油危機と同じ状況を人為的に作り出したもの、すなわち、生産調整を行った結果にほかならない、ということができる。

(3)  これを実数についてみても、同じことがいえる(別表二八)。昭和四八年一月ないし三月の在庫量は、同四六年、四七年に比して著しく低いのに、販売量(出荷量)が伸びているわけではない。そうすると、在庫の減少は、生産の抑制に基づくものと考える以外にその要因を見出しがたい。

はたして、灯油の生産量は、仮に同四八年一月と同四六年一月と比較した場合にも、好況下にあった同四八年の方が低いという現象を呈し、その前後をみても同様の傾向を示しているのである。

2 被告らの本件価格カルテルについての行政指導と独禁法の関係に基づく主張に対する反論

(一) 行政指導と独禁法違反行為との関係は、行政指導が「行政機関がその所掌事務に属することがらについて、特定の個人、公私の法人、団体等に非権力的、任意的手段をもって働きかけ、相手方の同意または協力のもとに行政機関がかくありたいと望む一定の秩序の形成をめざしてこれらの者を誘導する一連の作用」であるのに対し、独禁法は、「自由競争を基盤とする経済秩序を維持するため、ヤミカルテル等一定の行為を制限する」のであり、両者は全く次元を異にし、法的にも別個の評価を受けるものである。従って、被告らの独禁法違反行為に対し、行政官庁の関与が存したか否かとは別個に、被告らの行為が独禁法二条、三条に違反するか否かを独自に判断すれば足りるのである。

被告らは、行政指導によって自らの独禁法違反行為の責任を転嫁しようと試みているが、仮に独禁法違反行為に行政官庁が関与していたとすれば、そのような行政指導は、法律の明文なくして許容されるものではなく、むしろ行政官庁も独禁法違反行為の共犯者と評価されるべきものであり、そのことによって被告らの独禁法違反行為が正当化されるものでもないし、独禁法違反行為に行政官庁が関与したことによって、被告らの行為の違法性が阻却されるものでないことは多言を要しない。

(二) 右の見解は、実務界においても当然視されている。例えば、政府(昭和四九年三月一二日衆議院予算委員会における吉国内閣法制局長官の答弁)は、「価格に関する行政指導が認められるとしても、指導を受けた事業者がさらに共同して価格操作を行うようなことがあれば、独禁法二条六項の不当な取引制限に該当して許されるべきでないことは当然である。」旨の見解を表明しており、公正取引委員会も野田醤油事件(昭和二七年四月四日審決、審決集四巻一頁)審決において、「多数行政官庁当局者中たまたま本法の精神を理解せず誤った指導をなすものがあったとしても、事業者またはその団体は、各自法の命ずるところが何であるかを判断し、これに従う責任があるものであることは言をまたない。官庁の指導の有無は、あるいは罰則適用の際しんしゃくすべき情状となることはありうるかも知れないが、違法の状態を排除するに必要な措置をとるべき事業者またはその団体の責任を軽減するものではない。」と明言しているのである。

(三) なお、被告太陽石油は、同社が昭和四八年七月の灯油価格据置きに関する行政指導に従うことができなかった旨主張しているが、このことをみても、行政指導そのものが、被告らが強弁しているような服従を余儀なくされるものではないことは明らかである。

被告らは、行政指導に従って灯油の価格を引き上げ、価格の抑制をしているのであるから、仮に被告らの間に意思の連絡があっても、それは違法性を阻却するが如き主張をしている。

しかし、被告太陽石油も自認しているように、行政指導はあくまでも任意的なものであるから、それにもかかわらず被告ら各社がその個別事情を度外視して同時期に灯油価格の引上げをなしていることは、行政指導に名をかりてカルテルを実施したことを自認しているものといわなければならない。

3 被告らの損害論についての主張に対する反論

被告らは、カルテルがなかったならば形成されたであろう価格の想定が可能であると称してその根拠をるる述べているが、これがほとんど被告ら主張の理由づけとなり得ないことは、被告らの論述に少し注意をしてみれば明白である。

(一) 被告らは、灯油の国内需要が伸びているという論拠として、別表二二で通産省「石油統計月報」による需要量をあげているが、この数字は、実は同月報の販売量欄のものである。

販売量は、被告ら石油業者の手でいかようにも調節できるものであって、パイプの栓をしめるのもひらくのも被告らの手に実際上委ねられているのである。それにもかかわらず、何のコメントも註記もなしに、販売量を需要量としたうえで被告らの主張の論拠として用いようとするのは公正ではない。一般に、需要の伸びは価格の騰貴をもたらし、供給の増加は価格の低下をもたらすものである。それなのに被告らは、供給の増加を需要の増加と言いかえることにより、価格上昇の原因がそこにあるかのような外観を作ろうと試みている。

被告らは、昭和四八年三月ないし一〇月の灯油需要(実は販売量)が前年同月比において大幅に増えているので、需給関係上値上がりは当然であったといっているが、この同じ時期に「在庫量」もまた前年同月に比して急増しているのである(別表二九参照)。

需要の増加があるならば、これに対応して在庫を逐次放出していけば、被告ら自ら主張する需給関係上、価格は安定していたはずである。この段階で在庫が増えたのは、この時期石油事情についての一般の不安が高まったときに、ことさらに在庫を増やした、すなわち栓をしめた結果であるといわなければならない。それが共謀による価格引上げを容易にしたことは見易い道理であって、被告ら石油業者の悪質なやり方がはしなくも暴露されたものということができる。

そうしてみると、被告らが、「消費者段階での大量の仮需要発生に伴うものである。」と消費者の買いだめが狂乱物価を招いた根源であるかのような主張をするのがいかに誤りであるかがわかるであろう。

(二) 被告ら想定価格の計算前提について

被告らは、原価の計算上「国内経費の上昇分には敢えて触れない。」として、もし国内経費をも考慮に入れるならば原価が莫大なものになるような印象を与えようとしている。しかし、技術革新や合理化による経費節約、特にこの時期における原油処理能力の上昇など、コストダウンにつながる要因のあることをことさらに無視している。

被告らは、過去の価格の水準をどの時点に求めるかの問題について、昭和四〇年度ないし同四六年度各下期価格の単純平均値と同年二月の価格によるものとしている。

しかし、(1)灯油のような季節的な需給変動と価格変動のある商品の価格の場合には、過去の同月比でみるのがもっとも妥当である。

被告ら自身、別表二二では、この方法を用いている。同年二月、というように二月を基準時点にする意味は全くないし、下期価格の単純平均値というのも何の合理性もない。(2)さらに、昭和四八年から同四九年にかけての時期のようなインフレーション昂進期にあっては、直近の時点をとるのがもっとも合理的であって、そうなると、前年比にならざるをえない((1)(2)をあわせて、前年同月比ということになる)。同四六年とか、同四〇年ないし同四六年平均など、過去の任意の時期をもってくるのは適当でない。

被告らは、昭和四七年から同四八年の価格を過去の価格水準として用いるといわゆる想定価格が低くなってしまうので、同四〇年ないし四六年とか、同四六年二月とか、持ってまわった言い方をしているのである。被告らの心情は、「昭和四六年度下期は例年にない暖冬で灯油価格が暴落した。」という表現にあらわれている。

(三) 被告ら想定価格の計算結果について

(1)  別表二四のうち、①原油代は、被告らの計算方法に従うと、昭和四八年一〇月以降それぞれ一八l当り、一〇八円、一三〇円、一六五円、二〇六円、三四五円、三五四円が正しい。一〇八円以外はすべて誤っており、これは単純な計算ミスである。

(2)  輸入された原油は、当該月間に元売を経て小売に至ることはない。従って、原油の値上りがそのまま製品価格に転嫁されることが万一あるとしても、値上り分が当該月間に元売仕切価格に反映し、さらにその月のうちに小売値にまで響くことはありえない。原油の貯蔵期間、精製に要する期間、製品在庫期間をみると、ゆうに六か月は必要である。従って、原油代の値上りが直ちにその月分元売仕切価格と小売価格にまで直接に響くかのような計算は、前提自体誤りである。

(3)  被告らは、別表二四の④⑤で灯油の等価比率を一・三二とした理由として、昭和三七年一一月にそうであったことをあげている。しかし、比較を行う場合には、前述のように、直近の数字をあげるべきであって、本件の場合、同四七年の等価比率を提示すべきである。同三七年に比べてずっと低いはずである。これは、被告ら自身が掌握している数字であって、容易に出せるものであるのに出さないのは、これが原価公開の一部につながるからである。そこで、一〇年前の数字で逃げているのである。

(4)  さらに、等価比率配分方式そのものに問題がある。等価比率配分方式そのものには、それなりの妥当性があるとしても、例えば、灯油一・三二というのは、全く合理性がない。もともと、大衆商品であるガソリン、灯油などについて等価比率を高く定めているものであって、その決め方自体政治的、恣意的である。原油値上り分を等価比率によって上乗せすることは、灯油をますます高くし、重油等をますます低くし、不公平を一層助長することになる。

(5)  別表二四の⑥の現実値として示されているものは、被告らが元売仕切価格の一部を明らかにしたものでも何でもなくて、行政指導上限価格一kl当り一二、八九八円を一八l当りに直しただけのものである。元売仕切価格がこの時期に指導上限価格と同一額で推移したと信じている者は誰もいない。例えば、被告ゼネラル石油のいわゆる千載一遇文書の中には、価格引上げの事実を隠ぺいするために、「対外的(マスコミ、官庁、他社、消費者)には価格据置を言明し続けること」とか「価格引上げについては文書によらず口頭で行うこと」などのことが明らかに記載されている。この一事をもって、被告らのこの計算は、その意味を全く失うものである。被告らがこの計算を説得性のあるものにしようとするならば、元売仕切価格だけは、各社ごと、時期ごとに明らかにすべきである。

(6)  以上の諸点のうち、修正可能なものは修正し、これが不可能なものは被告らのいうとおりにして、別表二四に対応する計算を行ってみたのが別表三〇である。きわめて明白なことは、原油値上りがそのまま製品価格に転嫁されたとした場合に、昭和四八年二月以降同四九年三月までのどの時点をとっても、等価比率で配分した場合と単純に配分されるとした場合のいずれをとっても、想定される価格は現実の価格よりも低いのである。すなわち、その分だけの便乗値上げが行われていることが明白となるのである。

なお原告らがこのような計算を行ったのは、被告らの主張およびその裏付けとしての別表二四のような計算が何らの信頼にも値しないことを示すためであって、原告らの計算の結果としてでてきた便乗値上げ差額の賠償で満足するという趣旨では、全くない。

(四) 国際比較について

(1)  被告らは、中東生産灯油の積出港価格や我国に輸入したとした場合の元売仕切価格の試算などをしているが、当該の時期における中東からの灯油輸入は零なのであって、前提自体が成り立たない。

しかも中東灯油は、その生産量自体絶対量でも少量であって、国際比較をするうえで全体として問題とするほどのものではない。被告らが何のために中東灯油を引合いに出すのか理解に苦しむところである。

(2)  参考として掲げられたロッテルダム価格とは、投機性の強いいわゆるロッテルダムスポット価格であって、正常の国内取引価格とは比較の対象とはなしえないものである。

(3)  問題なのは、本訴請求にかかる昭和四八年段階の数字であって、これは別表六、七の一、二に示されている。これによると、家庭用燃料の価格は、消費者価格をとっても卸売価格をとっても、他の諸外国より高いのである。

4 被告ら主張の抗弁は、いずれも争う。

五 原告らの反論に対する再反論

1 行政指導と独禁法の関係についての原告らの反論に対する再反論

(一) 原告らは、行政指導と独禁法との関係について、実務界においても、原告らの主張するような見解が行われているとし、二例を引用しているが、いずれも失当である。すなわち、

(1)  吉国内閣法制局長官の答弁につき、原告らの引用するものは、その一部であり、主要なものは、「最近のように、物価抑制が最大の国民的課題となっていることを考慮いたしますならば、物資所管官庁が物価抑制の観点から価格に関する行政指導を行うことは、必要やむを得ないものと考えられるのでありまして、その根拠は各省設置法でございます。たとえば、通商産業省設置法でございますならば、その第三条第二号、石油については第三六条の七の第一号にその規定がございます。」とある点であり(昭和四九年三月二八日第七十二回国会衆議院予算委員会会議録及びジュリスト五六六号二三頁参照)、原告らは、自己の主張を強調するあまり、吉国長官の答弁の主要な部分を引用せず、原告らに都合のよい部分のみを引用するものであって、失当である。また、右吉国長官の答弁によってみても、本件行政指導が国民経済的要求に基づく必要欠くべからざる行政行為であり、独禁法が適用されるべき場合でないことは自明である。

(2)  公正取引委員会は、独禁法制定当初から、物資の配分、価格等に関する経済活動の指導については、他の所管官庁に優越するとの見解を固執しており、原告らの引用する審決もかゝる誤った見解に基づいてなされたものである(もっとも、原告ら引用の審決においても、官庁の指導の有無は、情状となりうるかもしれないとして行政庁の行政指導の実質的拘束力を認めている。)。公正取引委員会のかかる見解は、我国独占禁止政策の揺籃時代すなわち昭和二八年の改正に至るまでは、あるいは妥当したかもしれない。しかし、同年の改正により独禁法は、従来のカルテル絶対禁止の建前を改め、カルテルの承認制度を採用し、質的変化を遂げているのである。従って、このような改正法のもとにおいては、独禁法の妥当しない領域については、他の行政機関等が独自の経済政策を実施するため行政指導をなすことが可能であり、その実質的拘束力をうけ、これに協力した国民は、独禁法の適用をうけないものと解すべきであり、前述した公正取引委員会の見解は、現代の独禁法の解釈としては全く当を欠くものであって、かかる見解に基づく原告ら引用の審決も、原告らの主張を裏付けるに足りるものではない。

(二) 被告シェル石油の再反論

(1)  独占禁止政策は、産業政策と同様に、一国の経済政策のひとつである。しかもそれは、産業政策のみならず金融政策及び財政政策と並び、その調和、調整のもとに遂行さるべきことは、国民経済の安定的かつ円滑な運営の必要上、当然のことである。自由主義経済体制のもとにあっては、政府が直接市場に介入することを避け、自由な市場機構を通じて資源の最適配分が行われることが前提となっており、それが有効になされるがためには、市場のメカニズムが有効に機能する分野においてのみ独占禁止政策が有効に作用するものである。エネルギーの大宗たる石油資源の九九・七%を海外に依存し、しかも国際カルテルであるOPECの原油代金の値上げ攻勢に一方的に屈服し、これに太刀打しうべくもない我国の脆弱な体質にかんがみると、石油製品市場においては、国民経済上の要請から独禁法の予定する自由な市場メカニズムは、作用しえず、そのメカニズムを通じての資源の最適配分は期待しうべくもない。

(2)  しかるが故にこそ、通産省は、その設置法及び石油業法により、石油の安定的かつ低廉な供給を目指して行政指導をし、よってその産業行政を全うしつゝあるものであるが、通産省は、企業間、産業間(特に電力、紙、パルプ、鉄鋼業界との間)と国民経済間の調整を国民経済的観点から行ってきているのであって、このような石油業法の執行ないし行政指導は、石油資源の特殊性から当然に競争制限的結果ないし効果をもたらすものである。

(3)  しかも、産業政策と独占禁止政策は、前述のとおり、国の経済政策の一貫として顕現するものであり、上位下位というような関係ではなく、有機的に絡み合って作用させるべきものであるから、産業政策が独禁法に違反したという如き発想は、全く物事の本質をわきまえないものであり、誤りである。従って、産業政策と独占禁止政策が背馳するときは、その当時の国民経済上の要請に従って政府間の意思調整として解決さるべきものであり、産業政策遂行のための通産省の行政指導に従った被告らは、公共の利益に従って行動したものであるから、これを独禁法違反として問擬するなど国家意思の分裂を思わせるが如き施策は、政府間において行わるべきではない。

なお、独禁法違反を疑わせるような産業行政の執行は、すべて法律に基づいて行われるか、独禁法に適用除外規定を設けて行うべきという議論があるが、産業行政の直面する分野は、複雑多様、かつ流動的であって、その対応の仕方如何によっては、その失敗のため、計るべからざる損害を国民経済に被らせるおそれがあることは明らかであり、一々、法律の制定を待って産業行政を行っていたのでは、変動の激しい経済情勢に対応し切れるものではない。右議論は、経済の実態をわきまえない暴論であって、かゝるが故にこそ、時宜に応じたきめ細かい行政指導が不可欠のものとなってくるのである。

(4)  ちなみに、公正取引委員会職員の糸田省吾氏は、その論文「独占禁止法と行政指導」の中において、行政指導は、それが守られることによって事業者の自由な事業活動が制限を受け、その結果として競争が実質的に制限されることになるが、これはカルテルによる競争の実質的制限と効果において実質的に同じであり、両者の差異は、行政指導かカルテルかの形式の違いにすぎないといえようと述べているが、これは、公正取引委員会の通産省に対して採ったその行政指導に関する従来の態度からして、公正取引委員会の見解とみられるが、行政指導が通産省の国民経済における産業政策上の必要から行われる以上、独占禁止政策を超えた国民経済上の要請に基づくものであるから、行政指導によって、競争の実質的制限の結果を招来したとしても、それは当然で、独禁法の適用は問題とならないものである。

独禁法には適用除外のための明文の規定があり、これらの諸規定は、創設的規定か、確認的規定かの問題があるとしても、一定の産業分野において、競争原理の作用しない分野または競争原理を作用させたのでは国民経済上産業行政の目的を全うできない分野がある。例えば、石油産業の如きにおいては、その原料たる原油の供給について、海外にすべてを依存している特質に鑑み、海外の事情如何によっては、石油業法の目的のひとつの安定供給目的を阻害されるおそれがでてくる。右目的ひとつについても、時宜に応じた行政指導を本来的に要求されるものであり、競争原理の働かなくなることは致し方ないことである。従って、そのような場合(特に本件の場合)明文がなくとも、競争の存在を前提とする独禁法の適用はありえないものである。

2 損害論についての原告らの反論に対する再反論

被告らのカルテルがなかったならば形成されたであろう価格想定に関する主張に対する原告らの反論は、全く合理的根拠に乏しく、失当である。その理由は左記のとおりである。

(一) 過去の需要の動向は、販売量によって測定する以外にその方法はない。被告らはこの原則に従い、通産省編「石油統計月報」記載の販売量(消費者の手に渡った数量)を需要量として作業したものであるから、原告らから不公正とされるいわれは全くない。要するに、昭和四八年三月から一〇月までの灯油需要量(販売量)を前年同月に比較するとその伸び率は、

三月 二九・三%(当該月の昭和四〇年から同四七年までの平均伸び率 一八・九%)

四月 一八・五%(      同                         一六・四%)

五月 四六・二%(      同                         一五・一%)

六月 六一・九%(      同                         一二・七%)

七月 五〇・八%(      同                         一三・六%)

八月 四四・八%(      同                         一五・八%)

九月 五二・六%(      同                         一五・七%)

一〇月 七五・三%(      同                         一七・三%)

となっており、過去の平均伸び率を大幅に超過している。この著しい需要量の増大はいわゆる公害規制の強化に伴う需要構造の変化、寒波の襲来等に基づくものであり、特に一〇月については、顕在化している需要量だけみても七五%という異常な需要増加であり、これは仮需要の発生に伴うものというべきであって、かかる需要の著しい増大は、当然に小売価格の上昇をもたらすという経済原則の通念を述べたまでのことである。

なお、原告らは、販売量は被告ら業者によって自由に調節でき、被告らがこれを行っていたが如き主張をしているが、もし、原告ら主張の如く、被告らが自由勝手に販売量を調節していたものであるならば、価格上昇を図るため前述した如き予想を超えた需要の発生に応ずる供給をしないであろう。被告ら元売業者が日夜灯油の安定供給に腐心していたからこそ、かかる予想を超える需要の増大に応ずる供給がなしえたのである。

原告らは、昭和四八年三月ないし一〇月の灯油在庫量が急増しているのは、供給を制限した結果であり、これにより共謀による価格引上げを容易にしたものであると反論している。しかし、かかる反論は全く根拠も無く、かつ実情を無視した曲解に基づく主張というほかない。

昭和四八年三月ころ前述した灯油の需要構造の変化と寒波の襲来により、灯油の需給はタイト化した。被告らは、通産省の行政指導に従いながら、灯油の増産に努力を重ね、来るべき灯油需要期にそなえ備蓄を増加せしめたものである。およそ灯油は季節商品であり、その需要量は冬期に著しく増大するので、石油業者は、灯油の安定供給のため灯油需要期に向けて不需要期に灯油を備蓄するよう努力しているのである。従って、毎年一〇月ころに灯油備蓄量が最高になるのは極めて当然の事であって、これをとらえて売り惜しみと論難する原告らの主張は、灯油の需給に関する実情を無視した暴論というほかはない。

(二) 被告ら想定価格の計算前提について

原告らは、本件問題の期間内で国内経費の上昇に見合う技術革新なり合理化がもたらされたが如き口ぶりをもらしているが、被告ら石油業者は、技術革新について不断の努力を続けているが、技術革新というものは一朝一夕になるものではなく、国内経費が上昇したからといって直ちに新技術が開発される訳でもないし、また、本件で問題とされている短期間内に経費を大幅に軽減できるような画期的な新技術が開発されてもいない。また、合理化による経費節約にも限度があり、それのみによってインフレーションによる大幅な国内経費上昇分をカバーできるものではない。

また、原告らも主張する如く、灯油のように価格変動のある商品についての適正価格、あるいは標準価格を想定しようとすれば、特定年度の価格を採ることは誤りであって、一定の長期間の平均値を採ることとするのが統計利用上の常識といわなければならず、しかも、その際極端な年度価格はこれを除外すべきである。被告らが昭和四〇年度から同四六年度までの平均値をとったのは、右の理由に基づくものであって、何人も首肯しうる妥当な方法である。また、右平均値以外に今一つの基準価格として同年二月価格を採用したのは、それが既に詳述した如く、OPECの原油値上げ攻勢に対する通産省の民生用灯油元売仕切価格抑制に関する行政指導直前の自由競争価格であったからである。被告らが過去の同月比を用いたのは、灯油の需要量の伸び率を検討するためであって、価格変動に関し、過去の同月比など問題としたことはない。しかるに、あたかも価格に関し過去の同月比を被告が採った如く主張するのは、原告らの曲解というべく、また、インフレーション昂進期にあっては、直近の時点をとるのがもっとも合理的という原告らの主張はその理由づけに欠け、問題とするに足りない。

(三) 被告ら想定価格の計算結果について

(1)  原油代についての被告らの計算に誤りはない。

察するに、原告ら、被告らの計算値の相異は、為替レートの採り方にあると思われる。被告らは、毎日の東京銀行T・T・S・レート(直物電信為替銀行対顧客売相場)、毎月、日数平均した数値をもって、外国貿易概況によるCIF価格(ドル/kl)を円換算したものであり、この換算レートによる計算は、原油価格の実勢値を正確に表わしていると考える。

(2)  原告らは、原油の値上りが当該月間に元売仕切価格に反映することはありえないと断言し、小売価格に反映するまでにはゆうに六か月を要すると反論している。しかしながら、当該期間のOPECによる予想を超える連続的原油価格の値上げに遭遇した場合の当該原油価格によって形成されるべき製品価格を知るうえで、入着原油代をその月分の製品価格に反映させる被告らの計算方式は、企業会計原則に何ら反するものではなく、また、円滑なる企業活動の確保という観点から当然のことである。

もし、今回のOPEC攻勢による連続的原油価格の一方的値上げに際し、原告ら主張の如く六か月間以上も在庫原料による製品値上げが認められないとすれば、石油業者の借入金は増大の一途をたどり、恒常的支払金利の増加をきたし、企業は弱体化し、倒産という最悪の事態すら招くおそれがあり、かかる事態が万一発生した場合には、石油製品の安定供給という石油業法の目的の達成を不能ならしめることにもなるのである。このような実情を踏まえた場合、原油入着価格の上昇がその月分の元売仕切価格に反映するという被告らの計算方式が最も実情に即した計算方法といわなければならない。

なお、参考までに述べれば、昭和四八年当時の石油備蓄量は、原油、半製品及び製品の合計(中近東等からの海上輸送中のもの及び流通段階の在庫を含む。)で、八〇日分弱であり、海上輸送中の原油等を除いた備蓄量はわずか六〇日分位に過ぎないものであって、六か月以上という原告らの反論は全く根拠のない数字というほかない。

(3)  石油製品の元売仕切価格に関する公式の数字は、昭和三七年一一月の通産省による標準価格設定当時のそれ以外に存在しない。よって、被告らは、この数値を採用したものであって、別段、特別の意図に基づきこの数値を利用したものではない。

(4)  民生用灯油の元売仕切価格が原油の著しい値上りにもかかわらず、通産省により昭和四八年一〇月一日から同四九年五月末日まで、同四八年九月末の実勢価格(九月の価格水準は全社平均約一二、九〇〇円/kl)で凍結されていたことは明らかなところであって、右期間中、民生用灯油元売仕切価格は、右凍結価格で推移したものである。

(四) 国際比較について

原告らは、中東からの灯油輸入が零にもかかわらず、この価格を根拠とする被告らの主張は、前提自体失当といわざるをえないと反論する。しかしながら、当該時期において、原告ら主張の如く灯油の輸入がなされなかったのは、日本の灯油価格が強力な行政指導の結果、世界の一般市況に比し低く形成されていたからである。世界の灯油価格の水準と日本の灯油価格の水準を知るうえで、中東産灯油を我国に輸入した場合の元売仕切価格を試算することには、十分な意味がある(各国とも消費地精製主義を採用している状況から、当時、量的にも輸出が可能な場所は中東以外には存在しなかったのである。)。

第三証拠《省略》

理由

一  被告石油連盟ほか被告元売七社の本案前の主張について

被告石油連盟ほか被告元売七社は、本件のような独禁法違反を理由とする損害賠償請求訴訟は、独禁法二五条に基づき、かつ、同法所定の手続に基づいてのみ認められるものであるから、民法七〇九条に基づき一般不法行為を理由として提起された本件各訴は、いずれも訴訟要件を欠き、不適法として却下されるべきであると主張する。

しかし、独禁法の定める審判制度は、もともと公益保護の立場から、同法違反の状態を是正することを主眼とするものであって、違反行為による被害者の個人的救済を図ることをその直接の目的とするものではない。そして、独禁法違反の行為により損害を被った者は、その行為が民法上の不法行為に該当する限り、審決の有無にかかわらず、違反行為をした事業者に対し、独禁法二五条に基づく訴訟とは別途に損害賠償の請求をすることができるのである(最高裁判所昭和四七年一月一六日判決、民集二六巻九号一五七三頁参照)。

ただ、独禁法二五条に基づく訴訟の場合には、所定の審決が確定した後でなければ訴を提起することができない反面、被告である事業者が故意または過失がなかったことを証明して損害賠償責任を免れることができない(同法二五条二項、二六条)という無過失責任を定めているのに対し、民法七〇九条に基づく訴訟の場合には、審決の有無にかかわらず訴を提起することができるが、原告である被害者が事業者の故意または過失を証明しなければならないという差異があるのである。

従って、原告らの本件各訴は、いずれも適法であるから、これを不適法として却下を求める被告石油連盟ほか被告元売七社の本案前の主張は失当であり、採用することができない。

二  当事者の地位

1  原告ら

原告らが山形県鶴岡市あるいは同県東田川郡に居住するものであることは被告らにおいて明らかに争わず、《証拠省略》によれば、原告らは、いずれも昭和四八年三月から同四九年三月までの間、同市内及び同郡内の鶴岡生協あるいは石油小売販売店から灯油を購入したものであることを認めることができ、これに反する証拠はない。

2  被告ら

(一)  被告元売一二社

被告元売一二社がそれぞれ肩書住所地に本店を置き、石油製品の販売業を営むものであることは記録上明らかであり、被告元売一二社の石油製品それぞれの販売量の合計がいずれも我国における当該製品の総販売量の大部分を占めていることは、原告らと被告石油連盟、同日本石油、同大協石油との間において争いがなく、その余の被告らとの間においては、《証拠省略》によりこれを認めることができ、これに反する証拠はない。

(二)  被告石油連盟

被告石油連盟が肩書住所地に事務所を置き、石油の精製業者、石油製品の元売業者並びに精製業及び元売業を兼業している者を会員とし、昭和三〇年一一月一日に設立された任意団体であり、会員数は、同四八年一二月末日現在三一名であって、被告元売一二社がいずれもその会員であることは当事者間に争いがない。

三  昭和四八年の灯油不足の概況について

1  争いのない事実

中東戦争(昭和四八年一〇月)に端を発したいわゆる石油危機(同年一二月)の状態があったこと、石油危機の中で狂乱物価といわれる時期があったこと、通産省が灯油の行政指導価格として、一八l一缶の店頭渡しの上限小売価格を三八〇円としたこと、山形県鶴岡市内に鶴岡生協が存在することはいずれも当事者間に争いがない。

2  灯油不足の状況

《証拠省略》を総合すると、昭和四八年春ころ、北海道、東北地方、とりわけ旭川、山形などにおいて灯油不足の状態が発生したこと、鶴岡生協の組合員の多くは、同四七年までは毎年九月に、きたる冬期の灯油の使用見込量のチケットを鶴岡生協から購入し、必要に応じてチケットと交換にアポロ月山から納品を受けていたこと、同四八年三月二〇日ころ、アポロ月山の灯油の在庫が底をつき、同月二一日二kl、二三日四klを最後に、二九日に納品が再開されるまで、鶴岡生協関係の納品が途絶えたこと、このため、鶴岡生協は、独自に新潟県や秋田県内などから灯油の緊急導入を図る一方、被告出光興産本社と直接交渉して出荷要請を行ったり、関係団体や行政機関に対し安定供給の働きかけを行ったりしたこと、しかし、同月二九日に灯油の納品が再開されるまでの間、厳しい寒波に見舞われた鶴岡市内において、鶴岡生協の組合員の各家庭は、灯油の需要量の約半分から三分の一程度しか供給を受けることができず、時には一缶の灯油を数軒で分けあうことすらあったことをそれぞれ認めることができ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

そして、《証拠省略》によれば、北海道、東北地方においては、昭和四八年三、四月ころ、灯油の小売価格が急騰し、不需要期の夏期に入っても小売価格は上昇傾向にあったこと、石油危機の際、被告ゼネラル石油において作成した一二月販売方針と題する書面の中に「千載一遇のチャンス」という記述があって、国会でも取り上げられ、石油危機に便乗して価格をつり上げ、不当に利益を得ようとするものであるとして社会的非難を浴びたことを認めることができる。

以下、右のような灯油不足の状態や小売価格の上昇が原告ら主張のように被告らによってもたらされたものであるか否かについて検討する。

四  本件生産調整について

1  はじめに

請求原因4(一)のうち、昭和四七年秋ころ、被告日本石油常務取締役岡田一幸が被告石油連盟営業委員会の委員長であったこと、脇坂泰彦が同四四年六月から同四八年六月まで同連盟需給委員会の委員長であったこと、石油製品はいわゆる均一製品であり、貯蔵力に限界があることなどから、生産過剰が販売価格に影響を及ぼしやすい状況にあったことは原告らと被告石油連盟との間において争いがなく、その余の被告らとの間においては弁論の全趣旨によりこれを認めることができ、被告石油連盟内に同連盟会員三一名から選出された需給委員で構成された需給委員会が設置されていたことは当事者間に争いがない。

ところで、被告石油連盟は、原告ら主張の独禁法八条一項一号に該当する生産調整の事実はすべて否認しているが、他方、昭和四七年度下期及び同四八年度上期については、その主体、目的はさておき、別表一記載の東邦石油株式会社及び富士興産株式会社を除く五グループ及び九社に対し、一般内需用輸入原油の処理量について各社配分を行っていたことは認めている。

そこで、まず昭和四七年度下期、同四八年度上期及び下期について、生産調整の具体的事実の存否を判断し、その後に生産調整の目的、内容とその主体について順次判断することとする。

2  昭和四七年度下期の生産調整について

被告石油連盟需給委員会の下部機構である需要専門委員会が実質国民総生産(GNP)の前年度比伸び率八・三%を基礎として、昭和四七年度下期の需給見直し作業を行ったこと、需給委員長脇坂らは、右需給見直しによる需要予測よりも内需数量を一〇〇万kl低く見積り、同年度下期の一般内需用輸入原油処理量の総枠を、当初九四、〇一二千klとしたこと、右脇坂が需給委員会において提案した各社配分比率が原告ら主張のとおりであること、いわゆる五グループ及び九社が同年度上期において、原油処理量の総枠を合計一、一〇三千kl超過して原油処理を行っていたので、右脇坂が五グループ及び九社に対し、当期の処理量から右超過処理量を差し引いた範囲内で原油処理を行うよう要請したこと、同年一二月一二日に共同石油グループは、今後割当数量を順守する旨発言したことは、当事者間に争いがない。

《証拠省略》によれば、昭和四七年度下期の一般内需用輸入原油処理量の総枠が最終的に九四、八七九千klであったことが認められ、これに反する証拠はない。

そして、前記のとおり、各社配分比率については当事者間に争いがないから、同年度下期の各グループ及び各社の原油処理量とその配分比率は、別表一のとおりであったと認めることができる(なお、総枠の決定を行うのが被告石油連盟であるのか、あるいは通産省であるのか、また、各社配分を行うのが同連盟であるのか、あるいは同連盟とは組織的に区別されるいわゆる需給常任であるのかという点については後に判断する。)。

3  昭和四八年度上期の生産調整について

昭和四八年度上期の一般内需用輸入原油処理量の総枠が八九、七六七千klであったこと、五グループ及び九社が前期の一般内需用原油処理量の総枠を合計で一、〇一五千kl超過して原油処理をしたこと、そのうち共同石油グループだけで五二五千klの超過処理をしていたこと、同年五月一一日、需給委員長脇坂が五グループ及び九社に対し、前期に超過処理をしたグループないし会社は、当期において超過数量を調整したうえ、当期における配分数量を守るよう要請したこと、共同石油グループなどは、右原油処理量の超過は、通産省の増産指導によるものであると主張し、配分案に反対していたが、その後、右主張を撤回し、今後配分数量による原油処理を行う旨の発言をしたことは、当事者間に争いがない。

そして、被告石油連盟は、原油処理量の割当ての決定を否認してはいるものの、昭和四八年四月九日、需給常任が各精製会社に対して当期の生産の目安を与えた事実は認めているのであるから、前記のとおり総枠については争いがないこと及び《証拠省略》に照らしてみると、同年度上期の各グループ及び各社の原油処理量とその配分比率は、別表二のとおりであったと推認することができ、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

4  昭和四八年度下期の生産調整について

被告石油連盟は、昭和四八年度下期については、生産調整の事実そのものを否認している。

これに対し、原告らは、被告石油連盟が公正取引委員会の勧告を応諾し、同委員会が勧告審決を行ったことを援用し、このことから被告石油連盟が生産調整を行った事実を立証しようとしている。

そこで、公正取引委員会の勧告及び審決について判断する。

(一)  公正取引委員会の勧告審決による違法事実の推定

公正取引委員会が昭和四九年二月五日、被告石油連盟に対し、本件生産調整について、同連盟の行為は、原油処理の分野における競争を実質的に制限するもので、独禁法八条一項一号に違反するものとして、同法四八条一項に基づき、「昭和四八年一〇月上旬ころ行った原油処理に関する決定を破棄すること」等の勧告を行ったこと、同連盟がこれを応諾したこと、同委員会が同月二二日同連盟に対し、右勧告と同趣旨の審決を行ったことは当事者間に争いがない。

原告らは、被告石油連盟が右勧告を応諾したことは本件生産調整の事実を認めたことにほかならないと主張し、被告らはこれを争っている。

そこで判断するに、勧告審決の制度は、独禁法違反行為をした者がその自由な意思によって勧告どおりの排除措置をとることを応諾した場合には、あえて公正取引委員会が審判を開始し、審判手続を経て違反行為の存在を認定する必要はないものとし、ただ、その応諾の履行を、応諾者の自主的な履行にゆだねることなく審決がされた場合と同一の法的強制力によって確保するために、直ちに審決の形式をもって排除措置を命ずることとしたものと解される。

すなわち、正規の審判手続を経てされる審判審決が公正取引委員会の証拠による違反行為の存在の認定を要件とし、また、同意審決が違反行為の存在についての被審人の自認を要件としているのに対し、勧告審決は、その名宛人の自由な意思に基づく勧告応諾の意思表示を専らその要件としているのである(最高裁判所昭和五三年四月四日判決、民集三二巻三号五一五頁参照)。

従って、被告石油連盟が公正取引委員会の勧告を応諾し、同委員会が勧告審決をしたからといって、独禁法違反行為の存在が認定されたことにならないことは言うまでもない。

もっとも、被告石油連盟が違反行為の排除措置をとることを応諾した事実によって、審判審決または同意審決の場合に比べて程度が弱いとはいえ、違反行為の存在について事実上の推定が働くことも否定できないところである。

(二)  推定を覆す事実

しかしながら、《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができ、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

昭和四八年一〇月六日第四次中東戦争が勃発し、同月一六日、サウジアラビアをはじめとするペルシャ湾岸六か国がいっせいに原油の供給削減を打ち出したため、我国は従来どおりの原油確保に対する見通しがたたないまま、いわゆる石油危機の状態を迎えた。そして、石油供給計画に基づいて行われていた同年度下期の需給見直しを行うことが困難な状況となったため、政府は、石油危機に対処するため緊急対策本部を設置し、同年一一月から同四九年三月までの間、毎月の需給予測及び石油製品供給目標を策定し、石油業界に対し積極的な指導を行って石油製品の供給確保に努めた。

そして、前記のとおり、勧告審決における独禁法違反行為の事実上の推定力が弱いものであることと右認定の事実を対比して考えると、前記勧告審決による違反行為の事実上の推定は覆されたものというべきである。

他に昭和四八年度下期に原告ら主張の生産調整があったことを認めるに足りる証拠は存しない。

5  石油行政と生産調整

被告石油連盟は、一般内需用輸入原油の処理総量は、石油業法に基づき専ら国が決定するものであり、これを各社に配分していた行為は、同法を執行すべき通産省の依頼に基づくものであって、同法の運用ないしその執行行為として実施されたものであると主張するので、石油行政と生産調整の関係について判断する。

(一)  争いのない事実

昭和三七年一〇月の原油の輸入自由化に対処するため、同年七月石油業法が施行されたこと、同法の施行に伴い、石油精製会社間で激しいシェア競争が生じ、石油製品が生産過剰となり、市況が悪化して石油製品の安定供給が阻害されることが予想されたので、同法施行当初、通産省が石油精製会社に対し、各社が処理しうる輸入原油量を指示していたこと、通産省は、同法が需給調整手段として定める石油供給計画の告示、石油精製会社に対する特定設備の許可制等により、石油製品の安定的かつ低廉な供給を確保することを石油行政の基本としたこと、同三九年一月から同四一年九月までの間、通産省自ら直接各精製会社に対し、原油処理量を割り当てる方式をとって生産調整を行ったこと、同月限りで通産省による生産調整が廃止されたことはいずれも当事者間に争いがない。

(二)  石油業法に基づく石油供給計画

ところで、石油業法の規定によれば、通産大臣は、毎年度、当該年度以降の五年間について石油供給計画を定め、これを告示することになっており(三条)、石油精製業者に関しては、事業及び特定設備(通産省令で定める基準に従って算定した一日の処理能力が一五〇kl以上の石油蒸留設備等)を許可制とし(四条、七条)、石油精製業者に対し、石油製品生産計画の届出義務を課し、さらに、通産大臣は、石油供給計画の実施に重大な支障が生じ、または生ずるおそれがあると認めるときは、石油精製業者に対し、石油製品生産計画の変更を勧告することができる(一〇条一項、二項)とされている。

また、《証拠省略》によれば、通産省は、石油供給計画策定の前提として、被告石油連盟需要専門委員会に当該年度を含め、五年先までの石油製品の需要予測作業を行わせ、これを基礎として需要に対応する供給量を示す石油供給計画を策定していたこと、石油供給計画は、五か年の長期計画である点で特定設備の許可基準として運用されるとともに、当該年度分の供給計画(下期見直しの関係から、より正確には、当該年度上期分の需給計画及び下期の見直し需給計画)は、国として、当該年度における石油製品の安定供給上必要な供給量の目標を示し、石油精製会社に対し、生産活動の指針を与えるものであることが認められる。

(三)  石油業法と生産調整

以上のように、石油業法は、国が必要な限度で石油製品の需給調整を行うことを予定しているものであるが、通産大臣が石油供給計画を告示するだけで適正な需給維持がなされるものでないことは自明であって、《証拠省略》によれば、通産大臣は、いまだかつて石油精製会社に対し、石油製品生産計画について変更勧告権(一〇条二項)を行使したことがないことが認められ、これらの事実にかんがみると、石油精製会社の協力なしには適正な需給を維持し、もって石油製品の安定供給をもたらすことができないことは明らかである。

この点について、《証拠省略》によれば、政府が石油業法施行当初から、石油業界の自主的調整あるいは自主的協力を強く望んでいたこと、そしてこれを利用して石油行政を進めていこうとしていたことが認められる。

以下、生産調整の歴史的経緯を明らかにしながら、生産調整の目的、内容について判断することとする。

(四)  生産調整の歴史的経緯

(1) 石油業法施行当初(昭和三七年七月から九月まで)

《証拠省略》によれば、昭和三七年七月一〇日の石油業法施行後同年九月末までは原油輸入資金の外貨割当制度が存続していたこと、同法施行以前においても外貨割当制度により石油の需給調整が行われていたが、同年七月から九月までの間、通産省は、石油製品の供給過剰を防止するため輸入原油の処理量を制限することとし、石油精製会社に対し、処理しうる輸入原油量の算定基準を指示したことが認められ、これに反する証拠はない。

(2) 昭和三七年度下期から同三八年一二月まで

《証拠省略》によれば、石油業法の施行に伴い、昭和三七年度下期から石油供給計画に基づく需給計画が実施されることになったが、同年一〇月からの原油輸入自由化に際し、駆け込み的設備投資など精製会社間の激しいシェア競争が生じ、同年八月ころ各精製会社から通産省に提出された生産計画による原油処理量の合計は、石油供給計画を大幅に上回るものであったこと、そこで通産省は、石油業界に指示し、石油供給計画に沿った生産枠の配分を行わせようとして、被告石油連盟に生産調整を依頼したが、配分基準について業者間に意見の対立があったので、行政指導による自主調整という方法をとり、配分基準として生産実績、販売実績、設備能力をそれぞれ三分の一ずつ加味した比率(いわゆる三本柱方式)を与えて、同連盟に昭和三七年度下期の生産調整を実施させたこと、そしてこの方式は同三八年度下期分についてまで行われたことを認めることができ、これに反する証拠はない。

そして、《証拠省略》によれば、昭和三八年度下期にあたり、以前から生産調整に不満をもっていた被告出光興産は、同年一一月被告石油連盟を脱退して独自の生産量による生産を開始したこと、これに対し、通産省は、石油業法による通産大臣の勧告を検討しつつ、被告出光興産に対する説得を試みたこと、ようやく昭和三九年一月に至り、従来の生産調整は同三八年一二月限りで廃止し、同三九年一月以降は新規準によって通産省が直接生産調整を行うなどを内容とする当時の石油審議会会長あっせん案を同被告が受諾し、以後同被告も通産省の生産調整に従うことで、この問題が解決したことが認められ、これに反する証拠はない。

(3) 昭和三九年一月から同四一年度上期まで

昭和三九年一月から同四一年九月までの間、通産省は、自ら直接各精製会社に対し、原油処理量を割り当てる方式をとって生産調整を行ったことは、前(一)項で説示したとおりである。

(4) 通産省による生産調整の廃止

昭和四一年九月限りで通産省による生産調整が廃止されたことは、既に判示したとおりである。

《証拠省略》によれば、昭和四一年に入って石油業界の混乱状態が改善され、石油製品の価格動向も一応安定してきたことなどから、通産省は、同年一〇月から生産調整を廃止することとしたが、他方、石油精製会社に対し、エネルギーの大宗をしめる石油製品の安定供給確保の見地から、各社の生産計画が石油供給計画と著しく異なり、供給計画遂行上重大な支障をきたすことのないよう、規律ある生産を強く要請するとともに、地下カルテルは認めないとの方針を打ち出し、さらに、各社の生産状況を監視する体制をとることとしたことが認められ、これに反する証拠はない。

通産省の右方針に照らしてみると、通産省は、自らの手による生産調整は廃止したものの、石油業界の自主的調整を強く要請し、必要に応じて行政指導を行う考えであったものと認めることができる。

(5) 昭和四一年度下期から同四三年度上期まで

《証拠省略》によれば、昭和四一年度下期以降、通産省は、各社の生産状況を監視する体制をとる一方、被告石油連盟の責任者に要請して各社の生産計画を調整させたところ、同四三年度上期までほぼ石油供給計画と一致したことが認められ、これに反する証拠はない。

(6) 昭和四三年度下期以降

《証拠省略》によれば、昭和四三年度下期には、関西石油、富士石油、極東石油工業の三社が新たに精製業の許可を受け、石油業界全体で四五三千バーレルの新増設設備が稼働することとなったことなどから供給過剰となることが予想されたので、通産省は、同年一〇月八日、各精製会社に対し減産要請を行ったこと、これを受けて石油業界では、従来のいわゆる三本柱にガソリンの販売実績を加えた四本柱による配分を実施することとし、以後同四八年度上期まで、四本柱を基本とする石油業界(直接的には被告石油連盟の需給常任)による生産調整が続いたことが認められ、他にこれに反する証拠はない。

6  生産調整の目的、内容

以上(前5(四)項)のような生産調整の歴史的経緯に照らしてみると、通産省による生産調整が廃止された後は、昭和四三年一〇月の減産要請の行政指導を除いて、一般内需用輸入原油の処理に関する各社間の調整は、石油業界の自主的な生産調整によって実施されてきたものと認められるが、前記(四、5、(三)項)判示のように、石油業法の規定に基づく石油製品生産計画の変更勧告権が一度も行使されたことがなく、石油供給計画による石油製品の安定供給を実効性あるものとするには、石油業界の協力が必要であること、また、通産省も石油業界の自主的調整を強く要請していたことを併せ考えると、昭和四七年度下期及び同四八年度上期の生産調整についても、石油供給計画を実施し、適正な需給の実現を図るという通産省の石油行政に対する協力の役割が含まれていたことが認められる。

しかし、《証拠省略》によれば、石油供給計画は、石油精製会社に対し生産活動の指針を与えるものであり、通産省も全体として石油供給計画に沿った石油製品の生産が行われることを期待していたが、石油精製会社から提出される生産計画の合計が石油供給計画に一致することまで求めてはおらず、プラスマイナス五%位の許容範囲を目安としていたことが認められる(石油業法上、石油精製会社に対し、生産計画を供給計画に一致させる義務を課すものでないことは勿論である。)。

そして、昭和四七年度下期についてみても、《証拠省略》によれば、通産省では灯油の需要予測を当初案より三五万kl増量したことが認められ、前記(四、2項)判示のとおり、被告石油連盟需給委員長脇坂らは、GNP伸び率八・三%を基礎とする通産省の需給見直しによる当初予測よりも、本土内需要分を一〇〇万kl低く見積ったことを併せ考えると、両者の差は合計一三五万klあったことになり、石油業界の独自の考慮が入っていたものと認められる。また、昭和四八年度上期についても、前記(四、3項)判示のとおり、共同石油グループは、前期において原油処理量の割当てを大幅に超過したが、これは通産省の増産指導によるものであると主張し、当期における制限に強く反対したものの、右脇坂らから、前期において超過した数量は当期において調整するよう要請され、結局、基本的に前期における通産省案より少ない原油処理量を前提として当期の生産調整に従ったという事情もある。

さらに、石油業法自体、需給調整を図ることによって石油製品の安定低廉供給を目的とするものであり、市況対策という側面があるものといえるし、《証拠省略》によれば、石油業界においても、生産調整によって供給過剰による販売価格の低落を防止する等の市況対策という考慮が働いていたことが認められる。

そうすると、生産調整においては、石油行政に対する協力行為という側面のみならず、市況対策も含めた石油業界独自の需給調整という判断が加わっていたものと認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。

7  生産調整の主体

被告石油連盟は、一般内需用輸入原油処理量の総枠を決定するのは通産省であって、同連盟ではないと主張するが、前記生産調整の歴史的経緯に照らすと、昭和四七年度下期及び同四八年度上期については、通産省は、石油供給計画により石油精製会社に対し生産計画の指針を与えたにとどまり、原油処理量の総枠を決定したのは石油業界であり、直接的には需給常任であったということができる。

被告石油連盟は、需給常任は同連盟と組織的な関係はなく、需給常任が石油精製会社に原油処理量を配分した行為は同連盟の行為とはいえないと主張する。

しかし、《証拠省略》によれば、通産省は、石油業法施行当初は被告石油連盟を指導して生産調整を行わせたが、具体案の決定は同連盟需給委員会が行っていたこと、昭和三九年ころから、生産調整に関しては精製会社の需給委員全員を招集する必要がないということで、五グループ及び九社の需給委員によって構成される需給常任という組織ができ、通産省による生産調整が廃止された後、需給常任の場で原油処理量の決定及び各社配分が行われてきたこと、そして、通産省では、生産調整を行うのは被告石油連盟(具体的には需給委員会)であるとの認識をもっていたこと、石油業界においても一般にそのような認識が通用していたことがそれぞれ認められ(る。)《証拠判断省略》

そうすると、需給常任は、被告石油連盟需給委員会の会議の一形態であり、さらに、右委員会が同連盟から選出された委員によって構成される同連盟の正式な機関である以上、需給常任における原油処理量の総枠及び各社配分の決定は、同連盟の業務として行っていたものと認めるのが相当である。

8  独禁法八条一項一号該当性について

(一)  「事業者団体」

被告石油連盟は、同連盟が独禁法二条二項にいう事業者団体であることについては明らかに争っていないので、これを自白したものとみなす。

(二)  「一定の取引分野」

被告石油連盟は、石油精製、元売業界において競争市場が形成されるのは、各石油製品(油種)ごとの生産と販売の面であって、原油処理の分野というようなものは、独禁法八条一項一号にいう「一定の取引分野」とみることはできないと主張する。

なるほど、原油処理とは、原油を精製するため蒸留装置にかけるという石油精製上の一工程にすぎず(《証拠省略》)、原油処理そのものにおいて取引の分野ということは通常考えることができない。

しかし、《証拠省略》によれば、原油処理は、石油製品の生産を目的として行われるものであること、石油製品は連産品であって、各石油製品が原油から精製される比率(得率)はおおむね定まっており、その変更にはおのずから限界があることが認められ、右事実によると、原油処理量の制限は、石油製品の生産及び販売の制限に通じるものということができる。

このことは逆に、元売業者間の販売競争は、ガソリン、灯油などの各石油製品ごとに行われると共に、石油製品全体についても行われることになるから、全体としての石油製品市場をひとつの取引分野と解することができる。

従って、原油処理量の制限は、全体としての石油製品市場という取引分野における競争を制限するものというべきである。

(三)  「競争の実質的制限」

被告石油連盟は、石油精製業界における原油処理については、独禁法がその規制対象とする競争は存在していないと主張する。

しかし、《証拠省略》によれば、石油精製会社間の競争は、設備が許可制であること、石油供給計画により生産計画の指針が与えられること等大きな制約を受けているものの、自由競争の余地があることが認められるし、前記判示のとおり、石油業法施行当初から激しいシェア競争が行われていたこと、原油処理量の配分をめぐって各社間の意見の対立があり、昭和三八年度下期の出光興産問題(四、5、四、(2)項)や同四八年度上期の共同石油グループ問題(四、3項)などからも、石油精製会社間で競争が行われていたことが認められる。

また、昭和四七、八年当時、被告石油連盟の石油精製会社二四社及び共同石油グループに所属していたアジア共石との原油処理量の合計は、沖縄県を除く国内の原油処理量の九七%余を占めていたこと(この点は被告らは明らかに争わないから自白したものとみなす。)、前(二)項のとおり、石油製品は連産品であり、各油種(製品)間の得率を変更することはある程度可能ではあるがおのずから限界があること、石油精製会社は、石油業法により通産省に対する石油製品生産計画及びその変更の届出を義務づけられているほか、生産監視体制がとられていたこと等を併せ考えると、原油処理量の制限は、全体としてはもちろん石油製品の生産量の制限をもたらすものであり、ひいては石油製品を扱う元売業者間の販売競争を減少させる効果をもつものということができ、その結果、全体としての石油製品市場における有効な競争を期待することはほとんど不可能な状態をもたらすものということができる。

そしてまた、前記(四、2、3項)判示のとおり、需給常任において、需給委員長が各社に対し配分案に従うよう指示したり、前期において超過処理をしたグループまたは会社に対し、当期における配分枠において調整させたことに照らすと、各社配分決定は、厳密にはその通り実施されたとはいえないにしろ、おおむね拘束力をもっていたものと認めることができる。

そうすると、被告石油連盟は、沖縄県を除く国内の原油処理量の九七%余を占めていた同連盟加盟の石油精製会社二四社及びアジア共石に対する一般内需用輸入原油の処理量の総粋を決定し、五グループ及び九社に対する原油処理量の割当てを行うことにより、沖縄県を除く国内における全体としての石油製品市場において、元売業者間の石油製品の販売競争を減少させ、有効な競争を期待することがほとんど不可能な状態をもたらしたものであるから、取引分野における競争を実質的に制限したものということができる。

(四)  被告石油連盟の主張について

被告石油連盟は、一般内需用輸入原油処理量の各社配分は、国が石油業法等に基づいて実施する石油行政に対する補完行為であって、独禁法の規制対象となる行為ではないと主張する。

しかし、被告石油連盟の行った生産調整は、石油行政に対する協力行為の側面もあったが、市況対策を含む独自の考慮も働いていたこと及びこれが独禁法八条一項一号の構成要件に該当することは、既に前8項で判示したとおりであって、同連盟の右主張は失当である。

9  違法性阻却事由の主張について

被告石油連盟は、生産調整は、石油供給計画の実施に不可欠のものであり、石油供給計画に対する符合を求める通産省の指導に対応して行ったものであるから、社会的相当行為であって、違法性が阻却されると主張するので、通産省の行政指導と独禁法との関係について判断する。

通産省設置法によれば、同省は、石油(原油及び石油製品)の生産、流通及び消費の増進、改善及び調整に関する国の行政事務を行う任務を負う(当時の同法三条二号)。

昭和三七年七月の石油業法施行後、通産省は、同法に基づき、毎年度当初に石油供給計画を公表し、当該年度において供給すべき石油製品数量の目標を示すとともに、数年先に供給すべき石油製品の数量に見合う所要の設備能力を確保しうるよう設備許可を与えることによって、石油製品の需給調整を図り、石油の安定供給を確保することを石油行政の基本としたことは、既に(四、5、(一)項)判示したとおりである。

また、通産省が生産調整に関与した程度の強弱については、既に生産調整の歴史的経緯(四、5、(四)項)で判示したとおりであり、昭和四七年度下期及び同四八年度上期について、通産省が個々に具体的な行政指導をしたことまでは認められないにしても、それまでの経緯に照らすと、通産省は、従来から継続していた被告石油連盟による自主的な生産調整を望んでおり、またこれを容認し、石油行政に利用していたものということができる。

ところで、通産省は、前記のとおり石油業法等に基づいて石油行政を行う任務を負うものであるから、その行政目的を達成するため、必要な限度で行政指導を行うことは許容されるところである。

もっとも、石油供給計画によって生産活動の指針を示したうえ、通産省が石油製品生産計画の届出を受理するにあたり、通産大臣の変更勧告権(石油業法一〇条二項)の発動をも含め、生産計画の変更、修正を要請する行政指導を行うことは、ある程度石油精製業者の事業活動を事実上制約するものであり、公正な自由競争の確保を目的とする独禁法の政策とは相容れない側面があることは否定できないが、石油業法制定の経緯に照らすと、同法は、本来、需給調整法としての性格をもち、ある程度事業活動を制約することを予定しているものといえるから、通産省が個々の事業者に対し個別に行政指導を行うなど、同法の運用と認められる場合は、原則としてこれを違法とすることはできない。

(しかし、通産省が我国における石油精製業者の大多数に対し、一律に原油処理量の総枠及び各社割当てを指示してこれに従うよう指導することは、事業者間の共同行為((独禁法八条一項一号、二条六項))を招来する危険が大きく、これに従って、事業者が共同認識をもって共同行為を行った場合には、原則として独禁法に違反するものといわざるをえず、右指導は独禁法上許されるものではない。また、通産省が事業者団体である被告石油連盟を指導して、各事業者に対する原油処理量の総枠及び各社割当てを決定させ、自主的に調整させるという指導方法も、石油精製業者の大多数に対し一律に原油処理量の総枠及び各社割当てを指示してこれに従うよう指導する方法と実質的に異ならないと解しうるから、石油供給計画の実施に重大な支障を生じ、または生ずるおそれが顕著で、適正な需給調整を実現する上で必要やむをえない場合を除いて、独禁法上許されるものではない。)

そこで、昭和四七年度下期及び同四八年度上期の被告石油連盟の生産調整についてみると、前記のとおり、通産省は、従来から継続していた同連盟による自主的な生産調整を望んでおり、またこれを容認し、石油行政に利用したものであり、事業者の共同行為を招来する危険が大きいこと、被告石油連盟においても市況対策を含めた独自の考慮も働いてなされたものであること、前記生産調整の歴史的経緯に照らして判断すると、昭和四七年度下期及び同四八年度上期においては、同三七年七月の石油業法施行当初、同三九年一月から同四一年九月までの通産省による直接割当ての時期及びそれが廃止された直後のように、石油業界の需給秩序が混乱し、放置すれば石油供給計画の実施に重大な支障を生ずるおそれがあり、適正な需給調整を実現する上で必要やむをえない場合であるとは到底認め難く、被告石油連盟の昭和四七年度下期及び同四八年度の生産調整は、通産省の石油行政に対する協力行為の役割を果たしていたとしても、社会的相当行為として違法性が阻却されるものということはできない。

よって、被告石油連盟の右主張は失当である。

10  独禁法の適用除外の主張について

独禁法、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の適用除外等に関する法律並びに石油業法には、石油精製業者の原油処理量の制限行為について独禁法の規定を適用しない旨の規定は存在しない。

被告石油連盟は、石油企業は、ガス、電気企業と同様公益事業的色彩の濃厚な企業体であり、石油業法は、自由競争を一定限度で制約する経済立法であり、石油行政とこれに対する石油業界の協力行為とが一体となって初めて同法の目的とする行政が完成するものである点にかんがみれば、石油行政に対する協力行為である本件生産調整についても、ガス、電気事業に関する適用除外の規定を準用すべきであると主張する。

しかし、石油産業は、地域独占制及び料金認可制をとるガス、電気事業と同一に論ずることはできないし、前記(四、8、(三)項)のとおり、石油精製業界においても自由競争は行われており、市場機構は十分作用しているものと認められるから、直ちに独禁法の適用除外の規定を準用すべきものとは思われない。

また、《証拠省略》によれば、石油危機に際し、昭和四八年一一月三〇日、通産省事務次官が公正取引委員会事務局長との間に「石油需給適正化法及び国民生活安定緊急措置法の実施等に関する覚書」を取りかわし、通産大臣または主務大臣の指示監督に基づいて事業者または事業者団体の行う一定の行為については、独禁法に抵触しないものであることを確認した(同年一二月六日、右事務局長と経済企画庁事務次官との間にも同趣旨の覚書が取りかわされた。)こと、右覚書には、通産大臣または主務大臣の指示監督に基づいて行う協力措置とは、政府の施策に対する協力措置でおって、カルテルを意味するものではないと記載されていることが認められ、前項に判示したような行政指導と独禁法との関係に照らしてみると、右覚書が独禁法の適用除外を認めたものであるとか、公正取引委員会が独禁法違反となる行為であってもこれを違反に問わないことを確認したものであると解することはできない。

よって、被告石油連盟の右主張は失当である。

11  まとめ

以上の次第で、被告石油連盟の昭和四七年度下期及び同四八年度上期における一般内需用輸入原油の処理量に関する生産調整は、独禁法八条一項一号に該当する。

五  本件価格カルテルについて

原告らは、被告元売一二社が昭和四七年一一月二七日から同四八年一一月六日までの間に五回にわたって石油製品の値上げ協定(価格カルテル)を行ったと主張し、具体的事実として、同年一月、二月、八月、一〇月及び一二月の各値上げについて、灯油を含む石油製品全般にわたってカルテルの存在を主張しているが、本件各訴は、原告らが購入した灯油に関する損害賠償請求であることは請求自体明らかであるので、以下、灯油につき原告ら主張のカルテルの存否を判断する。

1  灯油の区分について

(一)  白灯油と茶灯油

《証拠省略》によれば、灯油には、日本工業規格の上でJIS一号とJIS二号の二種類があり、一号灯油は白灯油、二号灯油は茶灯油と呼ばれ、茶灯油は専ら産業用に使用されることが認められ、これに反する証拠はない。

(二)  民生用灯油と工業用灯油

《証拠省略》によれば、通産省は、昭和四六年四月、石油業界の製品値上げに際し、一般消費者に直結する灯油については価格上昇防止につき指導する方針を公表し、同年一〇月及び一一月には、白灯油の元売仕切価格を各元売会社の同年二、三月平均価格水準に据置くとの指導を行ったこと、同年一一月二五日付の文書で家庭用白灯油という表現を用いたこともあるが、一般的には、通産省では、専ら産業用に使用される茶灯油と対比して、白灯油のことを民生用灯油と呼んでいたこと、従って、工場などの大口需要家に対して販売する白灯油も民生用灯油に含まれていた時期があったこと、通産省は、昭和四八年一〇月に至り、一般家庭で燃料用として使用される白灯油のことを家庭用灯油と呼ぶことを明確にし、家庭用灯油の元売仕切価格を同年九月末価格水準に据置くとの指導を行い、同年一一月、家庭用灯油と工業用灯油(工場などの大口需要家に対して販売される白灯油)及び小口業務用白灯油とが流用されることがないようにとの指導を行ったことが認められる。

また、《証拠省略》によれば、右家庭用灯油と工業用灯油は、品質、外観においては同一の製品であるが、その供給先によって取扱いが区別されているものであることが認められる。

ところで、被告元売一二社は、民生用灯油が一般家庭の燃料用灯油を意味するものであるとの前提で、昭和四六年四月以来通産省の指導により民生用灯油と工業用灯油との区別がなされ、民生用灯油についてはガイドライン方式の行政指導が行われていたと主張し、これに沿う《証拠省略》があり、また、《証拠省略》を総合すると、本件訴訟で問題となる同四七年末ころには、被告元売一二社のうちほとんどの会社が民生用灯油と工業用灯油とを区別していたことが認められる(なお、《証拠省略》によれば、被告太陽石油は、同四八年一〇月ないし一二月ころまでは民生用、工業用の区別なく単に白灯油として取扱っていたことが認められる。)。

そうすると、前記認定のとおり、民生用灯油という用語自体、通産省と石油業界とにおいて必ずしも同一の意味で使われていたわけではないが、石油業界においては、昭和四七年末ころには、おおむね民生用灯油を被告ら主張のように一般家庭の燃料用灯油を意味するものとして取扱っていたものということができる。

原告らは、被告元売一二社の五回の価格カルテルにはいずれも民生用灯油(家庭用灯油)が含まれていたと主張するのに対し、被告元売一二社は、五回の価格カルテルをいずれも否認したうえ、昭和四八年八月以外に民生用灯油の指導上限価格の改訂がなされたことはないし、同月の価格改訂も通産省の行政指導として行われるガイドラインの改訂によるものであると主張するので、以下、原告ら主張のように民生用灯油を含むカルテルが行われたか否かについて判断する。

2  公正取引委員会の勧告審決並びに勧告審決による違法事実の推定

原告らは、被告元売一二社が公正取引委員会の勧告を応諾し、同委員会が勧告審決を行ったこと等から、被告元売一二社が値上げ協定を行った事実を立証しようとしており、被告らは、右勧告応諾は、通産省担当官の慫慂に従ったものであり、勧告審決には違法行為の事実上の推定力はないと主張するので、以下、順次判断をする。

(一)  公正取引委員会の勧告及び審決について

公正取引委員会が昭和四九年二月五日被告元売一二社に対し、本件価格カルテルについて、同被告らの各行為は、石油製品の販売分野における競争を実質的に制限するもので、独禁法二条六項にいう不当な取引制限に該当し、同法三条後段に違反するものとして、同法四八条一項に基づき、「被告元売一二社は、昭和四八年一一月上旬ころに行った石油製品の販売価格の引上げに関する決定を破棄すること」等の勧告を行い、同被告らがこれを応諾し、同月二二日、同委員会が右勧告と同趣旨の審決を行ったことは当事者間に争いがない。

《証拠省略》によれば、公正取引委員会が右勧告審決において認定した事実は次のとおりであると認められる。

(1) 昭和四七年一一月下旬ころ、灯油を一kl当り五〇〇円(同年一〇月比)、同四八年一月一日から引き上げる旨決定した。

(2) 昭和四八年一月上旬ころ、灯油を一kl当り一、〇〇〇円(同四七年一〇月比)、同四八年二月一日から引き上げる旨決定した。

(3) 同年五月一四日、灯油を一kl当り一、〇〇〇円(同年六月比)、同年七月一日から引き上げる旨決定したが、同年六月下旬ころ、右実施期日を同年八月一日からとする旨決定した。

(4) 同年九月上旬ころ、民生用灯油を一kl当り一、〇〇〇円、工業用灯油を一kl当り二、〇〇〇円(各同年六月比)、同年一〇月一日から引き上げる旨決定した。

(5) 同年一一月上旬ころ、工業用灯油を一kl当り六、〇〇〇円(同年六月比)、同年一一月中旬から引き上げる旨決定した。

(二)  勧告審決による違法事実の推定とその限度

ところで、被告らが公正取引委員会の勧告を応諾し、同委員会が勧告審決をしたからといって、独禁法違反行為の存在が認定されたことにはならないが、被告らが違反行為の排除措置をとることを応諾した事実によって、違反行為の存在について事実上の推定が働くことは、生産調整に関して判示したとおりであるが、前記のとおり、公正取引委員会が勧告審決の主文で直接破棄を命じているのは、昭和四八年一一月上旬ころに行った石油製品、すなわち工業用灯油の販売価格の引上げ決定についてであるので、前記(1)ないし(4)の灯油及び民生用灯油についても独禁法違反行為が存在したとの事実上の推定が働くか否かという点が問題となる。

そこで判断するに、勧告審決は、その名宛人の自由な意思に基づく勧告応諾の意思表示を専らその要件としているものであること及び名宛人が違反行為の排除措置をとることを応諾したことを根拠に違反行為の存在について事実上の推定が働くことにかんがみると、本件価格カルテルの存在について事実上の推定が働くのは、公正取引委員会が審決主文において被告元売一二社に排除措置を勧告し、同被告らにおいて応諾の意思表示をした昭和四八年一一月上旬ころに行った工業用灯油の販売価格の引上げ決定についてのみであると解するのが相当である。

なお、第一回の価格カルテルが行われ、競争制限状態が発生し、その状態が継続中に第二回の価格カルテルが行われた場合、後者は前者による競争制限状態を前提として行われるものであるから、前者は後者に吸収され、二つのカルテルは統一して第二回のカルテルとなり、次に、第三回のカルテル、さらに第四回のカルテル等、右同様にそれまでの競争制限状態を前提として順次カルテルが行われ、第五回のカルテルが締結された場合には、第五回のカルテルは、原則として第一回から第四回までのカルテルを吸収し、第一回のカルテル成立以降競争制限状態が継続した一つのカルテルとなるとして、第五回のカルテルの破棄を命じる勧告審決は、それまで継続していた第一回から第四回のカルテルによる競争制限状態の破棄をも命じており、これらのすべてについて違反行為の存在が事実上推定されると解する余地がないではない。

しかし、本件の場合、前記のとおり、(1)ないし(3)までは単に灯油(民生用灯油及び工業用灯油)についてカルテルの認定がなされているが、(4)については民生用灯油、工業用灯油を区別してカルテルの認定がなされ、(5)については工業用灯油についてのみカルテルの認定がなされているのであり、(5)のカルテルが(1)ないし(4)の民生用灯油の競争制限状態を前提として継続して行われたものではないから、(1)ないし(4)のすべてについて違反行為の存在が事実上推定されると解する余地はないものというべきである。

そこで、以下、勧告審決以外の証拠によって、民生用灯油の価格カルテルの存在を認めることができるか否かについて判断する。

3  昭和四八年一月値上げの協定について

(一)  値上げに至る経緯

《証拠省略》によれば、被告石油連盟加盟の石油製品元売会社のうち、エッソ、モービルを除く被告元売一二社は、昭和四七年一〇月ころから、被告各社の営業担当役員の会合あるいは被告日本石油等大手六社の営業担当役員の会合において、サウジアラビアをはじめとするペルシャ湾岸六か国と国際石油会社との間で締結されたテヘラン協定(同四六年二月一五日発効)のインフレーション条項による同四八年一月一日からの原油の値上り(OPEC第五次値上げ)等に対処するため、コストアップ分を石油製品販売価格に転嫁して右同日から値上げするため協議を開始し、同四七年一一月二七日には、同四六年四月以来の一〇セント負担(これについては、後に行政指導の項で詳述する。)をやめ、従来業界が負担していた損失を回復することを前提にして右原油の値上りによる製品値上げを行う方針を決めたが、同四七年一二月四日には、通産省担当官の意向に沿い、一〇セント負担を継続することとしたこと、これを受けて野田進一郎を座長とするスタディグループ(被告石油連盟営業委員会の下部機構である重油専門委員会)がコストアップ計算を行い、同四七年一〇月販売価格比で一kl当り全油種加重平均約三四〇円の値上げが必要であると算出したうえ、各油種別の必要値上げ幅の原案を作成したこと、同年一二月七日には被告日本石油、同出光興産、同共同石油、同昭和石油、同三菱石油、同シェル石油の会合で、同月一八日にはその余の被告会社も加えた会合で、同四八年一月一日からの各油種別の必要値上げ幅を決定したことをそれぞれ認めることができ、他に右認定を左右する証拠はない。

(二)  民生用灯油についての値上げ協定の有無

(1) 昭和四八年一月一日からの石油製品販売価格の値上げに関し、民生用、工業用の区別なく単に灯油について、一kl当り五〇〇円(同四七年一〇月比)の値上げ協定が成立したことを直接うかがわせる証拠として、《証拠省略》がある。

(2) また、《証拠省略》によれば、昭和四七年一二月当時、灯油の元売仕切価格は、通産省が同四六年一〇、一一月に指導した上限価格(全社平均で一kl当り一二、〇八一円)よりも一、〇〇〇円ないし一、五〇〇円も低かったので、そのころ、被告出光興産、同共同石油、同キグナス石油においては、低値を是正し、目標額である右指導上限価格を実現するよう各支店に指示しており、被告ゼネラル石油においても同様民生用灯油について、同四七年九月比で一、五〇〇円の上乗せを行うよう指示していることが認められる。

(3) さらに、《証拠省略》によれば、被告出光興産松本支店においては、特約店に対し、民生用、工業用の区別なく、灯油について一kl当り昭和四八年二月一日から五〇〇円、同月一六日から五〇〇円、合計一、〇〇〇円の元売仕切価格の値上げが行われたこと、同仙台支店から本件原告らと直接関連をもつアポロ月山に対し、一kl当り同年一月五〇〇円、二月五〇〇円、計一、〇〇〇円の元売仕切価格の値上げが行われたこと、被告日本石油札幌支店においても、右同様計一、〇〇〇円の値上げが行われたこと、被告大協石油仙台支店においても同年一、二月で同じく計一、〇〇〇円弱の値上げが行われたことをそれぞれ認めることができる。

(4) 他方、《証拠省略》を総合すると、被告石油連盟営業委員会(被告元売一二社及びエッソ、モービルの各営業委員により構成)委員長岡田一幸をはじめとする被告元売一二社の営業担当役員らは、昭和四六年四月及び同四七年四月の行政指導(これらについては後に詳述する。)の経緯から、原油値上りに伴うコストアップ分を製品価格に転嫁して全油種の値上げを行う場合には、通産省担当官の事前の了承をとりつける必要があるとの認識を有していたこと、右岡田は、同年一二月及び同四八年一月に、それぞれ同年一月及び二月の各値上げについて通産省に説明に赴いた際、石油計画課長鈴木両平から、右一月及び二月の各値上げについては、民生用灯油(家庭用灯油)の値上げは認めない旨の指導を受けたので、前記スタディグループにその旨指示したこと、これを受けてスタディグループが作成した油種別値上げ案には灯油の値上げ金額らんを零とする旨の記載があることが認められ、また、《証拠省略》中にも、昭和四八年一月及び二月は、民生用灯油の値上げは行わなかったとの証言及び供述記載がある。

そして、《証拠省略》中には、被告出光興産仙台支店のアポロ月山に対する昭和四八年一、二月各五〇〇円の値上げは、従来特価補助ということで他の特約店に対するよりも安く仕切っていたのを、アポロ月山の経営内容が改善されたので他の特約店並みに値戻しをしたにすぎない旨の証言がある。

(5) また、民生用、工業用の区別なく単に灯油について値上げ協定を自白している検察官に対する供述調書(前掲(1)記載の各証拠)もあるが、灯油を除いて値上げ協定を自白している検察官に対する供述調書も存在するうえ、右値上げ協定を自白した者の多くがその後に供述を覆しこれを否認していること、また、被告元売一二社の中には、灯油の低値を是正し、指導上限価格を実現するよう支店に指示した会社がいくつかあり、支店においても昭和四八年一、二月合計一、〇〇〇円の値上げを行ったところがあることは前記(2)、(3)のとおりであるが、被告会社が各々独自に指導上限価格の範囲内で値上げを行うことは何ら違法なことではない。そして、他に被告元売一二社が共同して指導上限価格の実現をめざす旨の協定をしたことを認めるに足りる証拠もない。

(6) 以上認定の事実及び各証拠を対比、総合して判断すると、結局、民生用灯油に関する一月値上げの協定は、これを認めるに足りる証拠はないというべきである。

4  昭和四八年二月値上げの協定について

(一)  値上げに至る経緯

《証拠省略》によれば、被告元売一二社は、昭和四八年一月八日、サウジアラビア等四か国と国際石油会社との間で締結された事業参加協定(リヤド協定またはパーティシペーションともいい、同年一月一日発効)に伴う原油の値上り等に対処するため、コストアップ分を石油製品販売価格に転嫁する協議を開始したこと、これを受けて前記スタディグループがコストアップ計算を行い、同四七年一〇月販売価格比で一kl当り全油種平均約六八〇円の値上げが必要であると算出したうえ、各油種別の必要値上げ幅の原案を作成したこと、同四八年一月一〇日及び同月一八日の被告元売一二社の営業担当役員らの会合で、同年二月一日からの各油種別の必要値上げ幅を決定したことをそれぞれ認めることができ、他に右認定を左右する証拠はない。

(二)  民生用灯油についての値上げ協定の有無

(1) 昭和四八年二月一日からの石油製品販売価格の値上げに関し、民生用、工業用の区別なく単に灯油について、一kl当り同四七年一〇月比一、〇〇〇円の値上げ協定が成立したことを直接うかがわせる証拠として、《証拠省略》がある。

(2) また、被告出光興産、同共同石油、同ゼネラル石油等において、灯油の元売仕切価格の低値を是正し、目標額である指導上限価格の実現に努めていたこと、被告出光興産仙台支店からアポロ月山に対し、昭和四八年二月に一kl当り五〇〇円の値上げがなされたこと、被告日本石油札幌支店、同大協石油仙台支店においても、同年一、二月に一kl当り合計約一、〇〇〇円の値上げがなされたことは既に認定したとおりであり、さらに、《証拠省略》によれば、被告ゼネラル石油は、同年二月値上げとして、一kl当り一月比五〇〇円の値上げ指示を行っていることを認めることができる。

(3) しかし、昭和四八年一月及び二月値上げについては、民生用灯油は含まれていないとする前掲各証拠があり、また、被告元売一二社が共同して指導上限価格の実現をめざす旨の協定をしたことを認めるに足りる証拠もない。

(4) 結局、民生用灯油に関する二月値上げの協定は、これを認めるに足りる証拠はないということになる。

5  昭和四八年八月値上げの協定について

(一)  値上げに至る経緯

《証拠省略》によれば、被告元売一二社は、昭和四八年四月ころから、当時産油国と国際石油会社との間で進められていたジュネーブ協定(同四七年一月二〇日発効)の改定に伴う原油価格の値上り及び国際石油会社の市況調整による値上りに対処するため、コストアップ分を石油製品販売価格に転嫁することを検討しはじめたこと、当時公害規制との関係から中間留分(灯油、軽油及びA重油)の需要が増大し、これに伴い軽質原油の輸入促進が要請される状況にあったこと、そこで石油業界では、中間留分の価格を引き上げて軽質原油の輸入促進を刺激しようということになり、中間留分の値上げの協議を開始したこと、これを受けて前記スタディグループがコストアップ計算を行い、必要値上げ幅の原案を作成したことを認めることができ、他に右認定を左右する証拠はない。

(二)  七月値上げの協定及びその延期

《証拠省略》を総合すると、昭和四八年五月一四日、被告元売一二社の営業担当役員らの会合において、同年七月一日から、民生用、工業用の区別なく灯油について、一kl当り同年六月比一、〇〇〇円の値上げをすることなど中間留分を中心とする値上げの合意ができたこと、ところが同年六月二九日ころ、通産省石油計画課長鈴木両平は、新たに被告石油連盟営業委員会委員長となった斎藤純一や被告各社に対し、国会開会中でもあり値上げは好ましくないということで、右値上げの実施を一か月延期するよう要請し、被告太陽石油を除くその余の被告各社は、初要請に従って値上げの実施を延期することとし、同年七月二日被告大協石油、同太陽石油を除く被告各社の、同月二三日被告大協石油ら六社の営業担当役員の会合において、同年八月一日から灯油について、一kl当り同年六月比一、〇〇〇円の値上げをすることの合意をしたことをそれぞれ認めることができ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない(なお、右値上げの合意が価格カルテルに該当するか否かについては、後に行政指導との関連で判断する。)。

6  昭和四八年一〇月値上げの協定について

(一)  値上げに至る経緯

《証拠省略》によれば、被告元売一二社は、昭和四八年八月二七日、改定後の新ジュネーブ協定(同年六月一日発効)による同年八月及び一〇月以降の原油価格の値上りに対処するため、コストアップ分を石油製品販売価格に転嫁する協議を開始したこと、これを受けて前記スタディグループがコストアップ計算を行い、必要値上げ幅の原案を作成したことを認めることができ、他に右認定を左右する証拠はない。

(二)  民生用灯油についての値上げ協定の有無

《証拠省略》を総合すると、昭和四八年九月三日、被告元売一二社の営業担当役員らの会合において、同年一〇月一日から、民生用灯油について、一kl当り同年六月比一、〇〇〇円、工業用灯油について、一kl当り同年六月比二、〇〇〇円の値上げをする合意ができたことを認めることができ、他に右認定を左右する証拠はない(なお、右値上げの合意が価格カルテルに該当するか否かについては、後に行政指導との関連で判断する。)。

7  昭和四八年一二月値上げの協定について

前記公正取引委員会の勧告審決においても、昭和四八年一二月値上げに関しては工業用灯油についての値上げ協定しか認定されていないし、本件全証拠によっても、右一二月値上げの協定に民生用灯油が含まれていると認めることはできない(なお、原告らは、仮に民生用灯油についての値上げ協定が存在しないとしても、工業用灯油についての値上げ協定が行われれば、これと品質、外観において同一の製品である民生用灯油も当然に値上りを生ずる旨主張するが、この点に関しては、後に被告らの独禁法違反行為と原告らの損害発生との相当因果関係の項で判断する。)。

8  行政指導との関係について

被告元売一二社は、本件価格カルテル否認の事情として、昭和四七、八年ころ原油価格が大幅に上昇したにもかかわらず、民生用灯油(家庭用灯油)の元売仕切価格は、通産省の行政指導によって上限価格が抑制されていたため、これを無視してカルテルによって値上げを策するようなことは全く不可能であった旨主張している。

そこでまず、民生用灯油に関する行政指導の実態について判断することとする。

(一)  昭和四六年四月の行政指導(一〇セント負担の指導等)

《証拠省略》を総合すると次の事実を認めることができ、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

石油業界は、OPECの昭和四五年一一月の第一次値上げ、前記テヘラン協定による同四六年二月一五日からの第二次値上げ及び同協定による同年六月一日からの第三次値上げに伴う原油の値上りに対処するため、被告石油連盟営業委員会において、石油製品の値上げについて検討することとし、これを受けて前記スタディグループがコストアップ計算を行い、オールジャパンとしての原油値上り額を一kl当り一、一一三円とし、これに基づいて等価比率方式を原則とする各石油製品への油種別展開案を作成した。同委員会は、同年二月二二日、右展開案をもって同委員会の値上げ案とすることを決定したが、これに対し、通産省は、同年三月中旬ころ、当時の経済政策、物価対策、民生対策等の観点から被告石油連盟に対し、コストアップの一部を負担するよう強く要請し、同月下旬ころ、具体額として原油一バーレル当り約一〇セント(製品換算で一kl当り約二三五円)を石油業界に負担させるとの方針を指示した。そこで、同委員会では、右要請に従って、一〇セント負担を前提としたコストアップ計算に基づいて、灯油一kl当り一、〇〇〇円の値上げを含む油種別展開案を協議し、通産省担当官にもこれを報告していた。

ところが、同年四月一三日ころ、被告石油連盟会長不在のため代理として呼び出された大西彰一は、通産省石油計画課長栗原昭平から、右灯油一、〇〇〇円の値上げは認められないのでこの分をナフサ、C重油に上乗せして転嫁するよう指示された。そして、通産省と同委員会とがさらに協議し、同日、石油業界は、一kl当りの平均コストアップを製品換算で一、一〇〇円、一〇セント負担後の平均値上げ幅を八六〇円とする通産省の油種別展開案を了承し、これに従うこととした。同月一六日、通産大臣は、右試算された原油値上りに伴うコストアップ分(製品換算で一kl当り約一、一〇〇円)のうち、一バーレル当り約一〇セント分を石油業界の負担とし、残余の約八六〇円を石油製品価格に転嫁することを認める指導(いわゆる一〇セント負担の指導)を行い、同時に、一般消費者に直結する灯油については、価格上昇防止につき所要の指導を行うとともに、その他の油種についても便乗値上げが行われないよう警告する旨の指導方針を発表した。

そうすると、昭和四六年四月の石油製品の値上げに際し、通産省は、前記一〇セント負担の指導により石油製品の平均値上げ幅の上限を抑制するとともに、右の平均値上げ幅を油種別に展開した各油種の値上げ幅の上限をも設定して一定の抑制指導を行い(被告らのいうガイドライン方式による指導に該当する。)、併せて一般消費者向けの灯油の値上げ防止の行政指導を行ったものということができる。

(二)  昭和四六年一〇、一一月の行政指導

《証拠省略》によれば、通産省は、被告石油連盟会長及び全国石油協同組合連合会等の団体の代表者に対し、同省鉱山石炭局長荘清名義の昭和四六年一〇月二八日付及び同年一一月一八日付の各書面により、灯油が国民生活に密着した物資であり、その価格安定が国民生活の安定の見地から重要であるため、元売各社の白灯油仕切価格を同年二月から三月の各社の平均価格以下にするよう指導したことを認めることができ、他にこれに反する証拠はない。

そうすると、同年一〇、一一月ころも、同年四月の灯油に関する前記指導が継続していたものということができる。

(三)  昭和四七年四月の石油製品の値上げについて

《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができ、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

石油業界は、前記ジュネーブ協定による昭和四七年一月二〇日からのOPEC第四次値上げに伴う原油の値上り等に対処するため、同月下旬ころから、被告元売一二社の営業担当役員らの会合において、前記一〇セント負担の打切りを前提とするコストアップ分の製品価格への転嫁について協議を開始し、その旨通産省に連絡したところ、通産省は、一〇セント負担の打切りは明確に拒否し、経済企画庁の強い反対を理由に、製品価格への転嫁についても難色を示した。そこで、同年二月三日、通産省担当官と石油業界首脳との会議が行われ、その席上営業委員長岡田から、石油業界の収支見通しと値上げの必要性の説明がなされ、オールジャパンとしての必要値上げ幅を一kl当り平均約三〇〇円とし、等価比率方式を原則としてこれを油種別に展開したスタディグループの原案が示された。その後、通産省は、民生用灯油への転嫁を零として右平均値上げ幅について了承し、今後値上げの必要が生じたときは、予め話しに来るようにとの指示を与えたが、同四六年四月のように、油種別の値上げ幅について具体的に変更を指示したり、決定したりはしなかった。

被告元売一二社は、昭和四七年四月の石油製品の値上げについても、同四六年四月と同様、事前に営業委員会で原案を作成し、通産省がこれに基づき価格改訂を検討するというガイドライン方式による行政指導が行われ、ここにガイドライン方式が確立した旨主張するが、右事実関係に照らすと、同四七年四月値上げは、その過程において、通産省担当官と石油業界首脳との会談が行われ、同委員会で検討していた値上げ案の説明が行われたり、最終的に値上げ案について通産省担当官が了承した事実は認められるけれども、全体としてみると石油業界が自発的に値上げを図り、その内容を決定したものということができる。

そうすると、右値上げに関して、通産省がいわゆるガイドライン方式による価格指導をしたものと認めることはできない。

(四)  昭和四八年一月の石油製品の値上げについて

被告元売一二社が昭和四七年一一月二七日ころ、原油値上りに伴う製品値上げを行う方針を決めたが、同年一二月四日、通産省担当官の意向に沿い、前記一〇セント負担を継続することとし、これを前提に油種別値上げ案を決定したことは既に認定した(五、3(一)項)とおりである。

《証拠省略》によれば、同月二〇日、営業委員長岡田は、製品値上げについて通産省の了承を得ることが必要であると考え、石油計画課長鈴木を訪問し、同月一八日に決定した値上げ案(前記五、3、(二)項判示のとおり、民生用灯油は含まれていない。)の大筋について説明したが、細かい数字については説明をしなかったこと、同月二四日ころ、スタディグループ座長野田進一郎は、通産省石油計画課計画調査班長田村勝則に対し、具体的な油種別展開案を示して説明を行い、了承を得たことを認めることができる。

しかし、前記事実関係並びに《証拠省略》に照らすと、通産省は、当時、便乗値上げを認めず、価格抑制のため随時必要な指導を行うとの観点から、一〇セント負担の継続等の指導はしていたものの、具体的な油種別値上げ幅の設定はしていないし、また、通産省の了承を得なければ石油製品の値上げを実施することができないような状況にあったとは認められない。

さらに、《証拠省略》によれば、被告元売一二社は、昭和四八年一月値上げに際し、価格協定を行ったことを公正取引委員会や業界新聞に察知されないようにするため、各社の値上げ実施日をばらばらにするよう取り決めており、また、被告日本石油のように、公正取引委員会に注意せよという趣旨で、値上げ指示文書に小鳥のマークをつけている会社もあったことが認められ、これらの事実に照らすと、昭和四八年一月の値上げは、全体としてみると、石油業界が自発的に値上げを図り、その内容を決定したものということができる。

そうすると、右値上げに関して、通産省がいわゆるガイドライン方式による価格指導をしたものと認めることはできない。

(五)  昭和四八年二月の石油製品の値上げについて

被告元売一二社が昭和四八年一月一〇日及び一八日、原油の値上りに伴う製品値上げを協議し、油種別値上げ案を決定したことは既に認定した(五、4、(一)項)とおりである。

《証拠省略》によれば、同月一〇日、営業委員長岡田は、石油計画課長鈴木の求めに応じて被告日本石油販売部長松浦達也と共に通産省に赴き、右値上げ案(民生用灯油が含まれていないことは前記のとおりである。)について説明したところ、右鈴木は、右値上げの内容をおおむね了承するが、数字は事務局につめさせる旨発言したこと、石油計画課角南班長は、スタディグループの一員である田中一正に対し、値上げの計算根拠となる資料を提出させ、同月二〇日に至り、右値上げ案の内容について了承を与えたことを認めることができ、他にこれを左右するに足りる証拠はない。

しかしながら、通産省が便乗値上げを認めず、価格抑制のため随時必要な指導を行うとの観点から、一〇セント負担の継続等の指導はしたものの、具体的な油種別値上げ幅の設定はしていないし、また、通産省の了承を得なければ石油製品の値上げを実施することができないような状況にあったとは認められないことは前記(五、8、(四)項)判示のとおりであり、これらの事実に照らすと、昭和四八年二月の値上げは、全体としてみると、石油業界が自発的に値上げを図り、その内容を決定したものということができる。

そうすると、右値上げに関して、通産省がいわゆるガイドライン方式による価格指導をしたものと認めることはできない。

(六)  昭和四八年六月の行政指導(いわゆるチャラ論指導)

《証拠省略》によれば、昭和四八年六月一八日、通産省石油計画課角南班長は、被告石油連盟営業委員会に出席し、新ジュネーブ協定による同月一日からの原油の値上り分は、同年二月一四日以降の円高による為替差益とほぼ相殺される(チャラ)から、原油の値上り分を石油製品へ価格転嫁してはならないとの方針を明らかにしたことが認められるが、これは、通産省が価格抑制のために行った行政指導であるということができる。

(七)  昭和四八年七月(延期後八月)の石油製品の値上げについて

昭和四八年五月一四日、被告元売一二社の営業担当役員らの会合において、灯油を含む中間留分を中心とする値上げ案が作成されたことは既に認定した(五、5、(一)項)とおりである。

《証拠省略》によれば、被告出光興産の出光昭は、同年六月二〇日ころ、斎藤純一(同月二三日正式に被告石油連盟営業委員長に就任)の命を受け、前記角南班長及び田村班長に対し、被告出光興産の社内用資料に基づいて右値上げの内容を説明したが、角南班長は、オールジャパンの資料による説明でなければ困ると答えたこと、ついで同月二六日、営業委員長斎藤は、同副委員長松井達夫、泉純吉、説田長彦と共に新役員就任の挨拶もかねて通産省を訪問し、同年七月一日からの値上げ案の概要を説明したこと、同年六月二八日ころ、石油計画課長鈴木は、野田進一郎から右値上げ案の説明を聞いたうえ、これを了承したことをそれぞれ認めることができ、他にこれを左右する証拠はない。

そして、翌二九日ころ、国会開会中であることなどを理由に営業委員長斎藤及び被告各社に対し、値上げの実施を一か月延期することを要請し、石油業界がこれに従ったことは前記(五、5、(二)項)認定のとおりである。

また、《証拠省略》によれば、同年七月二六、七日ころ、右鈴木は右斎藤に対し、同年八月一日を実施時期とする右同様の値上げ案を了承する旨述べたことが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。

しかし他方、《証拠省略》によれば、通産省は、価格抑制のための行政指導として、石油業界に対し、同年七月一日からの値上げの実施を一か月延期することを要請したのであり、また同年八月一日からの値上げの実施を了承したとはいえ、これは、通産省として再度価格抑制指導には出ないという意思表示をしたにすぎないものと認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

以上の事実に照らすと、当時、通産省の了承を得なければ石油製品の値上げを実施することができない状況にあったとは認められず、昭和四八年八月の値上げは、全体としてみると、石油業界が自発的に値上げを図り、その内容を決定したものということができる。

そうすると、右値上げに関して、通産省がいわゆるガイドライン方式による価格指導をしたものと認めることはできない。

(八)  昭和四八年一〇月の行政指導

《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができ、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

昭和四八年七月二五日、資源エネルギー庁が発足し、石油行政を担当することになったが、同年八月三日、同庁石油部計画課長となった鈴木両平は、営業委員長斎藤に対し、前記のとおり了承した八月値上げ案のうち、民生用灯油(家庭用灯油)については、一kl当りの値上げ幅を七〇〇円か八〇〇円に減らしてほしい旨述べ、同日中に右斎藤に対し電話で、民生用灯油一、〇〇〇円の値上げはやむをえないが、外部に対しては通産省は検討中ということにしてほしい旨述べた。その後九月上旬になって、同庁石油部長熊谷善二は右斎藤に対し、民生用灯油の値上げを撤回するよう要請したが、石油業界はこれを受け入れなかった。そこで、被告石油連盟の久米田理事が間に入ってこの問題をとりまとめ、同月二〇日ころ、民生用灯油の元売仕切価格を同年九月末時点で凍結することで決着がつき、通産省は、同年一〇月一日、同庁長官山形栄治名義の文書により、民生用灯油の元売仕切価格については、このまま放置すると国民生活へ大きな影響を与える可能性があるので、この際、民生用灯油価格の上昇をストップさせ、需要期においても現状以上に引上げないよう業界各社に協力を求める旨の方針を発表して指導し、業界もこれに従った。

そうすると、資源エネルギー庁発足当時、行政担当者によって民生用灯油の値上げについての見解に相違があったことがうかがわれるが、最終的には八月値上げ案を追認するに代りに、同年一〇月以降の民生用灯油の元売仕切価格の値上げは認めないという価格抑制のための行政指導を行ったものということができる。

(九)  昭和四八年一〇月の石油製品の値上げについて

昭和四八年九月三日、被告元売一二社の営業担当役員らの会合において、同年一〇月一日から、民生用灯油(家庭用灯油)について、一kl当り同年六月比一、〇〇〇円、工業用灯油について、同年六月比二、〇〇〇円の値上げをする合意ができたことは、既に認定した(五、6、(一)項)とおりである。

しかし他方、前(八)項記載のとおり、民生用灯油の元売仕切価格については行政指導により同年九月末価格で凍結され、これは、被告元売一二社の主張するガイドライン方式の価格指導とは別個のものであるが、値上げ協定の実施を困難ならしめるものであったといえる(後に、本件各値上げの実施の項で再述する。)。

(一〇)  まとめ

以上の事実に照らすと、昭和四八年一月、二月、八月、一〇月の石油製品の値上げについては、いずれも被告元売一二社主張のようないわゆるガイドライン方式による行政指導があったものと認めることはできない(なお、同年一二月の値上げについては、行政指導の有無について判断の必要がない。)。

9  本件各値上げの実施について

(一)  昭和四八年八月値上げについて

《証拠省略》を総合すると、被告太陽石油を除く被告元売各社において、民生用灯油の昭和四八年八月値上げについて、おおむね、販売部等が製品の販売価格方針をたて、支店長会議を開催し、あるいは文書、電話等により、被告三菱石油、同キグナス石油、同九州石油は同年七月上旬ころ、同日本石油、同出光興産、同共同石油、同シェル石油、同大協石油、同ゼネラル石油、同昭和石油は同月下旬ころ、同丸善石油は同年八月上旬ころ、いずれも支店及び直売部等に値上げの実施を指示したことを認めることができる。

また、《証拠省略》によれば、被告太陽石油は、継続的に石油製品売買契約を結んでいる三菱商事株式会社、住友商事株式会社、伊藤忠商事株式会社及び兼松江商株式会社に対し、昭和四八年七月一日から白灯油について一kl当り三〇〇円、同年八月一日から八〇円、同年九月一日から六五〇円、計一、〇三〇円の値上げを実施し、各支店に対しても右同様の指示をしたことを認めることができる。

そうすると、右八月値上げに関しては、被告元売一二社は、協定どおり、民生用灯油一kl当り一、〇〇〇円の値上げを実施したものと認めることができる。

(二)  昭和四八年一〇月値上げについて

昭和四八年一〇月一日からの民生用灯油(家庭用灯油)の値上げは、被告元売一二社の合意内容が既に認定したとおり、値上げ幅が一kl当り同年六月比一、〇〇〇円で、同年八月値上げと同一であり、《証拠省略》によれば、八月値上げの未達成分を完全実施するという趣旨が含まれていたという程度のものであったことも認められる。また、前記のとおり、民生用灯油の元売仕切価格は、同年九月末価格で凍結されたのであるから、右値上げを実施しうる状況にあったとは認め難いし、他に右値上げが実施されたことを認めるに足りる証拠はない。

10  独禁法三条後段該当性について

(一)  「対価の共同決定、維持若しくは引上げ」

前記(五、5、6項)認定のとおり、被告元売一二社は、営業担当役員らの会合において、民生用灯油について、昭和四八年八月及び一〇月、一kl当り一、〇〇〇円(いずれも同年六月比)の各値上げの合意をしたものであり、これは、「対価の共同引上げ」(独禁法二条六項、三条後段)に該当する。

(二)  「事業活動の相互拘束」

《証拠省略》を総合すると、被告元売各社は、昭和四八年八月値上げの協定に従って値上げを実施し、その事業活動をすることが自社に有利であると考え、その内容の実施に向けて努力する意思を有し、かつ、他の被告会社らにおいてもこれに従うものと判断して前記(五、5、9項)共同行為をしたものと認めることができ、これは「事業活動の相互拘束」(独禁法二条六項、三条後段)に該当する。

なお、昭和四八年一〇月値上げは、八月値上げの未達成分を完全実施するという程度のものであり、また、これが実施されなかったことは前記(五、9、(二)項)認定のとおりであるから、右「事業活動の相互拘束」に該当しない。

(三)  「公共の利益違反」

独禁法二条六項、三条後段にいう「公共の利益違反」とは、同法の趣旨、目的に反することをいい、原則として同法の直接の保護法益である自由競争経済秩序に反することを意味するところ、被告元売一二社の前記八月値上げ協定は、国民生活に直結している最も重要な物資の一つである民生用灯油の値上げを共同して行い、その競争を制限したものであり、その影響は計り知れないこと、前記(五、8、(七)項)判示のとおり被告元売一二社の行為が行政指導に従ってなされたものではなく、自発的に値上げを意図し、その内容を決定したものであること、そして、右値上げ協定は、いわゆる石油危機以前になされたものであって、経済政策上、価格の決定を含めて石油業界の共同行為が要請されるというような特別の事情もないことを併せ考えると、被告元売一二社の前記共同行為は、公共の利益に反するものということができる。

(四)  「一定の取引分野における競争の実質的制限」

被告元売一二社の前記八月値上げ協定は、民生用灯油の市場における自由な販売競争を制限するものであり、民生用灯油の市場が「一定の取引分野」(独禁法二条六項、三条後段)に該当することは明らかである。

次に、「競争の実質的制限」は、前記のような事業活動の相互拘束によってもたらされるものであるが、これは、生産調整に関して判示したとおり、一定の取引分野における競争を全体としてみて、その取引分野における有効な競争を期待することがほとんど不可能な状態をもたらすことをいう。

被告元売一二社の前記共同行為についてみると、昭和四八年八月値上げについては拘束力を有していること、被告元売一二社の我国における販売シェアの合計は、昭和四八年当時約八五%を占めていたこと(《証拠省略》により認める。)に照らすと、民生用灯油の市場において、有効な販売競争を期待することがほとんど不可能な状態をもたらしたものと認めることができる。

(五)  まとめ

以上のとおり、昭和四八年八月値上げに関する被告元売一二社の共同行為は、独禁法二条六項、三条後段の「不当な取引制限」の要件を充足しているものである。

11  独禁法の適用除外の主張について

独禁法、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の適用除外等に関する法律並びに石油業法には、石油製品元売業者の石油製品価格の値上げ協定について、独禁法の規定を適用しない旨の規定は存在しない。

また、生産調整との関連で判示したとおり、石油産業とガス電気事業とを同一に論ずることはできないから、石油製品元売業についても、直ちに独禁法の適用除外の規定を準用すべきものとは思われない。

従って、被告元売一二社の独禁法の適用除外の主張は失当である。

12  超法規的違法性阻却事由の主張について

そもそも、一般不法行為における違法性に関し、被告元売一二社主張の超法規的違法性阻却事由を認める理論的根拠はなく、到底採用することができない(本件の場合、前記((五、8項))判示のとおり、被告元売一二社主張のようなガイドライン方式の行政指導は認められず、同被告らが自発的に値上げを図り、その内容を決定したものであるから、違法性阻却事由があったものとは認められない。)。

13  まとめ

以上の次第で、被告元売一二社の昭和四八年八月の民生用灯油に関する値上げ協定及びその実施は、独禁法三条後段に該当する。

六  被告らの独禁法違反行為の不法行為該当性

1  「権利侵害ないし違法性」

前記(四、8項)認定のとおり、昭和四七年度下期及び同四八年度上期の生産調整は、沖縄県を除く国内の原油処理量の九七%余を占めていた被告石油連盟加盟の石油精製会社二四社及びアジア共石に対する一般内需用輸入原油の処理量の総枠を決定し、五グループ及び九社に対する処理量の割当てを行うことにより、沖縄県を除く国内における全体としての石油製品市場において、元売業者間の各石油製品の販売競争を減少させ、有効な競争を期待することがほとんど不可能な状態をもたらすものであるところ、被告石油連盟は、販売価格の低落を防止する等の市況対策を含めた石油業界独自の需給調整をも目的として生産調整を行っていたことに照らすと、これは、民生用灯油を含む石油製品市場における商品の買手(直接的には特約店であるが、間接的には一般消費者も含む。)が公正な競争によって形成された価格で商品を購入する利益を侵害するおそれのあるものといえるから、一般不法行為における「権利侵害ないし違法性」の要件を充足しているものである。

また、前記(五、10項)認定のとおり、昭和四八年八月の民生用灯油に関する価格カルテルは、その当時合計約八五%のシェアを占めていた被告元売一二社がいっせいに価格引上げを行うことにより、民生用灯油市場において、有効な販売競争を期待することがほとんど不可能な状態をもたらすものであるところ、同被告らが石油製品の販売価格の引上げを目的に価格カルテルを行っていたことに照らすと、これは、民生用灯油市場における商品の買手が公正な競争によって形成された価格で商品を購入する利益を侵害するおそれのあるものといえるから、一般不法行為における「権利侵害ないし違法性」の要件を充足している。

2  「故意」

一般不法行為における「故意」の内容は、違法性の認識がなくとも、「客観的に違法とされる事実」の発生することの認識があれば足り、また、特に違法性の認識の可能性がない場合には故意を阻却するものと解すべき理由もない。

また、前記(四、6項、五、5項)認定のとおり、被告石油連盟(直接的には需給常任)は、石油製品の販売価格の低落を防止する等の市況対策をも考慮して生産調整を行ったもので、それが有効な販売競争の制限をもたらすことを認識していたものであり、被告元売一二社もまた、石油製品の販売価格の引上げを目的に価格カルテルを締結したもので、それが有効な販売競争の制限をもたらすことを認識していたものであるから、被告らはいずれも一般不法行為における「故意」の要件を充足している。

なお、需給常任の行為が被告石油連盟の行為に該当することは既に認定した(四、7項)とおりであり、また被告元売一二社の営業担当役員らの行為が各被告会社の代表機関の手足としてなされたものであることは、右営業担当役員らの値上げ協定が各被告会社において実施されていることからみても明らかである。

3  「因果関係」

一般不法行為の要件の一つである加害行為と損害発生との因果関係について、原告らは、被告石油連盟において、生産調整により石油製品の供給を統制下におき、品不足の状態を人為的に作り出して製品販売価格引上げの環境作りをしたうえ、被告元売一二社において、価格カルテルを締結して石油製品の元売仕切価格のみならず、小売価格まで著しく騰貴させたと主張するが、この点については項を改めて(七項)原告らの損害との関連で判断する。

七  被告らの独禁法違反行為と原告らの損害との相当因果関係

1  はじめに

一般不法行為訴訟においては、加害行為と損害発生との相当因果関係の主張、立証責任は原告にある。

ところで、独禁法違反を理由とする損害賠償請求における被害者とは、原則としてカルテルにより値上げされた製品を直接買わされた者をいい、例外的に転得者である消費者にも損害賠償請求が認められるのは、元売会社による再販売価格維持行為がある場合か、中間業者が元売会社の値上げ分を必ず転得者に損害転嫁するような特別事情がある場合のみであるとの説があるが、本件各訴は、一般不法行為を理由とする損害賠償請求訴訟であるから、被告らの独禁法違反行為と原告らの損害との間の相当因果関係の有無を判断すれば足りるのであって、独禁法違反を理由とする損害賠償請求訴訟であるからといって、右のように特別に解する必要はない。

2  民生用灯油の元売仕切価格の引上げと小売価格の上昇との因果関係

被告らの独禁法違反行為(カルテル)によって原告らに生じた損害とは、被告らのカルテルに基づく民生用灯油の元売仕切価格の引上げによって上昇したものと認められる灯油の小売価格(原告らの購入価格)と、カルテルがなかったならば存在したであろう小売価格(これがカルテル直前の小売価格と一致するか否かはさておく。)との差額であると解するのが相当であるから、まず、民生用灯油の元売仕切価格の引上げと小売価格の上昇との因果関係の有無について判断する。

(一)  原告らの主張について

原告らは、本件生産調整及び本件価格カルテルに基づき民生用灯油の元売仕切価格が一率に引き上げられれば、小売価格が上昇することは必然であると主張し、公正取引委員会が東京高等裁判所昭和四九年(行ケ)第一五五号事件について同裁判所に対して同五〇年五月一四日付で提出した「総理府統計局の調査による我国主要都市における揮発油及び民生用灯油の小売価格の推移は、別表のとおりであるが、昭和四八年一月以降同四九年三月までのこれらの価格の上昇は、右審決において認定された被告らの私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律に違反する行為が一因であることは疑いないと考えられる。けだし、被告らの販売する価格が上昇すれば、それを契機として、小売価格の引上げが行われることは、当時、石油製品販売業界において顕著な現象であったからである。」との意見書を援用するほか、本件のように圧倒的シェアを有する被告らが灯油の生産を調整することによってその供給量を制限した場合には、市場における需給関係は供給過少となり、売手側の一方的価格決定を可能にすること、日本の石油業界においては、元売業者―二次卸店―小売店などの系列化が著しく進んでおり、このような状況のもとでは、小売価格形成の重要要因である需給関係と元売仕切価格の決定は、専ら被告元売一二社ら元売業者の手に握られており、灯油小売価格は、実質的には元売段階で決定されていることを主張の根拠としている。

なるほど、《証拠省略》によれば、石油販売業界においては、石油製品の販売経路が元売会社から特約店、特約店から小売店に至るまで他の業種にないほど系列化が確立されており、昭和五一年ころの石油販売業の業態別構成は、特約店が五二・八%、元売直営店が四四・四%と約九七%が系列化されていることが認められる。

そして、元売仕切価格が引き上げられれば、二次卸店(特約店、副特約店等)の経営を圧迫し、その結果卸売価格が上昇し、卸売価格が上昇すれば、小売店は経営を圧迫され、卸売価格の上昇分を小売価格に転嫁することが相当多いであろうことは、経験則に照らして肯認しうるところである。

しかし、《証拠省略》によれば、工業用灯油が元売会社から大口需要家へ直接販売されることが多いのに対し、民生用灯油の販売経路は、元売会社―特約店―需要家、元売会社―特約店―小売業者―需要家、元売会社―特約店―小売業者―薪炭小売店―需要家、元売会社―特約店―薪炭問屋―薪炭小売店―需要家など複雑に錯綜している(その中でも薪炭問屋から薪炭小売店を通して販売される比率が最も高い。)うえ、卸売段階及び小売段階において激しい販売競争が行われているため、通常、元売会社が小売価格の決定に直接関与することはできないことが認められる(昭和四八年一一月二八日の通産省の行政指導に基づいて、元売会社が民生用((家庭用))灯油の小売価格について、店頭渡し、容器代別で一八l缶の単価を三八〇円とするよう指示したのがその例である。)。

そうすると、前記のとおり、石油製品の販売経路における著しい系列化という現象は認められるが、このことが直ちに元売会社が実質的に小売価格を決定していることにつながるわけではないから、原告らの前記主張を前提に因果関係の有無を判断することは相当ではない。

また、元売仕切価格が上昇しても、右のように卸売段階及び小売段階においては販売競争が行われているのであるから、卸売店ないし小売店が企業努力によって元売仕切価格の上昇分を程度の差は別として吸収することも考えられるし、《証拠省略》によれば、被告出光興産仙台支店からアポロ月山に対する昭和四七年一〇月から同五〇年三月までの灯油元売仕切価格の推移及びアポロ月山から鶴岡生協に対する同期間の灯油卸売価格の推移は別表一三のとおりであると認められるところ、同表によれば、被告出光興産仙台支店のアポロ月山に対する灯油元売仕切価格は、昭和四七年一二月に一kl当り一〇、〇〇〇円であったものが、同四八年一月に一〇、五〇〇円、同年二月に一一、〇〇〇円、同年三月に一一、三〇〇円と三か月間合計一、三〇〇円上昇したにもかかわらず、その間のアポロ月山の鶴岡生協に対する卸売価格は、同四七年一二月に一kl当り一三、五〇〇円であったものが、同四八年三月に一三、八〇〇円とわずかに三〇〇円上昇したにすぎないことに照らしてみても、元売仕切価格の引上げが直ちに卸売価格の上昇、ひいては小売価格の上昇をもたらすものということはできない。

さらに、これとは逆に、元売仕切価格が上昇しなくても、小売価格が上昇することがあることもまた否定することはできない。

すなわち、別表一六、二〇(《証拠省略》と同一内容)をみると、いわゆる石油危機の時期において、民生用灯油の元売仕切価格及び卸売価格は、昭和四八年一〇月以降ほとんど上昇していないのに、東京都区部及び山形地区においては同年一一月以降灯油の配達料込小売価格は急騰していることが認められるほか、配達料など小売店における経費の小売価格に占める割合の大きいこと(ちなみに、別表二〇の同年一二月以降の配達料込小売価格のうち、通産省の行政指導による一八l当り三八〇円を超える部分は、おおむね配達料であると考えられるので、同月の山形地区における配達料は約七〇円近いものであった。)に照らすと、小売段階における便乗値上げや経費の増大が小売価格上昇の要因となる場合もあるといえる。

以上を総合して判断すると、元売仕切価格が一率に引き上げられれば、小売価格が上昇することは必然であるということはできないから、「被告元売一二社が元売仕切価格を引き上げたこと」と、「小売価格(原告らの購入価格)が上昇したこと」さえ立証すれば、元売仕切価格の引上げと小売価格の上昇との間に因果関係があるものと推定すべきであるとする原告らの主張は相当ではない。

なお、原告らの援用する公正取引委員会の意見書は、文字通り意見を述べたものにすぎず、裁判所を拘束する性質を持つものではないし、また、同意見書が昭和四八年一月の価格カルテルによって直ちに同月以降小売価格が上昇するかの如く述べている点においても妥当とはいえず、同委員会の見解をそのまま採用することはできない。

(二)  被告らの主張について

被告らは、本件訴訟における因果関係の主張責任について、原告らが被告元売一二社の元売仕切価格の引上げ額ではなく、これと直接関係のない小売価格の上昇額全額を損害であると主張する限り、原告らにおいて、その購入した民生用灯油に関し、元売業者から卸売、小売店に至る流通経路を明らかにして、元売仕切価格の具体的引上げ行為(額を含む。)が売買の形成される各段階における卸売価格値上りに及ぼす影響力を明らかにし、併せて、右元売仕切価格引上げ行為が小売価格の上昇額全額という損害を発生せしめる拘束性、相当性を明らかにしなければ、その主張責任を尽くしたものとは言えないと主張している。

なるほど、厳密な意味で因果関係を論ずるのであれば、元売業者から卸売、小売段階に至る流通経路を明らかにし、そのすべてにわたって元売仕切価格の上昇と卸売価格、小売価格の上昇との因果関係を認めるに足りる具体的事実を主張、立証しなければならないといえるかも知れないが、一般不法行為訴訟における因果関係の立証は、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明すれば足りるのであって(最高裁判所昭和五〇年一〇月二四日判決、民集二九巻九号一四一七頁参照)、当事者に主張、立証させることが不可能を強いることになるか、あるいはそれに近いような事柄については、一定の具体的な間接事実を前提として経験則により事実上の推定を働かせて因果関係を認めることは許されるところである。

そこで本件についてみるに、一般消費者である原告らにおいて立証可能な事実は、通常、灯油の購入先である小売店における価格決定のメカニズムや値上り要因等の事実関係にとどまるのであって、卸売店(特約店、薪炭問屋等)、さらにその先の元売会社における価格決定のメカニズムや値上り要因等の事実関係を一般消費者が立証することは著しく困難である。とりわけ、被告らが主張する如く、灯油の流通経路が錯綜しているのであるから、原告らに右事実関係を立証させることは不可能を強いるに近いというべきであり、この点は、被告元売一二社側において反証することが可能な領域であるから、原告らにおいて、元売仕切価格引上げが各段階における卸売価格値上りに及ぼす影響力やその小売価格に対する拘束性などに言及しなくても主張として十分であり、因果関係について主張責任を尽くしていないとする被告らの非難はあたらない。

(三)  本件訴訟における因果関係についての主張、立証責任の分配

以上のとおり、因果関係についての原、被告らの主張はいずれも相当ではなく、当裁判所は、本件訴訟における因果関係についての主張、立証責任の分配を次のように考える。

被告元売一二社の民生用灯油の元売仕切価格の引上げと小売価格(原告らの購入価格)の上昇との因果関係が肯定されるためには、被告元売一二社の販売シェアが当時約八五%であったことを前提にすると、原告らにおいて、「被告元売一二社が価格カルテルに基づき民生用灯油の元売仕切価格を引き上げたこと」及び「原告が灯油を購入した小売店の灯油の仕入価格(小売店に対する卸売価格)の上昇が小売価格の上昇をもたらしたこと」の二点を主張、立証する必要があり、これらの事実が主張、立証された場合には、民生用灯油の元売仕切価格の引上げと原告らの購入した灯油の小売価格の上昇との因果関係を事実上推定することができると解するのが相当である。

従って、原告らにおいて、元売会社から各原告が灯油を購入した小売店に至るまでの流通経路及び元売、卸売段階における価格決定のメカニズムや値上り要因等の事実関係を逐一明らかにする必要はなく、右推定を覆すためには、被告らにおいて、小売段階を除く流通経路の各段階に価格カルテルに基づく元売仕切価格の引上げ以外に価格上昇要因が存在したこと並びに価格上昇が右要因に基づくことを証明しなければならないと解するのが相当である。

以下、このことを前提に、被告らの独禁法違反行為と原告らの損害との相当因果関係の有無について判断する。

3  被告石油連盟の昭和四七年度下期の生産調整と原告らの損害との相当因果関係の有無

(一)  昭和四八年春ころ、北海道、東北地方、とりわけ旭川、山形などにおいて灯油不足の状態が発生したこと、同年三月下旬ころ、アポロ月山から鶴岡生協に対する灯油の納品が途絶え、鶴岡生協の組合員の各家庭は、灯油の需要量の約半分から三分の一程度しか供給を受けることができなかったことは、既に認定した(三、2項)とおりである。

(二)  《証拠省略》を総合すると、昭和四七年度下期の灯油需給の実績は、通産省の石油供給計画及び各精製会社の生産計画を通産省で集計した需給バランス表と比較して、生産(供給量)、期末在庫とも少なくなっており、また、昭和四六年一月から同四八年一二月までの灯油の生産、輸出入、販売、在庫の実績は別表二八のとおりであり、同四八年一月ないし三月期における灯油の在庫合計は、同四六年及び四七年の同期に比べて減少し、特に同四八年三月の在庫量は、一、〇八一千klと過去三年間の月別在庫量のうちで最低となっていることが認められる。

(三)  しかし、別表二八によれば、昭和四八年一月ないし三月期の灯油販売量の実績は、同四六年及び四七年の同期と比較して相当増加しているし、《証拠省略》によれば、公害問題の発生以来、産業用、火力発電用、ビル空調用熱源として使用されていたB、C重油から、含有硫黄分の少ないA重油への需要転換が生じ、同四七年七月に言渡された四日市公害訴訟判決の影響や同一〇月一日施行の大気汚染防止法改正による燃料規制(含有硫黄量の上限規制)の強化に伴い、A重油からさらに含有硫黄分の少ない灯油への需要転換が生じ、同四八年三月以降灯油の需要が伸び始めたことを認めることができるのであって、この事実に照らすと、前記在庫量の減少をもって、直ちに被告石油連盟が意図的に灯油不足の状態を作り出したものとは言えない。

(四)  また、昭和四八年春ころの灯油不足の状態は局地的現象であり、全国的規模のものではなかった旨の通産省担当官根岸正男証言があり、同年三月末の全国の灯油在庫量一、〇八一千klは、不需要期に向っての在庫量としては十分である旨の証人多々井全二の証言があるほか、《証拠省略》によれば、昭和四八年一、二月ころは比較的暖冬であったが、同年三月にいわゆる戻り寒波が襲来し、三月における灯油の需要が例年に比べて多くなったこと、二、三月ころの国鉄ストや順法闘争の影響で内陸部を中心に貨物輸送に大幅な渋滞が生じたうえ、北海道近海や日本海海上が時化のため内航タンカーの入港が遅れるなど、特に北海道、東北地方で石油製品の供給に支障をきたしたことがそれぞれ認められる。

(五)  そして、アポロ月山と鶴岡生協との関係についてみると、昭和四八年三月二三日限りでアポロ月山の灯油の在庫がなくなり、供給が途絶えるという状態にはなったものの、鶴岡生協の役員が被告出光興産本社と直接交渉したことにより、同月二九日から供給が再開されたことは前記(三、2項)認定のとおりであり、《証拠省略》によれば、右供給再開後の同年四月二日、被告出光興産酒田油槽所からアポロ月山鶴岡西給油所に灯油一〇klが配送されてきたが、タンクの空きがなく受入れできなかったこと、被告出光興産との直接交渉により鶴岡生協がアポロ月山を通して供給を受けることが約束された一〇〇klの灯油を鶴岡生協が引き取り終るのに同年夏ころまでかかったことが認められ、鶴岡生協の組合員にとっての灯油不足の状態は、同年三月下旬の一時的なものであったということができる。

(六)  以上の事実及び各証拠に照らして判断すると、昭和四八年春ころの灯油不足の状態は、戻り寒波の襲来、国鉄ストや海上時化の影響等による局地的、一時的な現象ということができ、他に全国的な規模で灯油不足の状態が生じたものと認めるに足りる証拠はない。

(七)  さらに、灯油をどの地域にどれだけ供給するか、あるいはいくらで販売するかということは各元売会社の判断に基づくものであるから、生産調整の実施が直ちに灯油の元売仕切価格、ひいては小売価格の上昇をもたらすものでないことは明らかであるし、原告らも、生産調整によって直ちに小売価格が上昇するとまでは主張しておらず、生産調整は、元売仕切価格、ひいては小売価格引上げの環境を作るものであって、被告元売一二社の元売仕切価格の引上げが小売価格の騰貴をもたらすものであると主張するにとどまるのである。

そして、原告ら主張の昭和四八年一月及び二月の価格カルテルについて、民生用灯油が含まれていると認めることができないことは前記(五、3、(二)項及び4、(二)項)判示のとおりである。

また、たとえ昭和四八年一月及び二月に工業用灯油について価格カルテルが行われたとしても、前記(五、1、(二)項)認定のとおり、その時期には既に民生用灯油と工業用灯油は供給先によって取扱上区別がなされ、被告元売一二社のうち、被告太陽石油を除くほとんどの会社でその区別をして取扱っていたものであって、さらに、原告らが工業用灯油を民生用灯油として買うことを余儀なくされたことを認めるに足りる証拠もないから、民生用灯油を購入した原告に損害が生ずるものではない。

(八)  なお、付言するに、前記(七、2、(一)項)認定のとおり、昭和四八年一月から三月までの間に、被告出光興産仙台支店のアポロ月山に対する元売仕切価格が一kl当り一、三〇〇円上昇したのに、アポロ月山の鶴岡生協に対する卸売価格は三〇〇円上昇したのみである。

従って、昭和四七年度下期において、鶴岡生協から灯油を購入した原告らに対する関係では、小売価格が同年末に一八l当り二八〇円であったものが同四八年三月に三二〇円に上昇した(《証拠省略》により認める。)としても、右のとおり、元売仕切価格の引上げと卸売価格の引上げとは連動していないし、右卸売価格の引上げとはほとんど無関係に小売価格が上昇しているのであり、このことからみても原告らの主張する損害(昭和四八年三月以降の灯油の小売価格と同四七年末の小売価格との差額)と被告石油連盟の昭和四七年度下期の生産調整との相当因果関係の証明がないというべきである。

(九)  以上の次第で、被告石油連盟の昭和四七年度下期の生産調整と同四八年三月ころの小売価格の上昇及びこれを前提とする原告らの損害との間には、相当因果関係があるものと認めることはできない。

4  被告元売一二社の昭和四八年八月価格カルテルと原告らの損害との相当因果関係の有無

(一)  元売仕切価格の引上げ

被告元売一二社が昭和四八年七月二日及び二三日ころ、民生用灯油の元売仕切価格を同年八月一日から一kl当り一、〇〇〇円(同年六月比)引き上げる旨の価格カルテルを締結し、被告元売一二社において、それぞれ各支店等を通じて値上げを実施したことは前記(五、5、(二)項)認定のとおりであり、被告太陽石油を除く被告元売各社及びエッソ、モービルの合計一三社の民生用灯油元売仕切価格平均値(全国平均)を示した別表二〇によれば、同年六月は一kl当り一一、〇二四円、七月は一一、八一二円、八月は一二、三三六円、九月は一二、八九八円となっており、同年六月価格と八月価格、あるいは七月価格と九月価格を対比すると、いずれも一kl当り一、〇〇〇円以上も値上りしていることを認めることができ、また、被告太陽石油も前記(五、9、(一)項)認定のとおり一kl当り一、〇三〇円の値上げを実施したものであるから、前記(七、2、(三)項)判示の因果関係を肯定するための第一の要件である「被告元売一二社が価格カルテルに基づき民生用灯油の元売仕切価格を引き上げたこと」の立証はなされたものといえる。

(二)  鶴岡生協から灯油を購入した原告らの請求について

そこで、第二の要件である「原告が灯油を購入した小売店の灯油仕入価格(小売店に対する卸売価格)の上昇が小売価格の上昇をもたらしたこと」を認めることができるか否かについて、まず、鶴岡生協から灯油を購入した原告らについて判断する。

(1) はじめに、鶴岡生協を灯油小売店と同視しうるか、あるいは単に鶴岡生協は組合員の代理として灯油を購入しているにすぎないのかという点が問題となるが、《証拠省略》によれば、アポロ月山は、スタンドで灯油の小売を行うこともあるが、鶴岡生協に対する関係では卸売を行っており、鶴岡生協の各組合員に対して直接灯油を販売しているものではないことが認められるし、《証拠省略》によれば、鶴岡生協は灯油の仕入れ及び販売を行い、その過程で粗利益を計上していること、組合員に対する灯油の販売価格を毎月選定し、月ごとに代金支払の請求を行っていることが認められるのであって、これらの事実に照らすと、鶴岡生協は、本件損害発生の立証に関しては、その立場を灯油小売店と同視して差支えない(もっとも、鶴岡生協が一般の灯油小売店のように利潤を追求しているか否かは別問題である。)。

(2) 《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができる。

アポロ月山と鶴岡生協は、昭和四八年度下期における灯油の販売数量、卸売価格等について同年七月ころから交渉を開始し、最終的に同年一一月一四日付覚書を作成し、越冬用灯油の取引内容を決定した。これによって、アポロ月山が鶴岡生協の組合員に灯油を配達する経費は、従来アポロ月山が負担していたが、同年一〇月一日から一l当り三円三〇銭の割合で鶴岡生協が灯油の納入価格とは別途にアポロ月山に支払うことになった。また、アポロ月山の鶴岡生協に対する灯油の卸売価格は、一kl当り同年七月は一四、一〇〇円であったものが、同年八月に一六、五〇〇円、さらに同年一〇月一日から一八、五〇〇円(配達料込)に上昇しており、鶴岡生協の組合員に対する灯油小売価格は、同年七、八月ころ一八l当り三五〇円であったものが、同年九月一九日ころから三七〇円に上昇し、同年一〇月二一日ころから三六〇円に下降し、同四九年一月一一日ころ一旦三八〇円に上昇し、同年二月一一日ころから同年三月末までは再び三六〇円となっている。

《証拠省略》中には、アポロ月山の鶴岡生協に対する卸売価格が一kl当り一八、五〇〇円(配達料込)になったのは、昭和四八年一一月からであるとの記載部分があり、《証拠省略》中にはこれに沿う部分があるが、《証拠省略》に照らしてにわかに措信することができないし、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(3) 右のとおり、アポロ月山の鶴岡生協に対する灯油卸売価格は、被告元売一二社の昭和四八年八月価格カルテルの締結以降、同月及び同年一〇月と二度にわたって上昇しているが、他方、《証拠省略》によれば、被告出光興産本社からの指示に基づき同仙台支店がアポロ月山に対する灯油元売仕切価格を一kl当り一、〇〇〇円引き上げたのは、昭和四八年八月一六日であること、アポロ月山鶴岡事業所所長宮内靖男は、同年六月ころ、鶴岡生協との同年度下期の灯油の取引に関する交渉に臨むに当って、交渉の資料として、同四七年一一月から同四八年三月までのアポロ月山の鶴岡生協関係の損益計算書を作成したこと、これによると、同年一月以降三月まで元売仕切価格が毎月上昇したことや、アポロ月山で鶴岡生協の組合員への灯油の配達経費を負担していたことなどから、同年一月以降、月別で毎月赤字となっていること、そこで右宮内は、アポロ月山から鶴岡生協への当時の卸売価格一l当り一三円八〇銭に必要経費二円二五銭及び五%相当の利益六八銭を加えて、一六円七三銭ないし一七円二三銭に価格改訂をしたいと考えて、同年七月からの鶴岡生協との交渉に臨んだこと、アポロ月山の鶴岡生協に対する灯油卸売価格は、同月に一l当り一四円一〇銭、同年八月に右宮内の希望に近い一六円五〇銭となったこと、さらに同年一〇月には、同年八月の元売仕切価格の上昇を加味して、鶴岡生協への卸売価格を一八円五〇銭(配達料三円三〇銭を含む。)に改訂したこと、アポロ月山の鶴岡生協関係の損益計算は、同年九月以降黒字に転じたことをそれぞれ認めることができ、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

以上の事実に照らすと、アポロ月山は、昭和四八年一月以降三月まで毎月元売仕切価格が引き上げられたため、経営が圧迫され、これを同年七、八月の鶴岡生協への卸売価格に転嫁したものと推認することができ、同年八月一六日以降引き上げられた元売仕切価格一kl当り一、〇〇〇円については、同年一〇月一日からの卸売価格に転嫁したものというべきである。

従って、被告元売一三社の昭和四八年八月価格カルテルと、同年九月における鶴岡生協の灯油小売価格の上昇(一八l当り三五〇円から三七〇円への上昇)との間に因果関係を認めることはできない。

(4) そこで、昭和四八年一〇月一日以降の鶴岡生協の灯油小売価格の上昇と被告元売一二社の八月価格カルテルに基づく元売仕切価格の引上げとの因果関係の有無について判断する。

鶴岡生協の灯油小売価格は、前(2)項認定のとおり、昭和四八年九月末ころ一八l当り三七〇円であったものが、同年一〇月二一日ころから三六〇円に下降し、同四九年一月一一日ころ一旦三八〇円に上昇し、同年二月一一日ころから同年三月末までは再び三六〇円となっていたことが明らかである。

そうすると、鶴岡生協から灯油を購入した原告らに損害が発生するとすれば、同四九年一月一一日ころから同年二月一〇日ころまでの小売価格三八〇円についてということになるので、これについて判断する。

既に判示した(七、2、(三)項)とおり、灯油元売仕切価格の引上げと小売価格の上昇との間に因果関係があるというためには、原告らにおいて、「原告が灯油を購入した小売店の灯油仕入価格(小売店に対する卸売価格)の上昇が小売価格の上昇をもたらしたこと」を立証しなければならないのであり、本件においては、アポロ月山の鶴岡生協に対する昭和四八年一〇月一日以降の卸売価格の上昇(一l当り二円の上昇)が小売価格の上昇(一八l当り三七〇円から三八〇円への上昇)をもたらしたことを立証しなければならないのである。

ところで、《証拠省略》を総合すると次の事実を認めることができ、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

鶴岡生協は、昭和四八年三月下旬ころの灯油不足の経験にかんがみ、同年七月ころから、同年度下期の灯油の供給確保をめざしてアポロ月山との交渉を開始し、購入数量については、同年一〇月一日から同四九年四月三〇日まで、同四七年度の同期間の取引数量以上を確保する契約を締結する一方、組合員に対しては灯油の登録制を採用し、同四八年九月ころまでにきたる冬期の灯油について登録をさせた。同年一〇月、中東戦争を契機にいわゆる石油危機の状態が発生したが、鶴岡生協では、灯油を生協の運動商品として位置づけ、一般商品のように粗利益を計上することをやめ、仕入価格に実費(灯油取扱直接経費)を加算して冬期間の小売価格を一八l当り三六〇円と決定した。同年一一月ころから、消費者は灯油不足への危機感から買いだめに走る傾向が生じ、また、鶴岡生協においても、組合員に対し、生活防衛のため、できるだけ多く備蓄するようすすめたことや一二月上旬の大雪の影響などから、一一月及び一二月ころ、一般小売価格よりも相当安い鶴岡生協の灯油の購入を希望する者が急増し、鶴岡生協の灯油を利用した組合員数、灯油の取扱量、組合員の利用結集率のいずれをとってみても、昭和四八年度は前年度の約二倍に達した。他方、被告出光興産は、アポロ月山に対する灯油の供給量を同四八年一〇月ころから月ごとの割当制にし、同年一二月には一時期一〇日ごとの割当制にするなどの措置をとったため、同月ころ、鶴岡生協は、右のように急増した利用者の需要に応ずることができず、十分な供給を行えないという灯油不足の状態になった。鶴岡生協では、この緊急事態に対処するため、生活物資である灯油の供給確保に努めるよう県や市、そして被告石油連盟及び被告出光興産本社に対する要請行動を行う一方、組合員に対しては、通常一回に一八l缶を四缶配達するところを二缶にしたり、昭和四九年一月一一日から従来の小売価格を二〇円引き上げて、一八l当り三八〇円とした。そして、同月には品不足の状態は次第に解消したのみかかえって余剰気味となり、小売価格も二月一一日ころから三六〇円に戻された。

右認定の各事実を総合して判断すると、鶴岡生協の灯油小売価格が昭和四九年一月一一日に三六〇円から三八〇円に上昇したのは、同四八年一二月ころの鶴岡生協における需要の増加と供給不足という緊急事態によって生じたものではないかとうかがわれ、また、アポロ月山の鶴岡生協に対する灯油の卸売価格が同年一〇月一日から上昇しているにもかかわらず、同月二一日ころから鶴岡生協の小売価格が三六〇円に下降したり、同月一日以降同四九年三月末まで右卸売価格が一定しているのに右小売価格が一旦三八〇円に上昇して、その後再び三六〇円に戻るなど、卸売価格の変動傾向と小売価格の変動傾向とが一致していないことなどに照らしてみると、結局、アポロ月山の鶴岡生協に対する同四八年一〇月一日以降の卸売価格の上昇が小売価格の上昇をもたらしたことを認めるに足りる証拠はないというべきである。

従って、同月一日以降の鶴岡生協の灯油小売価格の上昇と被告元売一二社の八月価格カルテルに基づく元売仕切価格の引上げとの因果関係を認めることができない。

(三)  鶴岡生協以外の小売店から灯油を購入した原告らの請求について

(1) 鶴岡生協以外の小売店から灯油を購入した原告らに関する灯油購入価格の推移は、《証拠省略》によって認めることができるが、これによっても、そのすべての当該原告らについて、灯油小売価格が昭和四七年七月末ころの価格と比較して、被告元売一二社の価格カルテルが実施された同年八月以降上昇していることが認められるわけではないし、同月以降小売価格が上昇した灯油を購入したと認められる原告らについても、「原告が灯油を購入した小売店の灯油仕入価格(小売店に対する卸売価格)の上昇が小売価格の上昇をもたらしたこと」を認めるに足りる証拠はないから、同月以降の小売価格の上昇と被告元売一二社の八月価格カルテルに基づく元売仕切価格の引上げとの因果関係を認めることはできない。

5  被告石油連盟の昭和四八年度上期の生産調整と原告らの損害との相当因果関係の有無

被告石油連盟が昭和四八年度上期における同連盟加盟の五グループ及び九社の一般内需用輸入原油の処理総量及び配分を別表二のとおりとし、生産調整を行ったことは既に認定した(四、3項)とおりである。

しかし、《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができ、他にこれを左右するに足りる証拠はない。

昭和四八年四月ころから我国の景気回復の足取りが早まり、石油製品に対する需要が増加傾向にあったうえ、公害規制に伴う需要転換により、灯油を含む中間留分の需要が大幅に増大することが予想されたため、通産省は、当初の石油供給計画では右のような状況に対応しきれないものと判断し、実際の需要増に対処すべく石油業界に石油製品の増産を要請した。これを受けて、被告石油連盟では、各精製会社から四半期ごとの生産計画を提出させたり、出荷実績などの情報を集めたりして通産省担当官と連絡をとりあう一方、得率の変更によって中間留分の増産に努めたうえ、同年四月には各社の従来の生産計画に対して約一八〇万klの原油の増処理を行わせ、同年六月に約五〇〇万kl、同年八月に約二〇〇万klの原油の増処理を行わせた。その結果、昭和四八年度上期の灯油の供給実績は、同年三月末の在庫約一、〇八一千klに比較し、同年九月末の在庫は約五、五〇九千klに増加し、同年度下期の灯油需要期に向けて十分な備蓄がなされた。

また、原告らにおいても、昭和四八年度上期において顕著な灯油不足の状態があったとの主張はしていないし、同年一二月ころ、鶴岡生協において灯油不足の事態が生じたとしても、それは、いわゆる石油危機という特殊事情に起因するものであると考えられるから、同年度上期の灯油の需給事情と関係がないことは明らかである。

そして、前記のとおり、被告元売一二社の灯油元売仕切価格の引上げと小売価格の上昇との因果関係も立証されたわけではない。

そうすると、被告石油連盟が生産調整によって灯油不足の状態を作り出して、小売価格の上昇をもたらしたものとはいえないから、同連盟の昭和四八年度上期の生産調整と原告らの損害との間には、相当因果関係があるものと認めることはできない。

6  おわりに

(一)  本件各訴は、いずれも鶴岡生協あるいは灯油小売店から灯油を購入した一般消費者が原告となって提起した損害賠償請求訴訟であり、本件訴訟において、原告らは、被告らの独禁法違反行為と原告らの損害発生との因果関係について、被告石油連盟が生産調整を行い石油製品の価格引上げの環境作りをしたうえ、被告元売一二社が価格カルテルに基づき灯油の元売仕切価格を引き上げれば、被告らの圧倒的シェアと石油業界における著しい系列化の状況のもとでは、元売仕切価格の引上げが小売価格の上昇をもたらすことは必然であると主張し、価格カルテルに基づく元売仕切価格引上げの事実と小売価格上昇の事実のみを立証しようとするにとどまっている。

(二)  しかして、前記(七、2、(三)項)判示のとおり、被告らの独禁法違反行為と原告らの損害発生との相当因果関係を肯定させるためには、価格カルテルに基づく元売仕切価格引上げの事実のほかに、小売店の仕入価格(小売店に対する卸売価格)の上昇が小売価格の上昇をもたらした事実を立証する必要があるところ、鶴岡生協から灯油を購入した原告らにとっては、右事実の立証の機会は十分あったにもかかわらず、その立証を尽くしていないのである。

(三)  また、鶴岡生協以外の小売店から灯油を購入した原告らにとっても、右事実の立証は可能であったにもかかわらず、その立証をしなかったものである。

(四)  しかも、鶴岡生協から灯油を購入した原告らについてみると、昭和四八年一〇月のいわゆる石油危機以降、鶴岡生協が灯油を生協の運動商品として位置づけ、仕入価格の上昇にもかかわらず利益を度外視して小売価格の選定を行ったことにより、鶴岡市内の一般小売店における灯油の販売価格が一八l当り四五〇円以上に推移していった時期に、三六〇円ないし三八〇円という相当安価な灯油を購入することができたのであって(《証拠省略》により認める。)、被告らの独禁法違反行為(カルテル)に基づくアポロ月山の卸売価格の引上げによって鶴岡生協が損害を被ったか否かは別として、鶴岡生協から灯油を購入した原告ら一般消費者が損害を被ったものと認めることはできない。

(五)  そうすると、一般消費者が原告となって提起した本件損害賠償請求訴訟は、結局、被告らの独禁法違反行為と原告らの損害発生との相当因果関係の証明がないものとして請求を棄却するもやむをえないところである。

八  結論

よって、原告らの本訴請求は、いずれも理由がないから失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 板垣範之 裁判官 仙波厚 裁判官 芝田俊文)

<以下省略>

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